『無能の鷹』は“お仕事ドラマ”としてどう新しいのか? 明日菜子×三宅香帆が語り合う
ドラマライターの明日菜子と、文芸評論家の三宅香帆が、「2024年秋ドラマ」について対談を実施。中でも『無能の鷹』(テレビ朝日系)は「お仕事ドラマ」としてどう新しいのか、『なぜ働くと本が読めなくなるのか』(集英社新書)著者である三宅は本作をどう評価するのか、2人の対話は現代の労働観をめぐる議論として展開した。 【写真】「無能すぎる……」菜々緒、あまりにも残念な“考える人”(14枚)
仕事における普遍的な概念レベルの話に踏み込んだ『無能の鷹』
明日菜子:例年、秋ドラマというのは1年の集大成のような感じで、けっこう重厚な作品が多いんですよね。それこそ今期の『海に眠るダイヤモンド』(TBS系)とか『宙わたる教室』(NHK総合)とか、見応えのある作品が多いんですが、いま三宅さんとしゃべりたいのはやっぱり『無能の鷹』! 三宅香帆(以下、三宅):間違いない!! 明日菜子:重厚な作品が多いからこそ、『無能の鷹』のようなゆるい雰囲気の作品が観やすいのではないかなと思っています。 三宅:『海に眠るダイヤモンド』もこれから物語が進んだらしっかりお話ししたいところですが、1話で既に、民放で「朝ドラ」をやろうとしているくらいの気概を感じました! キャストを見ても朝ドラ主役陣が多い。なんとなく民放秋ドラマのなかで、制作陣の気合が伝わってくるような作品は、全体的に朝ドラのクオリティをひとつのベンチマークに置いてるのかな、という印象があります。あくまで印象なので、雑な感想ですが。 明日菜子:『海に眠るダイヤモンド』は、観てるほうも思わず力が入りますよね。 三宅:そんななかで『無能の鷹』は雰囲気的には真逆と言ってもいい作風です。私は何気に『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(2024年/集英社新書)という本を出している立場なので、「労働もの」コンテンツ作者として、本作は全人類におすすめしたいです(笑)。とにかく“無能”な主人公が異常に“デキる人”オーラを醸し出しているのがおもしろいということで、まだ2話しか放送されていない(対談時点)なかで一定層に話題になっています。まずドラマ化にあたってのキャスティングが秀逸ですよね。菜々緒さんという、言ってしまえばステレオタイプなほど才色兼備なルックスの人がひたすら“無能”ぶりを晒すという。 明日菜子:説得力がありますよね。あんなにキリッとして「ワカンナイ」とか言われると受け入れるしかない(笑)。 三宅:白スーツを脱いでペン回ししかしていないシーンとか最高ですよね(笑)。このドラマがすごいと思うのは、お仕事ドラマでありながら、「会社」と「自分」をしっかり分けているところだと思います。会社から必要とされているかどうかよりも、「私が会社を必要としているからそれでいい」んだ、と。会社から仕事人として与えられる評価と、自分が自分に与える評価が別に存在している。「会社は会社」で「自分は自分」というふうに描いているドラマは珍しいのではないかと思いますし、すごく現代的だと感じました。 明日菜子:私は放送曜日と作品の関係性についてよく考えるんですけど、本作が金曜深夜に放送してくれてほんとうによかった! 忙しい平日のプライム帯に堂々と放送されていたら、鷹野への印象も違ったと思います(笑)。今回見直していて気付いたのが、なぜそんなにデキる人オーラを出せるのかと聞かれた鷹野が「『お仕事ドラマ』が好きだから」というふうに答えるんですよね。だいたいの「お仕事ドラマ」は、主人公が周囲を驚かせるような新商品や企画を思いついたり、プレゼンで偉い人たちを唸らせるような展開をやりがちなんですけど、そういう物語が成立するのは、そもそも主人公が「仕事ができる人だから」だと思ったんです。でも『無能の鷹』では主人公がポンコツすぎて、企画書の作成どころかタイピングすらも危うく、そんなところまで辿りつかない。だからこそ、“働くこと”そのものにフォーカスできているところが面白いと思いました。 三宅:すごくわかります。「お仕事もの」というと要するに「業界もの」になりがちですよね。銀行とか出版とか、業界ごと描いてく物語はドラマにしやすいのかもしれません。でも『無能の鷹』においては「仕事ができる/できないとはどういうことか」とか「上司と部下のコミュニケーションはどうあるべきか」とか、仕事における普遍的な概念レベルの話に踏み込んでいます。それがすごい。珍しい仕事ドラマ。というか鷹野の会社が何の仕事をしているのかいまだに私はよくわかっていない(笑)。 明日菜子:ぼんやり「ITコンサル」(?)のような業務だと思っていますが(笑)、仕事内容が強調されないからこそ仕事への姿勢が押し出されていますよね。 三宅:私たちが普段やっている仕事で、そこまで頻繁に新商品やプロジェクトを立ち上げるようなことはないじゃないですか。それに仕事というのは大多数の人が「ちょっとだるいな」と思いながらもこなしていくわけで、その点本作は「少し仕事が嫌だ」と思っている人に寄り添えるドラマになっていると思います。一方で、典型的な「お仕事もの」だと、ちょっと特別な登場人物の「有能」さで苦難を切り抜けるという展開が多いと思うんですけど……本作は違う。「無能な部下を持ってしまったが故の先輩の苦悩」という、普遍的な落としどころを見つけて、どの立場にいる人も楽しめる作りになっているのがすごいと思います。特別な人の活躍を楽しむだけじゃない。