「こぎん刺し」雑貨 「福祉を前面に出さずとも、十分戦える」魅力
カラフルな刺しゅう糸で彩られた「こぎん刺し」の雑貨が好評を博している。雑貨ブランドの「古今(こぎん)商店」の商品は、茨城県つくば市の福祉事業所で働く障害や病気がある人たちの手によるものだ。手仕事の魅力に、ポップな柄や色を加え、商品ラインアップは無限。取引先もじわじわと増え現在、全国に20店以上ある。「福祉を前面に出さなくても手に取ってもらえる」と、バイヤーからの評価も高い。 つくば市竹園の就労継続支援A型事業所「CWらぼ つくば」を訪れると、十数人の利用者らが麻の布に細かなステッチを施していた。静かな室内に、針を動かす手だけが忙しい。各人の作業台に置かれていたのは、習熟度に合わせ指導員が手渡した透明のケース。刺しゅう糸や図案などの一式が入れられていた。 利用者は、つくば市や近隣から通う精神、知的、身体障害などがある計約30人。特別支援学校を出たばかりの20代から、会社勤めで体を壊すなどした30~60代の中途障害者らが登録している。 全ての利用者は事業所と雇用契約を結び、うち半数の15人がこぎん刺しの作業にあたる。本人の希望や特性などにより、物流倉庫などで「施設外就労」を行う人もいる。就労は週5日(1日あたり4時間)。県の最低賃金(時給1005円)に基づき、給料は月8万~9万円ほどだ。 利用者の多くは初心者で、指導員が作業を見守る。「まずは練習用の布で基本のステッチを覚えてもらい、習熟度や理解度によって使う布や図案を変えながら徐々に難度を上げていく」(指導員)。ブローチから始まり、熟練するとバッグなども作れるようになるという。つくば市近郊の50代の女性は「覚えるまでは難しかったが今は楽しい。誰かが気に入ってくれるのなら励みになる」と笑顔を見せた。 幅広い障害にも対応できるよう、作業面での試行錯誤も続く。知的能力や理解力が乏しい利用者でも、1種類のステッチで出来上がる「独自の図案」を考案。また、障害で手先の震えなどがある人向けには、腕をクッションで固定するなど、作業療法的見地から「取りこぼさない工夫」を試みる。 3年前の開設時から所長を務める林佑一郎さん(38)は「毎日通うことで生活のリズムを整えたい人、社会復帰のステップとして施設外就労を希望する人まで目的はさまざま。利用者を後押しし、全員の利用者を社会に送り出すことを目指している」と話す。 ◇ 利用者に支払う給料は自社商品の売り上げが原資のため、林さんは販路拡大にも力を注ぐ。「古今商店」を取り扱う、つくば市春日の雑貨店「azumi」も林さんが開拓した取引先の一つだ。 店を経営する山本いづみさんは2021年秋、飛び込み営業で来店した林さんのことをよく覚えていた。作品を置いてほしいと直談判された時、山本さんは「福祉的な観点から取り扱うのではなく、良い作品なら置きたい」と考えた。 林さんが持参していた商品を見て、品質の高さに驚いた。「丁寧に作られた商品でデザインも良い。その場で『ぜひ置かせてほしい』とこちらからお願いしていた」。以来、季節ごとに仕入れる「定番」ブランドに。時に、顧客の好みに合わせ、色や柄をオーダーすることもあるという。 今季も新作約50点を迎えた。店中央のテーブルにイヤリングやピアス(税込み、各2000円)、ブローチ(同、1000~1500円)を並べ、山本さんは「どれもすてきで、毎回選ぶのに迷ってしまう」と声を弾ませた。客の評判も上々で「皆、手に取ると感激する。先日も来店した男性に仕入れ先(らぼ)を伝えたところ」。 ◇ この男性とは、常総市むすびまちの「ツタヤブックストア常総インターチェンジ」内のジェラートショップで、店長を務める岡村有真さん(26)。店の隣にあるツタヤブックストアで売り場責任者を務める桜庭由加里さん(38)に商品の魅力を話した。すると桜庭さんは、すぐに「らぼ」とコンタクトをとった。実物を見て物の力を感じたため、入荷を決断。9月に「フェア」を始めるとブローチやアクセサリー類を中心に好調な売れ行きを見せた。 売り場に掲示する「作り手情報」は、あえてポップ1枚にとどめた。桜庭さんは「福祉を前面に出さない売り方でも十分に戦える。小物だけでなくバッグ類も置いており、物の良さを知る人には手に取ってもらえる」と確信した。11月からは常設で扱っている。 商品の魅力がモノと人、人と人とをつなぎ、県境を越えていく。既に取引中の東京や長野の百貨店などに加え、今秋から、栃木県日光市の温泉旅館「八丁湯(はっちょうのゆ)」売店にも「こぎん商店」のコーナーがお目見えした。 林さんの言葉が熱を帯びる。「商品を手にする人が増えれば福祉サービスや障害者の存在にスポットが当たる。だからこそ多くの人にこの商品を届けたい」。問い合わせは「CWらぼ つくば」(029・879・9662)へ。【鈴木美穂】 ◇こぎん刺し 青森県の津軽地方に伝わる伝統的な刺しゅう「刺し子」のこと。野良着(畑の仕事着)の補強や保温のため、木綿糸で刺し子をしたのが始まりで、藍染めの布に白い糸で模様を施すなど独自の技法がある。昨今はアレンジを自由に楽しむ愛好者らが増加。取材した「CWらぼ つくば」を含め、関東3カ所に就労継続支援A型事業所を運営する「マーベリック」(川崎市)が、こぎん刺しを就労に取り入れたのは約10年前。2023年6月、東京都杉並区に無人雑貨店「古今商店」をオープンした。