「お稲荷様」の和太鼓 石垣孫市直正の作と判明 長野県松本市
長野県松本市大手2の百瀬芳郎さん(91)宅の敷地内にある「お稲荷様」の和太鼓が、東京・浅草の著名な太鼓師・石垣孫市直正(いしがきまごいちなおまさ)の作だと分かった。丸みのある形状から江戸末期から明治初期にかけて作られたのではないかと推測される。現存が確認できる直正作の太鼓は少ないという。百瀬さんは「貴重なものとは知らなかった。大切にしたい」と驚いている。 和太鼓の革が緩んできたため、百瀬さんと長男の隆明さん(49)が楽器製造のフジゲン安曇野第1(安曇野市穂高)に今春修理を依頼し、判明した。和太鼓は口径約25センチ、胴長約28センチ。胴部分が丸みを帯び、表面に「直正」の焼き印が押されている。胴内に製造者や製造時期は記されていない。 フジゲンの胡桃澤紀彦さん(50)が由来を調べ、創業163年の浅草の和太鼓店「宮本卯之助商店」にたどり着いた。宮本卯之助会長に確認したところ「太鼓判で『直正』とあるようであれば、間違いなく『石垣孫市直正』のものであろう。太鼓判しかない偽造も難しい時代なので、間違いないであろう」との回答を得た。修理については「貴重な太鼓であり、修理はしない方がよい」と助言され、革を張り替えるだけにとどめた。 百瀬さん宅の稲荷は、二つの稲荷を一緒にまつる。廃仏毀釈(きしゃく)で松本城主・戸田氏の祈願所・弥勒院(みろくいん)が廃された際に預かった「殿様のお稲荷様」と、大坂夏の陣で常陸・笠間城主当時の戸田康長の危機を救ったという言い伝えがあり、家臣の板橋氏が祭っていた「夜光稲荷」だ。和太鼓がどちらの稲荷のものかは定かでない。 稲荷では毎月15日、東昌寺(松本市白板1)の住職がお経を唱え、この和太鼓をたたく祭事を続けている。お供えの用意やほこらの掃除をしてきた百瀬さんの妻・友子さん(86)は「(6月に戻ってきた)太鼓は遠くまで聞こえ、とても良い音がするようになった」とほほ笑む。胡桃澤さんは「この太鼓は、百瀬家や街、松本の宝」と話している。
市民タイムス