南極氷山で流しそうめん、昭和基地では本格フレンチ…「南極料理人」が語る“極地の1年間”
隊員の好物はキャベツの千切り?
シフト外の非番の日も中川さんは完全休養するのではなく、その時間も忙しくしていた。献立を考えたり冷凍の食材を先に解凍したり。他の隊員に帯同して、野外活動に従事したりした。1年間という限られた滞在を惜しむように動き回った。 昭和基地で中川さんが料理を作り始めてから数ヶ月後、NHKが南極観測隊を取り上げた。「有吉のお金発見 突撃! カネオくん」(2023年5月13日放送)でのことだ。 「隊員がスマホで撮影して、オンラインで繋ぎながら、中継しました。『隊員の好物はキャベツの千切りなんですよ』と言う台詞が台本で指定されていて、『全然人気じゃないのに』と思いながら読んでいました」 どういうことか。 「撮影時はキャベツが在庫している時期で、毎週のカレーにキャベツの千切りサラダを出していたので、喜ばれたりはしなかったんです。だけどその後、キャベツの在庫がなくなるので、年末に『しらせ』が運んでくるまでは食べられない。久々に口にする新鮮なキャベツの千切り。これはすごく喜ばれますよ」 フルーツも同様だ。鮮度に限りがあるのでオレンジなどの新鮮なフルーツは早々になくなってしまい、あとは缶詰と冷凍のカットフルーツになってしまうのだ。 「それでも昔に比べると、食環境はかなり改善されています。サニーレタスやかいわれ大根など。グリーンルーム(24時間人工照明の野菜栽培室)で作られる野菜や果物は増えましたし、冷凍野菜の保存技術も進みましたから」
イベントや祭
5月末になると、日が昇らない極夜の時期に入った。7月半ばまでの約40日間、日の出前ぐらいの明るさにしかならないのだ。 この時期、問題となるのは体調管理だ。日光を浴びられなくなることで、サイクルが狂い、隊員たちが身体やメンタルの調子を崩すこともある。 そのため、 「その時期、『極夜祭』というイベントがおこなわれます。隊員たちは、もうすぐ祭りだということで、業務以外に祭りの準備も行い、日々を忙しくすごします。サイクルを整えるために、あえて忙しくするんですね」 極夜祭は長年おこなわれている伝統的な行事。冬至である6月21日を挟んで、18~23日に「極夜の祭典MWF」(ミッドウィンターフェスティバル)がおこなわれた。開会式に続いて、雪像作り、64ダービー(そりに乗った人を引く競争)、かまくら会合、人間カーリング(そりに乗った隊員をストーンに見立てて、後ろから押してカーリング競技を行うゲーム)などがおこなわれた。 お祭り屋台では、お好み焼きやスイーツ、おでん、串焼きのほか、おにぎりやホットスナックが並び、射的、輪投げ、ストラックアウトなどの遊び屋台にも行列ができていた。そして、夜には、中川さんたち二人の隊員が腕をふるった本格フレンチディナー、和食コース「水無月の御献立」が振る舞われ、隊員たちは正装して、ディナーを楽しんだ。露天風呂でオーロラを楽しみ、最後は安全祈願の餅つきと閉会式をおこなった。 その他にも、 「月1回は何らかのイベントがありました。昭和基地にいると楽しみがないんですよ。退屈なんです。なので月に1回はみんなで何か一緒に遊ぶんです。防寒具を着込んで外でソフトボールをしたり、卓球をしたり。近場のなだらかな氷山に出かけ、斜面に通路を作って流しそうめんを食べたり、かき氷を食べたりしました」 まもなく南極は本格的な冬を迎えようとしていた。 【後編】では、平均気温が氷点下20度以下となる極限下での冒険について詳述する。
西牟田靖(にしむたやすし) ノンフィクション作家。1970年大阪府生まれ。日本の国境、共同親権などのテーマを取材する。著書に『僕の見た「大日本帝国」』、『わが子に会えない』、『子どもを連れて、逃げました。』など。 デイリー新潮編集部
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