「プリンス以上の人物はいない」傑作ドキュメンタリー監督が語る天才の実像と取材秘話
天才を愛した人たちの物語
─それにしても、ガードが固いプリンスの知人たちに信頼され、ここまで踏み込んで取材できたのは驚きです。どうやって壁を乗り越えていくことができたんでしょう。 ダニエル:一部の人たちは非常に抵抗していました。アンドレ・シモーンは、ご存知の通りプリンスとは兄弟同然の親友だったので、できることなら彼に出演してもらいたかったのですが……プリンスは若い頃、些細なことでアンドレをひどく傷つけてしまったんです。アンドレとこの映画を始めた頃、昼食を取りながら話したときに、彼がプリンスに本当に傷つけられ、それを今も乗り越えられていないことに気付きました。 私がアンドレに、この映画を「天才の創世記」「天才の始まり」というようなタイトルにしようと考えていると話すと、アンドレは怒りました。「プリンスは天才なんかじゃない、天才であるわけがない!」と言ってね。そのとき、私は彼の中に大きな苦しみがあることに気付いて、「君の想いを世界と、観客と共有しよう。あなたたち2人は歴史の始まりの大きな部分を占めていたのだから」と説得しましたが、彼にはそれができなかった。今でも彼は心に負った傷を抱えたままなのです。それっきり、私はアンドレと話をしていません。私は彼に「映画を見たかい?」と何度も訊きましたが、彼は返事をくれません。彼がこの映画を見てくれていたらいいのですが……。 10代のプリンスをバンドに迎え入れた、最初の“ザ・ファミリー”のメンバーは、取材をとても喜んでくれました。彼らは本当に素晴らしい人たちでしたよ。私がひとりずつ接触したところ、彼らは何年もお互いに連絡を取り合っておらず、バンドが終わってから離れ離れになっていたことがわかりました。この映画のために彼らが再び集まってくれたのは凄いことだったし、出てきた話も凄かった。まだ何者でもないプリンスを雇って、彼がこれまで一度も立ったことのないステージ上に立たせたのがザ・ファミリーの面々でした。できたら楽器を持ち込んで、久々にセッションしてもらいたかったくらいです。あれはとても特別な瞬間でした。 プリンスと関わった多くの人々が、それぞれ様々な感情を抱いているため、非常に複雑な状況でした。この映画に協力しなかった人たちは、プリンスを祝福したくないから参加しなかったのです。誰もが自分のストーリーを持っていて、プリンスについて本を書きたがっているような状況でしたが、私がしたかったのはプリンスを祝福し、彼がどんな人だったかについて話すことだけでした。 名前は伏せておきますが……プリンスとアンドレが組んでいたバンドから追い出されたメンバーにも会って話を訊きました。私がミネアポリスに滞在していたとき、部屋に泊まってもらってじっくり話しましたよ。彼がクビになったのは、マリファナを吸っていたからでした。彼以外のメンバーはマリファナを嫌っていたので、みんなから吸うのを止めろと言われて揉めたそうです。そういう個人的なレベルの揉め事についてたくさん聞きましたが、この映画にはフィットしないのでカットしました。ただ、そんな風に彼らの関係について山ほど話を訊いたので、今では全てを知っています(笑)。 ─オリアンティが登場するシーンについても質問させてください。スタジオでの演奏シーンにはドアーズのロビー・クリーガーも登場しますが、あの場面で彼らが演奏している曲は、オリアンティがプリンスに突然電話で呼び出されて、シーラ・Eと3人でジャムセッションしたときに途中まで作りかけた曲なんですよね? ダニエル:そうです。初めてオリアンティに会ったとき、彼女からプリンスとのエピソードを教えてもらったので、この映画を作り始めたときに「お願いだからあの曲を完成させてくれないか?」と頼み込みました。映画の中で彼女が言っている通り、あれはプリンスのアドバイスを反映した曲です。4日がかりであの曲を完成させて、彼女は「プリンスへの恩返しができた」と言っていました。とても良い曲に仕上がったと思います。 私はドアーズの大ファンでもあるので、別のところでロビーと接点がありました。このプロジェクトについて説明すると、ロビーは「これはギフトだね」と言って、彼のスタジオを使わせてくれたばかりか、我々に食べ物まで用意してくれました。彼は本当に信じられないほど素晴らしい人物ですよ。 ─この映画で、プリンスがバンドのリハーサル後も自宅で練習を続けていたという証言が出てきますよね。そんな風に寝る間も惜しんで音楽に没頭し続けることでプリンスが救われたのと同時に、そういう人生を晩年まで続けたせいで長生きできなかったのでは、と思うと何とも切なかったです。 ダニエル:そうですね……。ハイヒールを履いてピアノの上に飛び上がったりして体を酷使し続けていたせいで、彼は痛みを抱えることになった。でも、それは彼のせいではないし、仕方のないことだったと思います。ご存知の通り、彼が鎮痛剤のフェンタニルを過剰摂取していたことがわかりましたが、事の真相は未だに解明されていない。しかしそれについて、彼が亡くなってしまった今どうこう推察するのは私がやることではないと思ったんです。だからこの映画では触れないことにしました。 ─単にスターの歴史を振り返った映画でなく、人間としてのプリンスがどう形成されていったのかを考察している点に惹かれました。 ダニエル:ありがとう、それがこの映画で私がやりたかったことです。今では誰もが彼の音楽を知っていて、ほとんどの人のスマートフォンの中に彼の曲があるでしょう。でも、この映画は有名スターとしての側面ではなく、彼を取り巻く人間関係……彼にとって最も身近な人たちと、今日に至るまで彼を愛している人たちについてのストーリーです。 もう一つのテーマは、「この男をプリンスたらしめたものは何なのか?」ということです。子供の頃、彼にとって父親は手が届かない存在でした。父親に認められるなら、彼はエッフェル塔の上で宙返りすることも厭わなかったでしょう。しかしミュージシャンとして独り立ちしてからも、プリンスの父親は依然として彼を評価しようとしなかった。だから彼はいつも目標以上の成果を出そうと奮闘していたんじゃないでしょうか。しかし、そんなことを達成しようとする必要は、本当はなかったのです。彼は本物の、生まれついての天才でしたから。それは彼の脳のクレイジーな部分が行なったことですが、その一方で、彼には内側に閉じこもる面があったのではないかと私は思っています。敢えてそのようにこの映画で明言はしませんでしたけどね。 --- 『プリンス ビューティフル・ストレンジ』 6月7日(金)より新宿シネマカリテほか全国ロードショー 提供:キュリオスコープ、ニューセレクト 配給:アルバトロス・フィルム (C) PRINCE TRIBUTE PRODUCTIONS INC.
Masatoshi Arano