笠置シヅ子?美空ひばり? 日本の“元祖アイドル”は果たして誰なのか。南沙織以前のアイドルに迫る
歌の世界観という視点から、島倉千代子を最初のアイドル歌手とみる説もある。ファンが熱烈に応援するという観点からみれば、戦前より人気を集めた少女歌劇団もアイドル的存在だったといえる。南沙織も含め、どこを“起点”“元祖”と位置付けるかは諸説あるが、現在では明日待子を“元祖アイドル”と位置付けることが多い。 ちなみに明日待子がムーラン・ルージュで活躍したのは、NHK連続テレビ小説『ブギウギ』でヒロインのモデルとなった笠置シヅ子が松竹楽劇部(のちのOSK日本歌劇団)で服部良一と出会い、「スウィングの女王」と呼ばれ、多くのファンを熱狂させていた時代とも重なる。 ◆笠置シヅ子、美空ひばり、島倉千代子……戦後人気を集めた歌手たちの時代 戦後、笠置シヅ子は’48年の『東京ブギウギ』が大ヒット、「ブギの女王」と呼ばれることになる。 そして美空ひばりが登場、ひばりとともに活躍した江利チエミ、雪村いづみは「三人娘」と呼ばれ、映画『ジャンケン娘』(’55年)二出演するなど幅広い層に親しまれた(この「三人娘」や橋幸夫・舟木一夫・西郷輝彦の「御三家」は、のちの時代の「花の中3トリオ」「新御三家」「たのきんトリオ」「角川三人娘」「3M」といったアイドル的存在が3人組として親しまれるさきがけにもなっている)。 16歳で歌手デビューしアイドル的人気を獲得していた島倉千代子は『東京だョおっ母さん』がヒットした19歳当時、16歳無職の少年に殺害計画をたてられるという事件も発生した。 ここで一度、ざっくり名前を挙げた戦後間もない時期から活躍した若い女性歌手・女優の代表的な作品を並べてみる。それぞれの位置関係がある程度整理できるのではないだろうか。 ’60年代に入ると、吉永小百合が映画『キューポラのある街』(’62年)で主演し大ヒット、史上最年少の17歳でブルーリボン賞主演女優賞を受賞し、同年橋幸夫とのデュエットソング『いつでも夢を』が大ヒット、一躍スターとなり、そのファンは「サユリスト」と呼ばれた。それは近年のアイドル界で、ももクロファンを「モノノフ」、BiSHファンを「清掃員」と呼称するもののご先祖のようでもある。 明日待子の時代、あるいはそれ以前より「アイドル的存在」は時代ごとに誕生しているが、たとえば’60年代に人気を集めた中尾ミエやザ・ピーナッツは、アメリカン・ポップスのカバーを歌ったりするなど、欧米的概念での「アイドル」の模倣であり、それが現在に続く日本の「アイドル」に転換され登場したのが南沙織以降ということになるのだろうか。