安部公房生誕100年 神奈川近代文学館の記念展、多才な創造活動たどる
『壁』『砂の女』などで現代社会を生きる人々の孤独を見つめた作家、安部公房(1924~93年)が今年生誕100年を迎えたことを記念し、生涯と創作活動の軌跡をたどる特別展が神奈川近代文学館(横浜市)で開催されている。代表作の原稿のほか、カメラやワープロなど愛用の品々計約500点が並び、時代の先端を走り続けた作家の姿が浮かんでくる。
安部は小説のほか戯曲も執筆し、1973年には演劇グループ「安部公房スタジオ」を結成するなど、多岐にわたる創作活動を展開した。今年は新潮社から『飛ぶ男』『題未定』『死に急ぐ鯨たち・もぐら日記』(いずれも新潮文庫)の3冊のほか、安部が撮影した都市の風景などを収めた写真集も刊行され、新たなファンを増やし続けている。
特別展は安部公房イヤーを締めくくるにふさわしく、安部の生涯を丁寧にたどりつつ、手がけた作品の原稿、文学者との書簡、関連資料を並べた。
晩年の安部は神奈川・箱根の別荘に仕事場を移し、旺盛な執筆活動を続けた。展示の後半では安部の手元にあった品々が目を引く。執筆に用いたワープロ、愛用のシンセサイザーのほか、クロスボウ、モデルガン、イカ釣り漁船のランプ、電線の絶縁や支持に使われる「碍(がい)子(し)」など、何に使ったか不明な物も並ぶ。作家は、多くの物によって創造力を刺激されたのだろう。
開幕に先だって11日に行われた式典で、同館館長で作家の荻野アンナさん(67)は『砂の女』の一節〈孤独とは、幻を求めて満たされない、渇きのことなのである〉を引用し、「幻を求めた軌跡が数々の原稿、そしてワープロの形をとってこの会場にあふれている。安部公房の世界では物もまた主人公であり、物からにじみ出た物語をこの展覧会を通して堪能してほしい」と語った。
没後30年以上たった今でも、なぜ安部文学は色あせず、今も人をひきつけるのか。特別展の編集委員を務めた文芸評論家の三浦雅士さん(77)は「文学というのは、時代の課題をいつでも引き受けなければいけない。安部さんは時代の課題を非常に意識せざるをえないところに自分を追い込んでいた」と指摘する。「安部さんは80年代に21世紀の社会を先取りしたものを書いている。文学の座標軸がなくなった今、読み返すと面白いものがどんどん出てくる」と話す。