そこに腰の曲がった老婆はいない(レビュー)
女性が頭上に大きな荷物を載せて運ぶ。そんなテーマで本が書けるのかと思っってしまったが、驚いたことに見事に成り立っている。そして、実に面白いのだ。 この頭上運搬という技法は、現在でもアフリカや中南米などで広く行われているが、日本でもつい最近まで存在していた。頭上に布や藁で作った輪を載せ、そこに水瓶や商品の入ったかごを置く。両手で荷を支えることはせず、せいぜい片手を添える程度。ただこれだけで、女性たちは数十キロもある荷物を、長距離運んでみせたというから、ちょっと信じがたいほどだ。 三砂ちづる『頭上運搬を追って 失われゆく身体技法』は、国内から消滅する寸前となっているこの技法の、最後の姿を描き出す。 本書で何度も繰り返し言及されるのが、頭上運搬を行う女性たちの美しさだ。ピタッとセンターが決まっていないと、すぐ荷物が落ちてしまうから、必然的にその立ち姿は一本芯の通ったものになる。ファッションモデルの訓練で、頭に本を載せて歩くのが定番になっているのも、なるほどと得心がゆく。頭上運搬が行われていた島では、老婆でも腰が曲がった者はいなかったというから、実に特異な、そして見事な光景だったことだろう。 自動車の普及や道路の整備により、離島などに僅かに残っていた頭上運搬もほぼ消滅した。女性たちは過酷な労働から解放されたが、その美しい立ち姿が幻となるのは、実に惜しくもある。本書はその貴重な記録だ。 [レビュアー]佐藤健太郎(サイエンスライター) 1970年、兵庫県生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科修士課程修了。医薬品メーカーの研究職、東京大学大学院理学系研究科広報担当特任助教等を経て、現在はサイエンスライター。2010年、『医薬品クライシス』で科学ジャーナリスト賞。2011年、化学コミュニケーション賞。著書に『炭素文明論』『「ゼロリスク社会」の罠』『世界史を変えた薬』など。 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社
新潮社