朝ドラ『虎に翼』寅子の父・直言が巻き込まれた「共亜事件」は史実でも起きていた? 政財界を揺るがす大スキャンダル「帝人事件」とは!?
NHK朝の連続テレビ小説『虎に翼』第4週「屈み女に反り男?」の最終日に衝撃の展開が訪れた。主人公・猪爪寅子(演:伊藤沙莉)の父である猪爪直言(演:岡部たかし)が贈賄容疑で拘留されたという。物語では後に「共亜事件」と称する一大事件に発展するが、史実ではこれの元になっている「帝人事件」というものがある。今回はその帝人事件について簡潔にまとめてご紹介する。 ■寅子の家族を巻き込んだ大事件は史実でも起きていた まずは『虎に翼』での描かれ方をおさらいしよう。猪爪直言は、帝都銀行に勤めるエリート社員。帝都銀行経理第一課長というポジションにいる。当時には珍しく自由な思想をもっており、女性の自立と社会進出に前向きで寅子の夢を応援し続けてきた。 そんな直言だが、最近休日に出勤したり、酒に酔ったりという不穏なシーンが描かれていた。母のはる(演:石田ゆり子)は「外に女がいるのでは?」と疑っていたが、それらはこの事件が起きる前兆だったわけである。心根の優しい直言だが、贈賄の疑いをかけられ連行されてしまい、この事件はやがて「共亜事件」という一大汚職事件へと発展していく……というストーリーだ。 モデルと考えられる事件「帝人事件」が起きたのは、昭和9年(1934)のこと。台湾銀行と帝国人造絹絲株式会社(略して「帝人」)を巡る政治が絡んだ大規模な贈収賄事件である。 帝人は元々国内有数の総合商社「鈴木商店」の系列だったが、昭和金融恐慌で昭和2年(1927)に鈴木商店が倒産した後、その株式22万株が台湾銀行の担保となった。ちなみに鈴木商店は大正4年(1915)時点で当時の国家予算の2倍以上となる15億4,000万円もの貿易年商額を叩き出し、大正6年(1917)には当時の日本の国民総生産の1割を売り上げるという一大商社だった。これが倒れるほどの経済危機を日本は迎えていた。 さて、帝人の業績は良く株価も上がっていたため、台湾銀行に担保された22万株にはかなりの価値があった。この株を巡って、政財界を巻き込んだ大事件が幕を開けるのである。 元々鈴木商店を「大番頭」として取り仕切っていた実業家・金子直吉は、株を買い戻したいと願って政財界の人間に近づく。そのなかには時の文部大臣・鳩山一郎もいた。裏工作は上手くいき、金子は半数の11万株を買い戻すことに成功。その後帝人が増資を決めたことで株価も大きく値上がりした。 そしてこれが帝人株にまつわる贈収賄疑惑として取り沙汰されることになった。帝人の社長や台湾銀行頭取、実業家・政治家グループ「番町会」のメンバー、大蔵省の次官、銀行局長、商工大臣、鉄道大臣に至るまで16人が起訴されている。裁判は昭和10年(1935)に始まり、被告らはいずれも罪状を否認。昭和12年(1937)に、全員の無罪が確定したが、そこに至るまでに2年もの歳月を要した。 起訴された16人は無罪放免となったものの、事件はもちろんハッピーエンドではない。この事件によって政府批判を受けた斎藤内閣は総辞職している。五・一五事件で殺害された犬養毅首相の後を引き継いだ斎藤実は「英語が堪能で、国際派の海軍軍人であり、粘り強い性格や強靭な体力を持つとともに慎重さも兼ね備えている」と評価され、五・一五事件や満州事変などで揺れ動く日本をどうにかまとめることが期待されていたが、帝人事件の2年後、昭和11年(1936)に起きた二・二六事件で暗殺されている。 もちろん二・二六事件と直接の関わりはないが、この帝人事件が当時の日本の政治不信を高め、より強いリーダーを求めて軍国主義国家へと近づく要因のひとつになったことは否めない。 <参考> ■『歴史人』2023年9月号「太平洋戦争開戦の決断」内「世界恐慌とファシズム/満州事変と国内情勢(水島吉隆)」 ■筒井清忠編『昭和史研究の最前線─大衆・軍部・マスコミ、戦争への道─』(朝日新聞出版)
歴史人編集部