風水頼み? 韓国政界の不思議
「当選を願って祖先の墓を移す政治家がいる」「風水や四柱推命で出馬の是非を決める人もいる」--。野党が大勝した韓国総選挙(10日投開票)の取材で知人からそんな話を聞いた。本当なのだろうか。そういえば2022年の大統領執務室の移転に風水師が関与したとの報道もあった。半信半疑で取材を始めた。 【写真】風水で縁起がよいとされる場所「明堂」を説明した図 「韓国では今も風水の考え方はとても重視されています。都市計画や役所の建設などで行政が風水学者に公費を払って意見を聞くこともあります。実際に私も何度も行政に助言してきました」。こう話すのは又石(ウソク)大(完州郡)の金枓圭(キム・ドゥギュ)教授だ。 韓国では古来、山や水の流れなど土地の特徴に基づき、最も縁起のいい場所「明堂(めいどう)」に住宅や墓地などをつくる「風水地理説」が根付いてきた。発祥は古代中国とされ、日本でも家の間取りなどを決める際に活用されている。 ◇1000ウォン札にも風水の絵 朝鮮半島では特に朝鮮王朝(1392~1910年)の時代に重視された。首都は当初、今は北朝鮮側に位置する開城(ケソン)にあったが、風水に基づきソウルに移された。王宮の景福宮は四方を山に囲まれ、盆地を漢江(ハンガン)とその支流の清渓川(チョンゲチョン)が流れる明堂だ。こうした伝統は今でも受け継がれ、都市計画などでも活用されている。韓国の大学には「風水地理学」を専門に学ぶ課程があり、金教授は最も著名な学者である。 「これを見てください」。金教授は懐から1000ウォン札を取り出した。裏側に描かれた山水画は理想の明堂を表現しているという。紙幣にまで風水思想が反映されているとは。 風水を題材にした映画「破墓(パミョ)」は観客動員数が1000万人を超える空前のヒット作となっている。金教授は「国民の風水に対する関心の高さを示した」と指摘し、こう続けた。「風水の伝統は政界にも残っており、大統領選では多くの候補が風水師の助言に従って祖先の墓をひそかに移しています。例えば金大中(キム・デジュン)氏は97年の大統領選の前に親の墓を移し、当選しました」 風水師には守秘義務があるが、金大中氏に助言した風水師はこれを破り、国民の知るところとなった。 ◇野党トップも風水師に相談 私は、尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権が2022年5月、大統領執務室を景福宮の北方に位置する青瓦台から、南へ約6キロの国防省庁舎に移したことを思い出した。この際、最初の候補地だった陸軍参謀総長公館を風水師のペク・ジェクォン氏が視察したことが明らかになった。移転先は視察後、国防省庁舎に変更された。 近年、政治家が風水や占いなど「非合理的だ」とも受け止められる手法に頼ることに否定的な見方をする人が増えている。とりわけ朴槿恵(パク・クネ)政権(2013~17年)が新興宗教創始者の子の助言に頼っていた事件は社会に衝撃を与えた。このため、風水師などとの付き合いが政敵から攻撃材料に利用されることも度々だ。執務室の移転問題では野党が「国政を占いに任せるのか」と批判を強めた。与党は「ペク氏の見解を参考にしたことはあるが、総合的に判断してペク氏の意見とは異なる結論を出した」と釈明した。 ところが最大野党「共に民主党」の李在明(イ・ジェミョン)代表も以前、ペク氏に会っていたとの指摘が飛び出した。韓国有力誌「月刊朝鮮」電子版(22年2月)によると、ペク氏は同誌の取材に、李氏夫妻から17年に大統領選への出馬について相談を受け、祖先の墓や人相などについて4時間にわたり助言したと明かした。李氏は22年大統領選に出馬したが、尹氏に敗れた。 与野党とも相手を「迷信に頼っている」と批判しつつ、実際には自らもこっそり風水師や占師のもとに足を運んでいるのだろうか。金教授は言う。「今も与野党を問わず多くの政治家が風水や人相占いなどの意見を聞いています。韓国の政局があまりに予測不能で不安が募るからです」 どの国でも政治家は「一寸先は闇」と言える境遇にある。とりわけ韓国では、多くの大統領経験者が退任後に有罪判決を受けて収監されるなど、政治家の毀誉褒貶(きよほうへん)が激しい。自身の命運を見定めようと、わらにもすがる思いで風水や占いに頼っているのかもしれない。 ◇「地位高く金持ちほど運命を恐れる」 多くの政治家の顧問として知られる人にも話を聞いた。 「政治家の訪問は昨年、とても多かったですね」。ソウル市江南(カンナム)の事務所で出迎えてくれた盧芳山(ノ・パンサン)氏(61)はそう明かした。総選挙を前に出馬するかどうかで悩む人が多かったためだ。「私は出馬すべきですか」「選挙区はどこがいいですか」といった質問が相次いだという。盧氏は「深夜0時に、ひそかに訪ねてくる人もいた」とも話した。「占いに頼った」との批判を避けるためだ。 盧氏は「四柱推命、観相(人相)、風水に基づき助言しています。後に大統領となった人物の相談にも乗りました。大勢の財界人もここを訪れます」と言う。盧氏の師は著名財閥企業の顧問を務めた朴宰顕(パク・チェヒョン)氏(故人)。盧氏は「朴先生は企業の入社試験の面接にいつも立ち会いアドバイスしていました」と証言する。 なぜ助言を求める政治家や財界人が絶えないのか。盧氏はこう喝破した。「『もっと偉く、もっと金持ちになりたい』『子、孫、ひ孫の代まで成功してほしい』という欲があるからです。それは恐れから来ている。人は、地位が高く金持ちであるほど、運命を恐れ、怖がります」。30年以上にわたり政治家や財界人の心の中をのぞいてきた盧氏の言葉には、重みがある。 別れ際、盧氏がこうつぶやいた。「あなたは健康だが、肺だけが悪いね」 驚きのあまり声が出なかった。私は肺だけに持病があり、手術で治療したことがあるからだ。多くの人が盧氏に頼る気持ちが少し分かった。【ソウル支局長・福岡静哉】