アパレルブランド「パタゴニア」も注目する「リジェネラティブ農業」とは?
■ 植物工場には課題が多い ここまで紹介した農法が圃場での生態系破壊を最小化するアプローチを採っているのに対し、自然界から圃場を人工的に隔離し、自然界への影響をシャットアウトするアプローチを採るのが「植物工場」だ。 植物工場は、人工的な屋内空間で作物を栽培し、空間を効率的に利用するため、高さのある施設に作物栽培用の装置を垂直方向に並べる。そのため、「垂直農法」とも呼ばれている。 垂直農法は、土壌を使わず、リン、窒素、カリウムなどの養分の入った液体肥料と水だけで作物を栽培する「水耕栽培」を採用していることが多い。水耕栽培はもともと19世紀にドイツの化学者が発明した手法で、日本には米軍が戦後に駐留したときに東京都調布市と滋賀県大津市に持ち込まれ、初の植物工場が誕生した。 そして、2009年に農林水産省と経済産業省がそれぞれ垂直農法に対する支援事業を開始し、日本でも各地でプロジェクトが組成されていった。 垂直農法は、外界の気温上昇や異常気象の影響を遮断できるという利点がある。一方で、人工的な隔離空間を作り出すために、通常の農法よりも多くの電力エネルギーを消費する。 仮に現在世界中で営まれている農業を、全て垂直農法に転換したとすると、発電した電気を全て投入しても足らないという見解もある。垂直農法の普及があまり進んでいない背景には、エネルギーコストが膨大で、収支が成り立たないという経済的な課題がある。 また、垂直農法に不可欠な液体肥料の生産工程や、垂直農法から発生する廃水や廃棄物の処理工程までを含め、全体でネイチャーポジティブにすることができなければ、垂直農法をネイチャーポジティブな農法だとみなすことはできない。
■ 日本政府の政策「みどりの食料システム戦略」 日本政府は、農政の基本指針を定める「食料・農業・農村政策基本法」を25年ぶりに2024年に改正した。 そして、第3条に、「食料システムについては、食料の供給の各段階において環境に負荷を与える側面があることに鑑み、その負荷の低減が図られることにより、環境との調和が図られなければならない」と明記し、農林水産業が生態系を破壊する側に立っているとの立場を明確に示した。これは日本の農政の抜本的な転換を意味する。 すでに農林水産省は、生態系破壊を抑制する方向性を打ち出しており、それが具体的になったのが2021年に策定された「みどりの食料システム戦略」だ。50年までに化学農薬の使用料を50%減、化学肥料の使用料を30%減にするとともに、有機農法の面積を日本の耕地面積全体の25%(100万ヘクタール)に拡大する政策目標を設定した。 すなわち、有機農法の目標を25%としながらも、それ以外の75%の農地でも持続可能な農法への転換を促していくということだ。さらに海外から輸入する食品原材料についても、30年までに「持続可能に配慮した」調達の実現を目指すと規定している。農林水産省が海外の農林水産業のあり方にまで踏み込んだのは、過去にはなかった新しい動きだ。 2022年には「みどりの食料システム法」が国会で成立しており、持続可能な農業に転換する農家に対する減税措置や補助金支給の制度もスタートしている。 さらに23年12月までに、全47都道府県が、すべての市町村の同意を取り付けたうえで、みどりの食料システム法に関する基本計画を策定し、みどりの食料システム戦略で掲げた目標を達成する道を自主的に選択した。こうして、日本でも持続可能な農業に向けた産業革命が始まろうとしている。
夫馬 賢治