ジェーン・スー 違和感を持った手術の方針に対して「先生の言う通りに」と言った亡き母。専門家である医者と素人である患者との間にある埋めがたい知識の差に私たちは翻弄され続けている
ジェーン・スーさんが『婦人公論』に連載中のエッセイを配信。今回は「医者と患者」について。当連載でも紹介したインプラント治療に進展があったというスーさん。拍子抜けするほど楽だった手術を経て、26年前に亡くなったお母さんのことを思い出し――。(文=ジェーン・スー イラスト=川原瑞丸) * * * * * * * ◆インプラント治療に進展が 私的一大サーガとなりつつある我がインプラント治療に進展があったので、今月はおよそ10ヵ月ぶりの続編をお届けしたい。初見の方のために、まずは概要を。 数年にわたり完璧な虫歯治療を施してくれた歯科医院のインプラントが、打って変わって散々だったのが2021年のこと。30万円近く支払ったにもかかわらず、上顎にビスを斜めに埋め込まれ、ごまかされた挙句、しばらくしたらビスがスポッと抜けてしまった悲しいお話である。闘いを存分に味わうためのプロレス観戦に血道を上げておきながら、私生活ではすべての争いを避けて過ごしたい私は、文句も言わずすごすごと歯科医院から退散した。情けない。 幸運なことに、新たに通い始めた歯科医院が親切&丁寧だった。不憫な私の口腔事情に同情した院長は、自分が責任を持って最後まで施術を行うが、まずは骨が再生されるのを待つしかないと言った。
◆拍子抜けするほど楽だった あれから9ヵ月。ついに、埋まったのである。私の上顎にぽっかりと空いていた穴が! レントゲンを見て私は心底驚いた。忌々しくも黒々と写っていた空洞が、跡形もない。特別なことはなにもしていないのに、私はもう50歳なのに、骨は勝手に育った。人体は賢い。右の上顎に不要な穴が空いていると察知し、私が食べたものから勝手に骨を仕立てたのだから。 さあ、穴が埋まったら、次はビスの埋め込みである。ここからは自由診療。情け深い院長はディスカウントまでしてくれた。しかし、私は躊躇した。そこに歯がなくとも、生活にそれほど不便を感じなくなっていたからだ。 また、あれをやるのか。前回のビス埋め込みはつらかった。ゴリゴリと骨を削られる感覚は恐ろしく、なにしろ長時間かかった。苦い記憶が蘇り、私は尻込みした。 体調不良もあり、一度は手術をキャンセル。しかし、院長の厚意を裏切りたくない気持ちが勝り、再度予約を取った。 当日、院長は私の歯茎にチクッと麻酔を打ちながら、「今日一番痛いのは、いまの麻酔ですよ」と言った。気休めにもほどがある。しかし、それは真実だった。手術は20分ほどで終わり、拍子抜けするほど楽だった。院長の高い技術と、最先端の設備のおかげである。
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