選書サービス開始のきっかけは「耳をすませば」、会話しながら自分にぴったりの一冊と出合える「チャイと選書」へ行ってみた
肌寒い風が心地よく、読書にぴったりの季節がやってきた。昨今、読書はデジタルが主流になりつつあり、本を手に取る機会は減りつつある。しかし、紙の本を開く感覚、ページをめくる音、手に伝わる温もりは、ほかにはない心地よさだ。この秋、そんなひとときを楽しむなら「チャイと選書 Chapters bookstore」を訪れてみてはいかがだろう。 【写真】自慢のチャイは、ふわふわのフォームミルクをon!読書をしながらゆっくり飲んでも冷めにくいよう工夫されている 飯田橋と市ヶ谷の間、出会いのパワースポット・東京大神宮の近くにある同店舗は、築60年のビルをリノベーションした書店だ。「チャプターズ」がオンラインで積み上げてきた200冊の選書を基に、プロの書店員があなたのためだけの一冊を選んでくれる。普段手に取らないような新しいジャンルや、今までにない視点からセレクトされた本との出合いは、ここならでは。 さらに、選書のプロセスを楽しむ間だけでなく、選書が終わったあともチャイを片手に読書に浸れるのが同店舗の魅力。今回は、「チャイと選書 Chapters bookstore」の代表である森本萌乃さんへのインタビューと実際の選書体験を通して、この唯一無二の書店の魅力をレポートする。 ■「チャイと選書 Chapters bookstore」の新しい書店スタイル ――まずは本サービスを始めたきっかけを教えてください。 スタジオジブリの映画「耳をすませば」に影響を受けたことが大きいですね。同じ本を読んだという小さなきっかけからすてき人と出会える。それって、時間をかけたからこそ生まれる特別な出会いだと思うんです。そんな体験を現代でもできたらと思ってスタートしたのが、オンラインの「Chapters」です。恋愛をしてほしいという思いから“恋する書店”として、同じ本を読んだ誰かと出会うマッチングをうたっています。世の中にどれだけ同じ気持ちの人がいるかを確かめる気持ちで始めたんですが、3年で6000人以上の方が利用してくれました。おかげさまで、選書サービスの評価も高く、満足度は星4.2。これをさらに広げたいと考えて昨年から準備を進め、今年4月に「チャイと選書 Chapters bookstore」をオープンしました。 ――「チャイと選書」はどんなコンセプトですか? 本を読んだことがない方でも「一冊目の本」と出合える空間です。たとえば、普通の本屋さんに行くとどれを選べばいいかわからないって人、いますよね?そんな方が気軽に訪れて、一冊目の本と出合うきっかけになれたらと思っています。本好きだけでなく、初めて読む方にも楽しんでもらえる場所を目指しています。オンラインの「Chapters」が人とのマッチングサービスなのに対して、「チャイと選書 Chapters bookstore」は、純粋に本との出合いにフォーカスを絞っています。 ――ターゲットはどのような方ですか? オンラインサービス「Chapters」は、平均年齢31歳の独身男女がメイン層です。読書に時間をかけることに価値を感じるような、知的好奇心の豊かな方々ですね。一方で「チャイと選書 Chapters bookstore」はもう少し広く、本を読みたいけれど選び方がわからない人や、本に触れるきっかけを探している人をターゲットにしています。連日訪れるのは20代後半から30代の女性が中心ですね。平日の営業時間が限られていることもあって、有給を取ってゆっくり来られる方も多いです。 ――実際、どんなお客様が訪れるんですか? 久々に本を読む方や、読書に迷いを感じている方が多いですね。「どんな本を選べばいいかわからない」という方にとっては、選書サービスがぴったりなんです。また、「YouTubeを見て来ました!」という声も多くて、動画の影響力をあらためて感じています。YouTubeチャンネルでは、本の紹介やスタッフの日常を発信しているのですが、そこから興味を持って足を運んでくれる方も増えていますね。 ――オープン後の反響はいかがですか? 最初はオンラインの利用者がそのまま流れてくるのかなと思っていたんですが、実際はSNSや口コミで広がっているようですね。「選書がおもしろい」「チャイがおいしい」といった声を通じて、少しずつお客様が増えていきました。また、通りがかりの常連さんができるなど、市ヶ谷の地域に根付いたお店にもなりつつあります。正直、DIYで内装を仕上げるなど準備段階では大変なことも多かったですが、今こうして少しずつお客様に認知していただけているのは本当にうれしい誤算でした。 ――「チャイ」にこだわった理由を教えてください。 「Chapters」とのつながりを感じさせる“C”から始まる飲み物にしたかったんです。それにチャイって、好き嫌いが分かれるけどハマる人にはとことん愛される飲み物じゃないですか。ちょっと“入り口を狭くする”という挑戦も込めています。うちのチャイはスパイスの調合からこだわっていて、蜂蜜の甘みとフォームミルクでやさしい味わいに仕上げています。スパイスが強すぎないので、初めての方にも飲みやすいですよ。 ――オープンまでに大変だったことはありますか? 先ほどもちょっとお伝えしましたが、改装費が全然足りなくて、できる部分はDIYで仕上げました(笑)。ソファーの布貼りから椅子の塗装まで、スタッフみんなで頑張りましたよ。そして、なんとかオープン日までにこぎつけたのですが、実は私が過労で倒れてしまいお店にいられなかったんです。でも、みんなが頼もしく動いてくれたおかげで無事にスタートできました。 ――森本さん自身は、本との出合いはどのようなものでしたか? 実は私、高校時代まではそんなに本を読んでいなかったんです。でも通っていた高校が「3年間で文庫本100冊を読む」というカリキュラムで、通学中に本を読む習慣がつきました。最初は義務感で読んでいたのですが、気づけば楽しみになっていて、高校生活の3年間で70冊以上読破しました。大学では忙しさから本を読む機会が減ってしまったんですが、社会人になってから再び手を伸ばしたとき、そのおもしろさに衝撃を受けました。特に小説を読むことで、企画やプレゼンの幅が広がったり、想像力が磨かれたりと、仕事にもつながることを実感したんです。それ以来、本は私にとって欠かせない存在になりました。 ――この仕事のやりがいはどんな点でしょう? 「人生が変わりました」と言ってもらえる瞬間ですね。選書でお届けした本が誰かの生活に寄り添い、力になっている。そんな言葉をいただくと、本当にやっていてよかったなと思います。本をもっとカジュアルに、適当に楽しんでほしいんです。本との出合いが「Netflixでザッピングするような感覚」になればいいなと思っています。 ――今後の展望を教えてください。 もっと選書サービスを広げたいですね。たとえば、空港やネイルサロンなど、意外な場所に選書の場を作るのもおもしろいかなと考えています。移動や待ち時間に本と出合えるって、すてきじゃないですか?これからも「本との最初の出合い」を提供し続けたいと思っています。 ■緩やかな会話からスタートするパーソナル選書体験 サービスについてお話を伺ったあとは、パーソナル選書を体験してみることに。チャイのスパイシーな香りに包まれながら、森本さんとの会話がスタート。選書体験は、おしゃべりが10分、そして本の推薦が10分という流れになっている。ただ、筆者自身はここ十数年読書とは無縁だったので、本当に読んでみたいと思う本に出合えるのか?と、ちょっとドキドキだった。 「最後に本を読んだのは…20年くらい前ですかね」カウンターでチャイを受け取った筆者が、少し照れながらそう答えると、森本さんは目を輝かせて微笑んだ。「ライターさんなので勝手に読書家さんかと。意外です!おもしろい!そういった方をこのお店では大歓迎しているんです」と森本さん。 「本屋の文庫エリアとかには立ち寄ったりしますか?」と森本さんに聞かれ、「いや、雑誌くらいしか見ないですね」と答えると、「なるほど。カルチャーやファッションが好きですか?」と話を広げてくれる。筆者が「旅も好きですね。昔、沢木耕太郎さんの『深夜特急』を読んで感化されたことがあって、それ以来国内ですけど、ふらっと旅するのが好きなんです」と話すと、森本さんが大きくうなずく。「『深夜特急』は人生を変える人、多いですよね。私も大好きです!」 そこから、旅や日常の話題で会話が盛り上がり、最近訪れた青森の話をすると、「いいですね、青森!垢抜けすぎてないけどオシャレ感がある、その微妙なバランスが魅力らしいですよ。先日お店に来られた方がそう言っていました」と森本さん。「旅好きな方には、沢木さんのように、旅先で感じる“間”や“哀愁”が詰まったエッセイがぴったりだと思います」もうその時点で、選んでもらえる本への期待が膨らむ。 「では、今の気分を天気でたとえるなら?」と、ふいに聞かれる。この質問は、毎回お客様に投げかける定番だそうだ。少し考えたあと「晴れですかね。久しぶりに選んでもらう本にちょっとワクワクしてます」と答えると、「いいですね、晴れの気分!」と笑顔を見せる森本さん。ここまでのやり取りの中から、少しずつ筆者の好みや今の気分が形になっていくのが不思議だ。 「読書するとしたら、どんなシーンで本を読みそうですか?」という質問には、「移動中かな。電車とか飛行機で読むのが合いそう」と返すと、「それなら空や自然を感じられるようなエッセイもよさそうですね」と提案してくれる。森本さんとの対話は、雑談しているような気軽さで、次第に「どんな本が自分に合うのか」というイメージが見えてきた。 「料理や飲み物は好きなものありますか?」という質問には、「レトロな居酒屋が好きです」と答えると、「それなら、居酒屋が舞台の短編集もおすすめですよ」と何か思いついたよう。そこからは、好きな時間の過ごし方や、昔読んで印象的だった本の話など、自然なやりとりが続いていく。 会話の最後に森本さんが「お話を聞いて、ぴったりな本がいくつか思い浮かびました」と、書棚に手を伸ばし選んでくれた5冊は、まるで筆者の趣味や性格を見抜いたかのようなラインナップだった。 ■「どれもおもしろそう」と感じた、パーソナル選書の5冊 しばらくの間、読書とご無沙汰していた筆者のために、森本さんが選書してくれた5冊はコチラ! 1. 星野道夫「旅をする木」 「星野さんの文章って、まるでアラスカから手紙が届いたみたいな気持ちになるんですよ。彼が見て感じた自然の美しさや動物たちとの触れ合いが、風や川のせせらぎの音と一緒に伝わってくるような一冊です。都会にいると感じる疲れや焦りが、この本を読むとすっと流れていく気がします。星野さん自身が自然に魅せられながら、でもただ美しいだけじゃなくて、人間と自然との関係を丁寧に見つめているところも深いです。読むたびに新しい発見がありますよ」 2. マーク・ヴァンホーナッカー「グッドフライト・グッドナイト」 「この本は、飛行機のコックピットから見える空や地上の景色を綴ったエッセイなんです。特に夜間飛行で満天の星空を見たり、朝焼けに染まる雲海を描写した部分は、まるで自分も空の旅をしているような気分になりますよ。パイロットとしての視点がユニークで、仕事への情熱も感じられるし、読みながら空の広がりを想像できるのが気持ちいいんです。お酒を飲みながらパラパラ読むのもおすすめ。章ごとに分かれているので、自分のペースで好きな部分を楽しめる一冊です」 3. 町屋良平「しき」 「高校生の男の子二人が、YouTubeのダンス動画をマネして友情を深めていく話なんですけど、その不器用さやぎこちなさがとてもリアルなんですよね。彼らが心を開き合いながら、少しずつ自分の世界を広げていく様子が繊細に描かれています。青春小説って少し敬遠されがちかもしれないけど、この作品は文体がすごく美しくて読みやすいんです。思春期の独特な感情や、あのころの自分が少しよみがえるような、そんな一冊です。大人にもおすすめしたい青春小説ですね」 4. 石川渓月「よりみち酒場 灯火亭」 「三軒茶屋の路地裏にある居酒屋が舞台なんですけど、この店主がまた不思議なキャラクターなんです。大きな体のわりには繊細で、お客さんの悩みを聞きながら、絶品の料理と一緒に優しく包み込むような存在なんです。料理の描写がとてもリアルで、まるでその場にいるような感覚になるのが魅力です。短編形式だから、一話ずつじっくり味わえるのもいいですね。居酒屋好きの方にはぜひ読んでほしい、食欲を満たし、癒やしてくれる作品です」 5.松尾諭「拾われた男」 「松尾さんって、文章も俳優業と同じくらい味わい深いんですよ。財布を拾ったことがきっかけで俳優の道を歩み始めるという信じられないエピソードから始まって、人生の転機や日常の中で気づいたことをユーモラスに語っています。彼の語り口調がとにかく軽やかで、読んでいると自然と笑顔になれるんです。“人生って何が起こるかわからないけど、案外うまくいくものかも”と思わせてくれる、気持ちが軽くなる一冊です。リラックスしたいときにおすすめです」 「気になったのはありましたか?」と森本さんに聞かれ、最後に選んだのはマーク・ヴァンホーナッカーの「グッドフライト・グッドナイト」だった。「なんかその浮遊感がすごくいいなと思って」と伝え、パーソナル選書は無事に終了。本当に読みたい本と出合えるかのか?という心配は杞憂に終わった。 帰り道、さっそく購入した文庫を手に、電車に揺られながらページをめくる。空の上の景色や、飛ぶことの喜びが綴られた文章は、まるで窓から見える風景とリンクしているようで、日常の中で少しだけ非日常を感じる時間をくれた。 本を「人に選んでもらう」という新鮮な体験を通じて、自分に合う一冊を見つける楽しさを実感できた「チャイと選書 Chapters bookstore」。森本さんやスタッフとの温かい対話、チャイ、そして本によって広がる世界を求めに、ぜひ足を運んでみては? ■チャイと選書 Chapters bookstore 住所:東京都新宿区市谷田町2-20 司ビル1階 アクセス:JR市ヶ谷駅より徒歩約7分、地下鉄市ヶ谷駅より徒歩約4分 営業日:水・木・金曜 時間:11時30分~17時 不定期で土曜日も営業。詳細はInstagramをチェック! 取材・文・写真=北村康行