スターバックスのJIMOTO Madeに、1000年の伝統を伝える備前焼のマグが誕生
店舗のある地域の伝統工芸や技術を取り入れた商品を開発し、その地元の店舗のみで販売されるスターバックスの人気シリーズ「JIMOTO Made」。第16弾は、9月17日(火)に登場する岡山県の伝統工芸・備前焼を用いた「マグ備前焼SANGIRI 355ml」(7200円)だ。このマグを制作する窯元を、地元の店舗パートナー(従業員)と共に訪ねた。 左から胡麻、棧切り、緋襷 ■日本六古窯のひとつ、備前焼 日本六古窯のひとつに数えられる備前焼は、古墳時代の須恵器の製法がルーツだといわれる。赤松の木を燃料とする薪窯で焼かれることがほとんどで、最大の特徴は、釉薬も絵付けも施さずに高温の炎で焼き締めることで現れる、素朴ながらも変化に富んだ表情だ。土の性質や焼き方などで多彩な色を生み出す。主なものに棧切(さんぎり)、胡麻、緋襷(ひだすき)などがあり、ひとつとして同じ色や模様にならない味わい深さが魅力だ。 「マグ備前焼SANGIRI 355ml」で使われる技法は、窯焚きの仕上げに大量の木炭を作品にかぶせ、燃焼の際に起こる化学反応で生まれる「棧切」。多彩な表情を生み出したボディはコーヒー豆をイメージしたコロンとしたシルエットで、表面には岡山県に流れる川の水面をイメージした櫛目がデザインされている。重厚な見た目だけれど持つと意外なほど軽く、薄く仕上げられた飲み口が心地いい。この商品を一つひとつ手作業で制作しているのは、創業100年以上の歴史ある窯元・柴岡陶泉堂だ。 備前焼の代表的な産地である岡山県備前市の伊部(いんべ)地区は、窯から伸びる煉瓦造りの煙突が風景に馴染む街だ。「有田などの磁器の生産が盛んになった明治から昭和初期に至る時期は、備前焼にとって苦しい時代でした。しかし、そのような時にも窯の火は絶えることなく様々な 努力を続けられて今に至ります」と語るのは、この地で両親と兄と共に窯を守る、柴岡 久さん。時々ユーモアを交えながら備前焼の歴史や作品への想いを語るその表情はとても柔和だ。 柴岡さんが最初に教えてくれたのは、「備前焼の不思議な効果」。ペーパーカップと備前焼とでコーヒーを飲み比べてみると…パートナーから次々と「まろやかになった!」という声が。 「これは、備前焼が無釉焼き締めという製法でつくられていて、器の表面に凸凹や無数の微細な穴があり、セラミックと同様に雑味を吸着してくれているのではないかと考えています。備前焼は花瓶なら水が腐りにくい、飲み物なら味をまろやかにするなど、不思議な効果があるんですよ」 柴岡さんの案内で工房を見学した。 ■備前焼の魅力は土と炎が生み出す自然美 「釉薬を使わず色や柄を表現する備前焼において、土づくりと窯焚きがとても重要です」と柴岡さん。備前焼の土は「ひよせ」と呼ばれる地元でとれる土で、なめらかでかつ粘りが強い。地元でも採る場所により色の出方が変わり、作家が自分の作品の雰囲気に合うものを選んだり、山土を加えたりするという。 土づくりでは最初に、原土から不純物を取り除く水簸(すいひ)という作業を行う。水簸槽で原土を水に溶かし、余分な石や砂を取り除く作業だ。取り除かれた泥状の土を「どべばち」と呼ばれる素焼きの鉢に移し、日陰で10日間ほど干して余分な水分を抜く。それを練ったら、「むろ」と呼ばれる保管場所でさらに半年間寝かせて粘りを出し、ようやく粘土になる。土作りだけで半年以上もかける、途方もない作業だ。 そしてもうひとつは、薪を焚き続ける窯焚きだ。燃料に油脂を多く含んだ火力の強い赤松の木を使用。燃えやすくするために半年ほど乾燥させる。今回のマグカップを焼き上げるのには、約2.5トンの赤松を使用するという。 「今回のマグカップは五昼夜半の間、焚き続けます。窯内の温度は最高で1250度くらいになり、ここで『棧切』を出すため木炭をかぶせます。木炭が燃焼し還元の状態となり、棧切の模様が現れるのです」 「せんば」と呼ばれる長さ3メートルの特殊なスコップでマグカップに木炭をかぶせるのだが、窯の中は炎に包まれていて見えないので、それらの作業はすべて“感覚”だ。火が噴き出す窯の口へ、せんばを伸ばすと、1250度もの高温の窯の中に入れたせんばも燃えるように真っ赤になる。 「炭をくべると火花が煙突まで登って、火柱が吹き上がるんですよ」 こうして五昼夜半もの間、兄と交代しながら窯を焚き続ける。焚いた日数と同じ時間をかけて窯で冷まし、ようやく窯からマグカップを出すことが出来る。 「窯を開けるまで、作品にどのような模様が付いているかは分かりません。木炭のかぶり方や燃え方だけでなく、窯内の置き場所による火のあたり方でも模様の出方が変わるので、出したい景色をイメージしながら置き場所を考えて窯詰していくんです」 すべてが経験に基づいた感覚で行われ、このえも言われぬ表情が生まれる。 今回、窯から商品を出すところにパートナーも立ち会うことができた。 窯の入り口の煉瓦を取り除いていく柴岡さんの様子を、緊張と期待が入り混じった表情で見つめるパートナーたち。「うわぁ、すごい…」という感嘆の声と共に、中から赤茶色に光るマグカップが姿を現した。 ■いつも身近にあった備前焼を受け継ぐのは、自然なこと 柴岡さんにとって、備前焼は、幼いころから当たり前にあるものだ。工房の正面にギャラリーがあり、奥に2つの窯を有す。中庭では土作りをし、工房ではろくろを回して作陶する。この場所で作業にいそしむ祖父や父の姿を見て育ってきた。 柴岡さんが作陶の道に進んだのは、大学を卒業してからのこと。 「ものを作ることは昔から好きで。誰かに言われたわけでもなく、自分にとっては当たり前のことで、自然とこの道に進みました」と言う。 聞けば幼いころ、祖父のろくろで土いじりをし、それが楽しかったという思い出が柴岡さんの奥深くに残っているからのようだ。高校生になるころには、土練りの手伝いをしていたそう。 柴岡陶泉堂の近所には、たくさんの窯元や作家がおり、幼馴染をはじめ跡を継いだ同年代の友人も多い。それぐらい備前焼はこの地に根付く産業で、今でも伊部を中心に県内には250以上もの窯元や作家がいるそうだ。 ■先人の技術を今に、未来に伝えたい 「マグ備前焼SANGIRI355ml」に使われている表情「棧切」は、柴岡陶泉堂が得意にしている備前焼の焼成技術だ。木炭をかぶせたマグカップが灰青系のさまざまな色に変化する。釉薬を使わず炎の力で表現する備前焼において、電気窯ではこの色は出せず、薪の炎の力があってこそ。柴岡さんには「備前焼を届けたい」という強い想いがある。 「1000年続いてきた先人たちの技術を大切に思っているので、備前の土を使って、釉薬は使わず、薪の炎で焼く。初めて備前焼を見た人に、これが備前焼だと感じてもらえるものにしたいんです」 そのようななかでも、若い世代や新しいお客にアピールするために、プラスアルファを組み込むことも必要だという。「備前焼の発展のために何を持ってくるのか。斬新さを求めていくのも必要ですが、斬新すぎると備前焼から離れてしまうような気がして。その塩梅が難しいですね」 今回のマグカップは、試行錯誤の連続だったと語る。これまで作ったことのない形状、入れたことのない櫛目。試作だけで100近く作ったという。特に苦労したのが、取手の形状だ。 「角張った形状の取手は丸みのある取手より歪みやキズが出やすいので、一度はお断りをしました。しかし、やっぱりスターバックスさんの想いに応えたいという気持ちが強くなり、挑戦して今回の作品ができました。スターバックスさんとチームで作り上げられることが心強かったですね」 ろくろをひき、櫛目を入れ、底面を削り込み、取手を付ける。これらすべてを柴岡さんがひとつずつ手作業で行う。 「これをひとつ作るのに、通常僕が作るマグカップの3~4倍の時間がかかります(笑)」 こうした労力もすべて、器を使う人の気持ちに寄り添って、もの作りをしているから。柴岡さんの作る器は薄く、焼物だけれど軽くて扱いやすい。このマグカップもそう。 「薄くすると焼成時に、歪みやすくなります。マグカップはひとつずつ口縁部に小鉢を載せることで、歪まないようにしています。手間はかかりますが、カップの内側に木炭が入らないので内側の焼き上がりが黒くならないという利点もある。お客さんだったらこうなっていた方がうれしいだろうなというのをくみ取って作っています」 こうした柴岡さんの姿勢を見て、今回訪ねたパートナーのひとり、岡山青江店の元井さんは「モノ作りをする人はこうやって命を吹き込んでいるんだなというのを知り、胸が熱くなりました」と言う。岡山一番街店の花房さんは、「マグカップひとつひとつ、全部表情が違って個性豊かなことにとても驚きました。どれにするか、選ぶのが楽しそう」とマグカップがお客にわたる瞬間を思い描く。岡山に誕生した備前焼のJIMOTO Made。幾年も受け継がれ磨かれた技術で、土と炎によって表現されるマグに出合いに、備前を訪れてみよう。 ■「マグ備前焼SANGIRI 355ml」は備前地区に属するスターバックス コーヒー13店舗で販売 岡山大学病院店、岡山シネマタウン岡南店、岡山大安寺店、岡山けやき通り店、イオンモール岡山1階店、イオンモール岡山5階店、岡山一番街店、岡山中仙道店、さんすて岡山店、岡山青江店、岡山平井店、岡山天満屋店、岡山西大寺店