社殿に火をかける攻防 春を待つ野沢の道祖神祭りにぎわう
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正月明けから各地で「どんど焼き」など小正月(1月15日)の火祭り行事が行われています。その一つで大がかりなことで知られる長野県野沢温泉村の道祖神祭りがこのほど行われ、約5000人の人出でにぎわいました。2日前からご神木の切り出し、社殿造りなど準備を進め、最終日は深夜にわたり社殿に火をかける攻防がクライマックスに。温泉客や外国人観光客も交えた観客の間を火が飛び交い、春を待つ気運を盛り上げました。 【写真】裸、奇面、蛙飛び、罵倒……日本全国「奇祭」まとめ
攻防の末、社殿に火がかけられる
野沢温泉村の道祖神祭りは、野沢温泉観光協会によると天保、文久年間の資料などから江戸時代後期には盛大に行われていた日本を代表する道祖神行事の一つです。1993(平成5)年に国の重要無形民俗文化財に指定されました。各地で小正月に行われている「どんど焼き」と同様、厄払い、初子の祝い、良縁成就などの願いが込められています。
道祖神祭りが行われた15日は、村の広場に立てられた高さ10数メートルの社殿の上に厄年の男たちが上って、大きな掛け声を掛け続けました。社殿の周りには前年に長男の誕生した家が奉納した初燈篭(とうろう)が立てられ、燈篭の回りには知人や友人らから寄せられた書き初めが多数下がっています。燈篭を納める際は、家の関係者らが次々にたいまつを先頭に会場に入り、そのたびに歓声が上がります。 夕闇が迫るころからたいまつの火も増え、やがて祭りの主催者や燈篭の奉納者などが社殿に火を放とうとします。火を防ごうとするのは厄年の若者たち。その攻防は延々と続き、投げられたたいまつの火が社殿に届いて燃え上がろうすると、広場中に「ワア~ッ」と歓声が広がります。守り手によって次々に火が消され、またたいまつが宙を舞う……。こんな興奮が午後10時過ぎまで広場を沸かせ、やがて社殿に火がついて燃え上がると火祭りは静かに終わりに向かいました。 社殿は翌朝まで燃え続け、夜が明けると地元の人たちが餅などを持参して焼き、それを食べると風邪をひかないと言い伝えられています。各地で行われる「どんど焼き」でも、木やわらで組んだやぐらに正月の飾り物や書き初めなどを飾り、火をかけて燃やしたあとに餅などを焼いて食べます。野沢温泉の道祖神祭りも毎年やぐらにあたる社殿を組んで焼き、その火で餅などを食べる点は同様です。 観光協会によると、「三夜講」と呼ばれる男の厄年を迎える数えで42、41、40歳の3世代の男たちが祭りを担当し、そこへ25歳の厄年の男が毎年加わります。「祭りは1週間以上も仕事を犠牲にして取り組み、厄年のこの行事を勤めることで初めて村の大人の仲間入りができ、一人前と認められる」とし、「祭りは地域の人づくり、仲間づくりでもあります」と説明しています。 (高越良一/ライター)