安達祐実

　ひとりで描（えが）く脚本は、良くも悪くも世界観が固まる。複数で描くと各自の持ち味が暴走して散漫になったり、急に変調して安っぽくなることも。ところが、だ。「3000万」は複数で同じ世界観の延長線上を描きながらも、多角的な視点が協調している。令和の犯罪模様（闇バイト系強盗が多いよね）をリアルタイムで描くクライムサスペンスの中に、夫婦のさまつな小競り合い、犯罪者側の憂鬱（ゆううつ）と滑稽味、罪悪感の行方を巧妙に織り交ぜていく。アメリカの名作「ブレイキング・バッド」の風味もかすかに漂う。今期1位と断言してしまおう。 【写真をみる】雰囲気ガラリ…！　「安達祐実」が化粧っ気のない“主婦”に

　物語は、主人公夫妻が3000万の大金に目がくらみ、小さなうそをついてからは犯罪組織にズルズルと引きずり込まれ……というか半ば能動的だ。保身のために犯罪に加担。貧すれば鈍して、浅ましくもたくましくなりつつ、人生を台無しにしていく。 　日本のドラマの多くは勧善懲悪にとらわれ過ぎで、主人公はほぼ清廉潔白一辺倒。キャスティングの時点で、展開も結末も容易に想像できる浅さを誇っている。いや、誇るな、恥じよ。その点、「3000万」は予測不能。現ナマ3000万を目にした夫婦が、金への執着と身勝手な保身に走り、罪悪感が薄まって行方不明になっていく様を、安達祐実と青木崇高が好演。この夫婦の呼吸というか、かみ合わなさが絶妙だ。夫婦の対話シーンは良質なコメディーだと私は思っている。

「3000万」（NHK総合）（C）吉田潮

　純粋な息子（味元耀大）、夫と懇意で定年間近の刑事（野添義弘）は、夫婦の罪悪感を揺り戻す善なる存在だ。それでも夫婦は間違える。だってにんげんだもの。 　また、犯罪組織の面々の描き方も秀逸。組織といっても強固な連帯があるわけではない。烏合の衆が連係しているが、脅迫だけで成り立っている脆弱（ぜいじゃく）さがある。 　金をネコババした夫妻を追ってきたチンピラ（加治将樹）も最弱キャラで、あっけなく死んで被害者に。彼を使う、一見冷酷非道な指示役（木原勝利）も、実は搾取される側だと分かる。根は真面目で、アンガーマネジメントのカウンセリングを受けたり、写経して心鎮めている姿には失笑。ここも上質なコメディーなのよ！　 　さらに、その上役（栗原英雄）がボスと思いきや、彼も脅されていたに過ぎず。いとも簡単に刑事（愛希れいか）に完落ちさせられたし。組織の最下層で実行役の大学生（萩原護）が、バイト感覚のまま加担する様子は実に生々しくてリアルだ。既視感しかない勧善懲悪には絶対にしないという制作陣の矜持。業をじりじり炙り出す展開は、吸引力抜群。 　組織の指示で強盗に加担、金を持ち逃げした女・ソラ（適役の森田想）がそもそもの発端だが、彼女には彼女の動機がある。復讐であり正義でもある。正義のために犯罪に加担という矛盾も、意外な奥行きをもたらす。 　バレなきゃいいと高をくくるも、うそつきは泥棒の始まり。浅ましさと小さなうそが取り返しのつかない混沌へと膨らんでいく展開が好み。下っ端だけ捕まって首謀者にはたどり着けないという厳しい現実がある中、どうカタをつけるか楽しみだ。

吉田 潮（よしだ・うしお） テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始（※連載中）。主要なテレビドラマはほぼすべて視聴している。 「週刊新潮」2024年11月28日号 掲載