<高校野球物語2022夏>報徳学園 元阪神の葛城育郎コーチ 鶏料理店と二刀流で名門改革
高校野球でセンバツ優勝2回、夏優勝1回を誇る報徳学園(兵庫)は甲子園からしばらく遠ざかっている。その強豪に2021年春、プロ野球の阪神タイガースなどで活躍した元選手がコーチとして就任した。お立ち台で絶叫する姿がファンにおなじみだったが、今は鶏料理店の経営と二足のわらじをはき、選手たちに「金言」を授けている。 ◇高校生は野球を複雑に考え過ぎている 異例のヒーローインタビューだった。08年7月、葛城育郎さん(44)は当時在籍した阪神でプロ初のサヨナラ打を放った。試合後、お立ち台で「ウォーッ」と絶叫した姿は、今も阪神ファンが語り継ぐ名シーンとなった。 葛城さんは阪神時代、チャンスに強い左打者だった。終盤までリーグ優勝を争った08年は112試合に出場した。オリックス時代も含めて、プロで計12年間プレー。11年シーズンを最後に現役引退し、飲食店での下積みを経て、13年に鶏料理店「酒美鶏 葛城」(兵庫県西宮市)をオープンした。現在はコーチ業と飲食店経営の「二刀流」だ。 11日にあった兵庫大会初戦の2回戦で、報徳学園は姫路商に五回コールドで大勝した。葛城さんはスタンドで試合を見守った後、4番の正重恒太内野手(3年)を呼び止め、アドバイスを送った。「スイングの(始動の)タイミングが遅く、内角を攻められると窮屈な打撃だった。だからタイミングを早めよう」。助言を終えると、開店の準備に取りかかるため、足早に試合会場を後にした。 葛城さんは昨春に報徳学園のコーチに就任した。18年夏を最後に聖地から遠ざかるチームに、プロで培った経験を基に助言をしている。試合や練習を見て感じたことは、できるだけすぐに選手たちに伝えている。正重内野手へのアドバイスもその一つだった。 コーチ就任は、立命館大の後輩の大角健二監督(42)からの要請がきっかけだった。引退後、テレビで高校野球を見ると、「いい選手なのに能力を生かしていない。もったいない」と思うことが多々あった。客として訪れる大角監督と野球談議に花を咲かせるうちに、「自分の経験を子どもたちに伝えたい」と考えるようになった。「クラブ講師」として報徳学園と契約し、週に2、3回グラウンドを訪れて指導する。 コーチを始めると、「野球を複雑に考え過ぎている。もっとシンプルに考えるべきだ」と真っ先に感じた。ある時、ストライクゾーンの直球を打ち損じた選手に理由を聞くと「変化球狙いで、直球にも対応しようとしたら詰まった」と返ってきた。 葛城さんは「一番多い球は直球なのに詰まってしまう。中学までは変化球狙いでも、直球に対応できたかもしれないが、高校レベルでは難しい。そもそも、曲がる球より真っすぐの軌道の球の方が打ちやすいのは当たり前。1打席の中で直球が全くないことのほうが珍しいのだから、直球をしっかり振り切ることが大事だ」と強調する。 高校では10打席のうち4本ヒットを打てば「合格」とし、「6回は失敗してもいいのだから、どう4本のヒットを打つか。シンプルに考えよう」と選手たちに伝えたという。 ◇夢は教え子たちと聖地で絶叫 もう一つ、入念に説くのが「準備の大切さ」だ。現役時代は代打が多く、相手投手を観察するなどベンチでの準備が結果に直結したと実感した。 大角監督は「(葛城さんは)『メンバー全員が1番打者のつもりで、試合前から準備をしなさい。そうすることで初球から思い切ったスイングができる』と選手たちを諭してくれた」と感謝する。 さらに、大角監督は「『葛城イズム』は打撃だけでなく、走塁にも生きている。走るための心の準備をしているから、1球目から思い切ったスタートができるようになった」と強調する。チームは大角監督が2年前からリード幅を広げるなど、走塁改革に取り組んできたが、それが一層進んだ。 葛城さんは「一つ先の塁を狙う準備をしていれば、結果としてアウトになっても問題ないという意識が浸透している」と手応えをにじませる。現在、盗塁はほとんどがノーサイン。小園海斗(広島)を擁し、夏の甲子園でベスト8に入った18年に比べバントのサインは半減したという。選手一人一人が失敗を恐れずチャレンジできる環境が作られている。 今春の近畿大会は1回戦で、正重内野手やエース左腕でもある榊原七斗投手(3年)ら中軸が初球から積極的にスイングし、センバツ8強の市和歌山のドラフト候補右腕・米田天翼(つばさ)投手(3年)を打ち崩し、ベスト4に進んだ。 11日の兵庫大会の姫路商戦は15安打に9盗塁を絡め、25得点で大勝発進した。大角監督が「夏のために準備してきたものを出してくれた。盗塁は全てサインを出していません。いろんな形の攻撃をするために、点差が開いてからはストップをかけましたが」と言えば、主将の丸岡優太内野手(3年)は「試合前に捕手のスローイングを見て、『走れる』と確信した。納得のいく足を絡めた攻撃だった」と振り返った。 強さを取り戻しつつある報徳学園の目標は、あくまでも「日本一」だ。葛城さんは夢をかなえた教え子たちと聖地で「ウォーッ」と叫ぶ日を待ち望んでいる。【大東祐紀】 ◇葛城育郎(かつらぎ・いくろう) 大分県出身。岡山・倉敷商高、立命館大を経て1999年ドラフト2位で指名され、オリックスに入団した。トレードで2004年に阪神に移籍し、11年に現役引退。プロ通算12年間で750試合出場、417安打、35本塁打、171打点、打率2割4分8厘。現在は兵庫県西宮市で鶏料理店「酒美鶏 葛城」を営む。左投げ左打ち。