愛犬10年物語(3)2世帯家族を結んだ2匹の犬と猫の物語
犬は人類の最古にして最高の仲間だと言われるが、家庭犬の存在は比較的新しい。我が国で、庭先に繋がれた番犬や猟犬に代わって、家族の一員として家の中で人と同じように暮らす犬が当たり前になったのは、ここ10年余りのことだ。ターニングポイントとなったのは、2000年代のペットブームであろう。そこから現在に至る『愛犬10年物語』。「流行」を「常識」に変えたそれぞれの家族の10年を、連載形式で追う。 【写真】愛犬10年物語(1)「ただ見ているだけで幸せ」障害も日常に
おばあちゃんの表情が華やぐ
御年92歳の池田みよさんが、シルバーカー(歩行車)を押しながら老人ホームの庭に出てきた時、僕の目には、その表情はやや固く映った。人も犬も、高齢になるに従って表情が乏しくなっていくものだ。当時11歳のゴールデン・レトリーバー『キララ』もまた、同様の老犬らしい顔つきで、久しぶりに会うおばあちゃんをじっと待っていた。
この日僕は、近くに住むみよさんの実の娘である丹羽佳織さんに、キララの「出張撮影」(一般の飼い主さんの依頼で、自宅に伺ってプロカメラマンとして犬や猫の撮影をする)を頼まれていた。その一環でおばあちゃんとのツーショットを撮りに老人ホームにやって来たのだった。 背中を丸め、一歩ずつシルバーカーにすがるように歩いてきたみよさんの顔が、キララを目に止めるなり、パッと明るくなった。「元気だったかい」と、頭を撫でようと手を差し出す。「あら、おばあちゃん、急に元気になっちゃったね」と佳織さん。それまでじっと佇んでいたキララも、尻尾を振って目を輝かせた。世の中には、老人ホームなどを訪ねてお年寄りの心を癒やす「セラピードッグ」という専門職の犬たちもいる。裏表のない動物の純粋な眼差しは、かくも人の表情を、心をも動かすのだ。 僕は、庭の一角の紫陽花と色づいたモミジの前のベンチにみよさんとキララをいざない、何カットかツーショットを撮らせてもらった。「暖かくなったらまた撮りましょう」と見送った背中が、残念ながら僕にとってはみよさんの最後の姿になってしまった。その2か月後に行われた葬儀で、この時撮った写真の1枚が遺影として使われた。