シンガポールで成り上がった富豪の世界で勝つブランド戦略
シムにとってバシャは大当たりとなった
「モロッコで宮殿を初めて目にした時点で、『どうすればこの宮殿のコーヒールームを世界に展開できるだろう』と考えました」 ブクティブは、そう言って当時を振り返る。 「私たちはすべての店舗で、あの宮殿で提供される喫茶体験を味わえるようにしているのです」 かつてマラケシュの宮殿にあったカフェは、フランクリン・D・ルーズベルトやウィンストン・チャーチルからチャーリー・チャップリンに至る著名人をもてなしていた。再開後の今も有名人を魅了し続けており、23年には米国の伝説的なバスケットボール選手のマイケル・ジョーダンがこのマラケシュの店舗を訪れている。 ブクティブは、この宮殿博物館を管理するモロッコの国立博物館財団から世界でのフランチャイズ権を獲得すると、すぐに行動を起こした。2019年に、シンガポールのオーチャード・ロードのショッピング街にある高級ショッピングモール、アイオン内にバシャ初の海外店舗を出店したのだ。その翌年、新型コロナウイルスの影響で世界が歩みを止めると、現金が出ていく一方になった。ブクティブはバシャの有望性をシムに売り込み、シムはそれを買うことにした。シムは、バシャのフランチャイズの株式の過半数を取得すると、それをV3グルメの傘下に置いた。V3グルメはV3グループの一部門であるV3ブランズの一部で、バシャの少数株主となったブクティブが社長兼最高経営責任者(CEO)として運営している。 バシャは、22年にはさらに7店舗をシンガポールに出店。なかでも最も規模が大きいのは、チャンギ空港のターミナル3の免税ゾーンに開店した650平方メートルのコーヒーブティック「ジ・アーチ」で、出店に当たり1000万ドルを費やしたという。ブクティブによれば、この店舗とその他のチャンギ空港内の3店舗は、搭乗直前にギフトを購入しようとする旅行者に人気の立ち寄り先になっている。バシャでは小売りと卸売りが売り上げの約7割を占めるという。 店舗を拡大するにはリスクの高いタイミングだったのではないだろうか? 「45年にわたってビジネスに携わってきましたが、基本的には、これまでに直面したどの危機からも迅速に立て直してきました。どの危機においても、常にその機会に修正と統合に取り組み、確実により早く成長できるようにしてきたのです」(シム) 拡大への投資は功を奏した。規制当局への提出書類によると、バシャコーヒーは23年に初の純利益を計上。9600万SGDの収益に対し、前年比146%増となる220万SGDの純利益を生み出した。 シンガポールを拠点とする、米国の未公開株投資会社(PE)KKRのパートナー兼東南アジア地域のトップのプラシャント・クマールはこう話す。 「シムが経営陣やパートナーと築き上げてきたビジネスには非常に満足しています」 KKRは18年、当時17億SGDの評価額がつけられていたV3ブランズに最大5億SGDを投資することに合意し、その少数株主となっている。 「V3ブランズは、グルメ事業(TWGとバシャ)からオシムのマッサージチェアまで、目を見張るばかりのブランドを傘下に擁しています。これらのブランドは引き続き非常に好調を維持しています」(シムもKKRも、V3ブランズの今日の評価額を明かそうとしなかった) シムにとってバシャは大当たりとなったと、アリティア・キャピタルで消費者・インターネットリサーチ部門を率いるニルグーナン・ティルシェルバムも同意する。 「魅力的なテイストとパッケージを打ち出していますし、消費者の心をつかむ豪奢な雰囲気をつくり出しています。人はそういったもののためにプレミアを払うのをいとわないものなのです」