杉本穂高の「2023年 年間ベストアニメTOP10」 豊かさを持続可能なものにするために
リアルサウンド映画部のレギュラー執筆陣が、年末まで日替わりで発表する2022年の年間ベスト企画。映画、国内ドラマ、海外ドラマ、アニメの4つのカテゴリーに分け、アニメの場合は、2022年に日本で劇場公開・放送・配信されたアニメーションから、執筆者が独自の観点で10作品をセレクトする。第10回の選者は、映画ライターの杉本穂高。(編集部) 【写真】黒柳徹子の幼少期を描いた『窓際のトットちゃん』場面写真(複数あり) 1. 『窓ぎわのトットちゃん』 2. 『君たちはどう生きるか』 3. 『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』 4. 『進撃の巨人』 5. 『ペルリンプスと秘密の森』 6. 『アリスとテレスのまぼろし工場』 7. 『BLUE GIANT』 8. 『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』 9. 『オオカミの家』 10. 『【推しの子】Mother and Children』 選考理由の前に、全体の総括を。 動画配信によって日本アニメのグローバル展開は当たり前となったが、2023年はさらに劇場作品も海外市場で定着しつつあることを証明した。『鬼滅の刃』や『呪術廻戦』劇場版のヒットはコロナ禍の特殊な状況だったが、それを脱した市場環境で『すずめの戸締まり』と『THE FIRST SLAM DUNK』、『君たちはどう生きるか』がヒットとなったことはアニメに限らず日本映画全体にとって大きなこと。しかし、大ヒットは一部作品に限られるので、裾野を広げるマーケティングがこれから必要になる。そうすれば国内で興行が振るわない作品もリクープの道が拡がる。 国内映画市場は、メガヒットアニメが牽引する状況に変化はなかった。人気IPが安定して稼ぐ一方で、内容は素晴らしくとも興行的には厳しい作品も多数。テレビシリーズも大量すぎてヒット作とそれ以外の乖離が激しい。中規模ヒットを増やすための施策が欲しい。 アニメスタジオには、国内外から企画がたくさん舞い込む状況であるという。需要が旺盛なのは良いことだ。しかし、旺盛すぎて制作キャパオーバーの綱渡り状態が続いているのは心配ごとではある。このアンバランスをいかに解消し、「持続可能」な発展を築けるかが来年以降の課題だ。 ここからはランキングについて。 宮﨑駿10年ぶりの新作は素晴らしかった。宣伝展開なしが議論となったが、作品は非言語的な映像体験のオンパレードなので宣伝で言葉まみれにしないことに意味があった。映像を映像のまま味わう経験は、ほとんどできない時代に贅沢な体験をさせてもらった。しかし、1位はこれから地位を築くべき作品として映画『窓ぎわのトットちゃん』を置くことにした。終始強度ある映像が展開される傑作で何度鑑賞しても発見があるだろう。 『進撃の巨人』はシリーズトータルでの選考。歴史的名作マンガを最後までやり切った。最終話の首を斬られるエレンの瞳に写るミカサの穏やかな顔の素晴らしさ。原作にないカットだが、何回観ても感動だ。 『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』は、次世代「テクスチャー映画」の筆頭として続編でさらなる進化を遂げた。『屋根裏のラジャー』や「FGO」8周年記念メモリアルムービーのような試みも国内から出てきており、注目すべき動きだ。それぞれの物語にはそれぞれふさわしいテクスチャーがあるはずだ。 海外作品では『ペルリンプスと秘密の森』と『オオカミの家』を入れた。この2本以外にも目を見張る作品はいくつもあった。海外インデペンデントアニメーションが、コンスタントに国内で上映される状況は本当に良いこと。この市場を開拓してくれた人々に感謝。 岡田麿里は『アリスとテレスのまぼろし工場』で「映画作家」であると証明した。今後は映画祭でも勝負してほしい。こういう作家性を存分に発揮できる環境をより拡げたい。『BLUE GIANT』は理想的な中規模ヒット作だった。原作は有名だが、非常に実験精神の強い作風。こちらも有名IPだが『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』も挑戦的な内容を中規模ヒットに導いた。有名原作なしでこうした成功例がもっと出てくるといい。 テレビアニメの質的向上と制作本数の増加はどこまで行くのか。アテンションの奪い合いは激しさを増し、初回90分の『【推しの子】』や、数話をまとめて放送する『葬送のフリーレン』や『薬屋のひとりごと』などの試みが出てきた。その中から『【推しの子】』を選んだのは、これは90分通しで描かれるべき内容だったからだ。アテンションを取るためのマーケティング的視点だけの選択ではなかった。そのため、あえて劇場公開もされた初回の『Mother and Children』でランクインさせておく。 課題はあるが、年間通じて良質な作品が映画でもテレビ・配信でも絶え間なく供給される状況は、豊かであると言える。今後もこの豊かさを持続可能なものにするため、課題を一つずつ丁寧に解決する必要がある。ライターとしてわずかでも助力できればと思っている。
杉本穂高