観たあとしばらく呆然とする『ザ・サブスタンス』やスリリングな設定にドキドキさせられる『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』…映画ライターによる2025上半期注目作
「原爆の父」として知られるロバート・オッペンハイマーの生涯を描いた『オッペンハイマー』や頭のなかの感情たちの世界を描く『インサイド・ヘッド2』、デッドプールとウルヴァリンがまさかのタッグを組んだ『デッドプール&ウルヴァリン』など、多くの話題作が誕生した2024年。もちろん2025年も、すでに映画好きから注目を集めている作品の公開が控えている。そこで本稿では、映画ライター5名に聞いた、“2025年上半期注目作“を紹介していく。 【写真を見る】“コンクラーベ“を題材にしたミステリー『教皇選挙』 ■まるで先が読めない秀逸な人間ドラマ…『教皇選挙』 ゴールデン・グローブ賞では作品賞(ドラマ部門)を含む6部門にノミネート、アカデミー賞最有力との呼び声も高い『教皇選挙』(3月20日公開)。全カトリック教会の最高司祭であるローマ教皇を、枢機卿たちによる投票で選出するコンクラーベ。枢機卿たちは情報を漏らさぬよう、システィーナ礼拝堂内に隔離され、電子機器は禁止。現代も続く謎に満ちた儀式の様子を『西部戦線異状なし』(22)のエドワード・ベルガー監督が映画化。バチカンかと見紛う荘厳なセットをチネチッタに作り上げ、心奪われる映像美で選挙の舞台裏をリアルに暴きだす。 ローマ教皇が心臓発作で急死した。ローレンス枢機卿は悲しみに暮れる間もなく、新教皇を決めるコンクラーベを取り仕切ることになる。やる気満々の野心家や周囲に推されまんざらでもない者など、様々な反応を見せる候補者たち。だが、陰では駆け引きはもちろん、相手を貶める工作も行われ、やがてとんでもない秘密が顕に。隔離された世界で自分の正義と信心に向き合う枢機卿たち。レイフ・ファインズによる実直なローレンス枢機卿を中心に繰り広げられるのは、スタンリー・トゥッチ、ジョン・リスゴー、イザベラ・ロッセリーニといった熟練者たちが複雑に絡み合う人間模様の演技合戦。まるで先が読めない秀逸な人間ドラマの脚本を手掛けたのは『裏切りのサーカス』(11)のピーター・ストローハン。渦巻く陰謀の嵐に2時間、1秒たりとも息をつかせない。(映画ライター・高山亜紀) ■最期の日々を色彩豊かに綴った感動作…『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』 スペインが誇る名匠ペドロ・アルモドバルが監督&脚本を務め、2024年度ベネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞したメロドラマ『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』(1月31日公開)。監督初の英語長編作となる本作は、末期ガンに侵され安楽死を望む元戦場ジャーナリストの女性マーサと、彼女を看取ることになった小説家の親友イングリッドが過ごした最期の日々を色彩豊かに綴った感動作だ。 『ペイン・アンド・グローリー』(19)で自身の半生を振り返ったアルモドバル監督が、最新作で選んだテーマは“尊厳死”。マーサの“実行の合図”はドアが閉まっていることで、繊細で美しい友情にフォーカスしつつもそのスリリングな設定にドキドキさせられる。マーサを演じたのは監督初の英語短編作品『ヒューマン・ボイス』(20)でも主演したティルダ・スウィントン。どこかウィットを感じさせるスウィントンの存在感が重苦しくなりがちな物語に一種の軽やかさを与え、マーサのすべてを受け入れるイングリッドに扮したジュリアン・ムーアの慈悲深い瞳も印象深い。なお、スウィントンは本作でゴールデン・グローブ賞最優秀主演女優賞(ドラマ部門)にノミネート!作品のみならず賞の行方にもご注目あれ。(ライター・足立美由紀) ■時間のスペシャリスト、ゼメキスが描く不思議な物語…『HERE 時を越えて』 ロバート・ゼメキスとトム・ハンクスの5度目のコンビ作『HERE 時を越えて』(4月4日公開)。本作は、恐竜時代から現在までを一つの舞台で描くという世にも不思議な物語。カメラは固定されたまま、画面には様々な家族(や生き物たち)が入れ替わり立ち替わり登場しドラマを展開するようだ。膨大な時間の流れを定点で撮影した、いわばタイムラプスのような作品だが、実にゼメキスらしい題材といえる。 1964年NYのビートルズ騒動を再現したデビュー作『抱きしめたい』(78)から、ゼメキスは時間というテーマに取り組んできた。代表作「バック・トゥ・ザ・フューチャー」シリーズや激動の時代を駆け抜けた男を描いた『フォレスト・ガンプ 一期一会』(94)、孤独な男が時間を遡り大切なものを見つける『Disney's クリスマス・キャロル』(09)はもちろん、『コンタクト』(97)では時空を超えた父と娘の絆を描き、『ホワット・ライズ・ビニース』(00)や『マーウェン』(18)は記憶がテーマのお話だった。そもそも定点という視点も「バック・トゥ・ザ・フューチャー」に多大な影響を与えた『タイム・マシン 80万年後の世界へ』(60)の見せ場の一つ、主人公がタイム・マシンを作動させると周囲の風景が猛スピードで変化していく時間移動シーンの再現といえる。そんな時間もののスペシャリスト、ゼメキスが数千万年もの時間を通してどんな物語を語ってくれるのか?楽しみである。(映画ライター・神武団四郎) ■なにがなんだかわからないほどおもしろい…『ザ・サブスタンス(原題)』 観たあとしばらく呆然とする。そんな映画体験を求める人がいたら、2025年、最高の一本になると断言したいのが『ザ・サブスタンス(原題)』(5月16日公開)。ジャンルは「ボディホラー」ということで、デヴィッド・クローネンバーグ監督作を想起させるかもしれない。たしかにクローネンバーグ的描写もあるのだが、本作はもっと狂気レベルでアナーキー。一方で、主人公はハリウッドのセレブということで、そのゴージャスな日常を鮮やかに軽快に見せる演出もあるし、音楽の使い方がカッコよかったり、『シャイニング』(80)などのオマージュを埋め込んだりと、もう“なにがなんだかわからないほどおもしろい”のが正直な感想。 50代になって容姿の衰えも感じ、仕事も少なくなった元スター女優役ということで、デミ・ムーアにとっては自虐ネタになりかねないリスクもあったが、その杞憂を蹴散らすような彼女の怪演に素直に平伏す人も多いのでは?一心同体ともいえる役どころで、マーガレット・クアリーの現在の勢いもビシビシと感じさせる。若さと美しさへの飽くなき欲求には、目を疑うクライマックスが待っているのだけど、気になるのは本作が日本でどう受け入れられるかという点。ネタ的にはブームを作るポテンシャルがあるので、もしかして2025年の大穴になるかも!?(映画ライター・斉藤博昭) ■トンでもない傑作ホラー…『ロングレッグス』 全米公開は2024年で、日本公開は翌年。これがトンでもない傑作ホラーだった!ざっくりと説明すれば、『羊たちの沈黙』(91)ミーツ『セブン』(95)プラス、オカルト風味。父親が家族を惨殺して自殺するという、凄惨な事件が連続して起こり、FBIの新人女性捜査官リーが背景の調査に乗りだす。そしてわかったのは、どの事件にも”ロングレッグス”と呼ばれる共通の人物の影があることだった!真相を追えば追うほど不安を抱くようになるヒロインの心理にフォーカスしたつくりは、まさに先述の90年代サイコスリラー。それは新事実が明らかになるほど恐ろしさを増していく、全編これ不穏の展開にも息づいている。 主演のマイカ・モンロー(『イット・フォローズ』)は、『羊たちの沈黙』のジョディ・フォスターに劣らない大熱演。キーマンとなるロングレッグスに扮したニコラス・ケイジは、怪演という言葉では物足りないほどキレまくる。監督のオズグッド・パーキンスは、スティーブン・キング原作、ジェームズ・ワン製作の新作『The Monkey』の全米公開も控えており、今後のホラー界の台風の目となりそうだ。まずは『ロングレッグス』(3月14日公開)の衝撃に心の準備をしてほしい。(映画ライター・有馬楽) 2025年も気になる映画が次々に公開され、映画ファンをおおいに楽しませてくれる1年になりそう。上記のライター陣によるレコメンドを参考にしながら、観たい映画をリストアップしてみては? 構成/サンクレイオ翼