【社説】部落地名訴訟 「差別されぬ権利」定着を
「差別されない権利」を認める画期的な司法判断が確定した。部落差別をはじめ、あらゆる差別をなくす取り組みに生かしたい。 裁判のきっかけになったのは、2016年に川崎市の出版社「示現舎」の代表が被差別部落の地名リストをウェブサイトに公開し、出版を計画したことだった。 出典は戦前に政府の外郭団体がまとめた全国部落調査だった。被差別部落を特定する情報をウェブで公開すれば差別を助長する。極めて悪質な行為である。 部落解放同盟の幹部を含む被差別部落出身者ら約230人は、出版社代表らを相手取り、地名リストの公開禁止や出版差し止めを求める裁判を起こした。 23年の東京高裁判決は、原告に関係する地名の公表や出版禁止を被告に命じた。注目すべきは、その論拠だ。 法の下の平等を定める憲法14条1項などを基に「人は誰しも差別を受けることなく、尊厳を保ちつつ平穏な生活を送ることができる人格的な利益を有する」と指摘した。 地名がさらされ、差別される不安を抱く人たちの「差別されない権利」が侵害されたと認めたのである。公表禁止の対象は一審の25都府県から31都府県に拡大した。 21年の東京地裁判決はプライバシー権の侵害を認めたものの、差別されない権利は認定しなかった。 高裁判決は今月上旬に最高裁で確定した。原告団と弁護団は「インターネットの発達に伴い、新しい形での部落差別が激化している現状を踏まえた判断」と評価している。 ネット空間には、被差別部落に対する卑劣な言葉や間違った情報があふれている。怖いのは、部落差別を知らない人がこうした情報に同調し、再拡散することだ。 国民の中には「部落差別は過去の出来事」と思い込んでいる人が少なくない。 その傾向は法務省が20年にまとめた国民の意識調査でも明らかだ。「現在も部落差別はあると思うか」の問いに、24・2%が「もはや存在しない」と答えた。割合は高齢になるにつれて高くなる。 部落差別はなくなっていない。今も存在する。 結婚差別や差別落書きなどで、つらい思いをしている人たちがいる。福岡、九州でも差別と闘っている人たちがいる。差別の現実を直視して、教育や啓発を続けなくてはならない。 16年に施行された部落差別解消推進法は活用されているだろうか。法に沿って条例を制定した自治体は決して多くない。自治体ごとに、幅広い世代に正しい意識を定着させることが必要だ。 差別されない権利は部落差別だけでなく、障害者、性的マイノリティー、外国人などさまざまな差別の防止や被害救済に活用したい。 原告は法制化を求めている。議論に値する。
西日本新聞