球児の取材17年、長島三奈さん「17歳の選手たちに教えられた」
2013年に熱闘甲子園のキャスターを卒業したが、取材活動は変わってない。地方大会の取材は地方局の依頼を受けて継続していることもあり、「やめたからこそできる取材があります。15年も財産であるし、やめたら深く取材させてもらっていますよ。『しぶとく現れて、まだいるの?』みたいな空気になりながらも取材を続けています」。 「苦労したことはありますか?」と質問してみる。そうすると長島さんは「苦労は一つもなんもないんです」と心の底からそう思っているように笑った。取材したのに番組でオンエアできなかったシーンがあると「みんなを放送してあげたいのに、ごめんね」と心のなかで謝るのだという。 他のスポーツ取材とちがい、高校野球だけは、取材したその日に選手が番組を見てくれて、翌日甲子園に行くと、選手たちがその感想を話してくれる。だから、選手の体温がダイレクトにつたわってくる。気持ちのキャッチボールが毎日できるという楽しさがあったようだ。 98年に初めて取材した選手は現在35歳。球児とはその後もお付き合いがあり、社会人として頑張っていたり、親になったり。選手とは「あなたたちの一生みとどけるから」みたいな話しをしていたが、そのとおりになっている。 結婚・出産などがLINEで連絡が来る。災害が起こると全国の元球児に「すぐ逃げたほうがいいよ」とか連絡を取る。野球だけじゃないやりとりも年々増えていく。選手が元気だと自分も元気になる。「長島三奈にとって高校球児は、水や空気のようなもので生活に必要なもの。ないと生きていけない。不足すると辛くなる」と話してくれた。 「高校野球を中心に人生が回っています。おおげさじゃなく」。