最終回を迎えた朝ドラ『虎に翼』が胸に灯してくれたものとは?
松山ケンイチ(桂場等一郎)の全話視聴Xに引き込まれて見返したくなる!
4月の放送開始から、さまざまな話題を提供してきたNHK連続テレビ小説『虎に翼』が、 9月27日(金)に最終回を迎えました。月刊考察レビューも最終回(第4回)、ドラマを愛するライター・釣木文恵が物語を振り返ります。
「未来に苦しみを残さない」という『虎に翼』の使命感
『虎に翼』が幕を閉じた。時代の変化に対応して、あるいは事件にぶつかって、その都度考え方を変えていった主人公の寅子(伊藤沙莉)に対して、最終回まで一貫して自分の考えを曲げなかったのが桂場(松山ケンイチ)だ。寅子の横浜家裁所長就任を祝い、女子部の面々が集った甘味処「笹竹」に、甘いもの好きの桂場も訪れる。そこで桂場は言う。 「私は今でも、御婦人が法律を学ぶことも、職にすることも反対だ」 社会は不平等でいびつである、法を知った婦人が動いたとて社会は動かない、と。それに対し、寅子は言う。 「今変わらなくても、その声がいつか何かを変えるかもしれない」 そして、かつて恩師である穂高(小林薫)の退任記念祝賀会で「先生に雨だれの一滴なんて言ってほしくない」と花束を渡すことを放棄した寅子は続ける。 「未来の人たちのために、自ら雨だれを選ぶことは、苦ではありません」 このドラマの登場人物は常に、未来のことを考えていた。法が変わること、国が変わること、人々の意識が変わることにはたいへんな時間と労力がかかる。だからこそ、自分の時代には間に合わなくても、その先の人のことを考えていた。つらい思いをするのが自分で最後であるように。未来の人が苦しい思いをせずに済むように。
地獄を選べるのは果たして特権か?
チフス饅頭事件、帝人事件、スマートボール場火災事件、原爆裁判、少年法改正、尊属殺重罰規定違憲判決まで、いくつもの出来事がモデルとなって紡がれてきた『虎に翼』。物語が進み、現代に近づくにつれ、放送されている今もなお、当時から状況の変わっていないできごとが増えてきた。たとえば夫婦別姓や同性婚。ドラマの中で、寅子は考え抜いて事実婚を選び、轟(戸塚純貴)はやはり、未来に思いを託した。 「それは君が佐田寅子だからだ。君のように血が流れていようとも、その地獄に喜ぶもの好きはほんのわずかだ」 雨だれになることを、地獄を選ぶことを喜ぶ寅子になおも桂場は続ける。その言葉に答えたのはよね(土居志央梨)だ。 「いや、ほんのわずかだろうが、確かにここにいる」 このドラマのシスターフッドとしての側面が、そのまぶしさがまざまざと伝わってくる一言。彼女たちは何十年もの間、ともに連帯して歩んできたのだ。正確には、ここには轟や航一(岡田将生)もいるから、女性には限らない。男性であっても志を同じくする人たちは彼女たちとともに道を切り開こうとしてきた。 「失敬、撤回する。君のようなご婦人が特別だった時代は、もう終わったのだな」 「はて?いつだって私のような女はごまんといますよ。ただ時代がそれを許さず、特別にしただけです」 寅子は女性として日本で初めて弁護士、判事、裁判所長を務めた三淵嘉子さんをモデルとしている。寅子とともに法を学んだ女性たちも、先進的で意欲的な人たちだ。経済的にも恵まれ、まわりの理解もあった。時代のせいではあったが、幸運も重なって彼女たちは「特別」を貫くことができた。 はたして、特別な人だけが、この地獄を選べたのだろうか。 最終回冒頭は、寅子が亡くなったあとの世界だ。寅子の娘・優未(川床明日香)は中年にさしかかり、花江(森田望智)の世話をしながら、着付け教室などを営み、雑誌の編集にも携わっている。ある日、橋の上でかつて寅子が世話をした美雪(片岡凜)に出会う。優未は不当解雇に悩んでいる内容の電話をしている美雪に話しかけ、労働基準法によって美雪が守られる可能性を語り、弁護士を紹介する。優未は母親のように、歴史に名を残す道を選ばなかった。おそらく結婚もしていないようだ。けれど、彼女は法を知り、そのことで誰かに手をさしのべることができた。もしかしたら彼女の進む道にも彼女なりの地獄があるのかもしれない。けれど、自分で選んだその地獄は、きっと楽しいものに違いない。 私たちもきっと、それぞれの地獄を生きている。けれど、それが自分で選んだものならば、堂々と楽しんで生きていけるのだ。『虎に翼』はそんなことを教えてくれた。