センバツ2024 注目選手/上 敦賀気比 冷静さ加わった左腕・竹下海斗 /石川
◇「ゾーン」経験大黒柱に アスリートの世界で、トップ選手だけが到達できる「ゾーン」と呼ばれる状態がある。集中力が極限まで高まり、本人も信じられないほどのパフォーマンスが自然に生まれる状態を指す言葉だ。第96回選抜高校野球に出場する敦賀気比(福井)のエース左腕、竹下海斗(2年)は、昨秋の大一番でこの状態を経験したことで、周囲も認める大黒柱に成長した。 【写真で見る歓喜の瞬間】歴代のセンバツ覇者たち 昨年10月の北信越地区大会準決勝で、敦賀気比は日本航空石川と対戦した。同地区からのセンバツ出場は例年2枠のため、勝てば甲子園出場が有力になる試合だ。試合は延長タイブレークにもつれ込み、敦賀気比が1点を勝ち越した直後の十回裏だった。竹下は2死満塁のピンチを背負い、続く打者には3球連続ボール。押し出し四球まであと1球の崖っぷちに立った。 この時、竹下はこれまで一度も経験したことのない感覚の中にいた。ピンチをピンチと感じず、まるで高いところから見渡すように、グラウンド全体の動きをつぶさに捉えていた。好機にわく相手はむしろ、浮足立っているように見えた。相手打者は代打の小柄な左打者。「粘って四球狙いのはず。強く振り切っては来ない。それに1点入ったって同点だ」と、喧噪(けんそう)の中心で、一人冷静だった。 まず直球で1ストライクを奪う。続く5球目、捕手・中森昂(2年)が出した変化球のサインに首を振った。緩急を持ち味とする竹下は、直球を続ける配球をあまりしない。加えて、普段は「捕手の考えがある」とリードを尊重する竹下が、投げたいボールを主張するのは珍しい。「相当自信がある」と感じた中森は直球を要求し、2ストライクに追い込んだ。次の配球も迷いなし。渾身(こんしん)の138キロで相手のバットに空を切らせ、勝利をつかんだ。 東哲平監督はそれまで、竹下の実力を高く評価しつつも、「精神面に課題がある」と評していた。2022年の北信越大会では、制球が定まらずに3四死球で無死満塁のピンチを招き、降板を告げられたこともある。竹下は「ピンチでは焦っていつも通りにプレーできなかったが、そういうものだと思っていた。課題という認識もなかった」と振り返る。だが、「ゾーン」がもたらした成功体験は、エースを変えた。 「ゾーン」の翌日、星稜(石川)との北信越大会決勝。五回裏1死から打球が竹下の足に当たり、内野安打となった。ベンチに下がって治療後、再びマウンドに上がると、相手の監督が竹下を指さし、サインを送っているのが見えた。「バントで足元を攻めるつもりだな」。再び冷静に読み切った竹下。あえて球威を抑え、投げると同時に打者へ猛チャージ。バントの打球を見事な守備で二塁封殺に仕留めた。 指導者やチームメート皆が「日本航空石川戦を境に、竹下は変わった」と口をそろえる。本人も「前は『どう抑えるか』しか考えていなかったが、今は周りの声も聞いて冷静にやれば結果がでると分かっている」と頼もしい。チームは大会第2日の第2試合で明豊(大分)と対戦する。仮に試合でピンチが訪れても、もう竹下にとってはピンチではないのかもしれない。【高橋隆輔】 ◇ ◇ センバツの開幕(18日)を前に、大会での活躍を期する選手2人に迫った。