『対外秘』イ・ウォンテ監督がノワールを撮る理由 「社会の最も本質的な姿を見せたい」
『悪人伝』『対外秘』とノワール映画を撮り続ける理由
ーーヘウン、そしてピルドがイ・ソンミンさん扮するスンテとそれぞれ対峙するシーンは、特に見ごたえがありました。 イ・ウォンテ:この映画では、物理的に人を殴るアクションよりも対話シーンのほうがはるかに強い衝撃があると思いました。会話とは“口によるアクション”。言葉で人を殺すような演技ですからね。俳優も私も大変緊張していて、終わると全員が疲れているくらいエネルギーを注いでましたね。おかげで、俳優の演技から実に多くのカタルシスを感じました。ピルドとスンテについては、長回しで一発撮りしたシーンがあるんですが、俳優の方々がベテランで上手だからNGが全く出ませんでした。皆さん集中して、カメラの動きに合わせて微細な感情と表情を表現していて、終わったときに全員で拍手をしました。ヘウンとスンテも、セリフにかなりエネルギーを使う場面がありました。(NGを出して)もう一度撮ろうとしても集中力が切れていいショットが出せなくなってしまうので、俳優だけでなく、その場にいたスタッフも私も大変力が入ったんですが、チョ・ジヌンさんは汗までも意識的に噴き出す演技をしたんですよ! 現場の全員が“汗の演技ができる俳優だ!”と拍手しましたね。 ーーそんな緊迫感あふれる撮影から離れたチョ・ジヌンさんとキム・ムヨルさんは、どんな方でしたか? イ・ウォンテ:チョ・ジヌンさんは演じるキャラクターへ完全に没入するタイプで、ヘウンが善良なときと悪者になるときでは、撮影に入る前からすでに雰囲気が少し違っていました。私と彼は大変仲が良いんですが、撮影中、たまに“彼はどうしたんだろう?”と思うようなときがあったんです。ホテルに戻ると、チョ・ジヌンさんから「考えてみたら、さっき私はヘウンのように振る舞ってしまったようです」という長文のメールが送られてきました。「大丈夫だよ! 何とも思っていない。俳優は当然そういうものだよ!」って返しました。たしかに私もシナリオ執筆中、登場人物に感情移入するので、かなり精神を消耗します。でも、さまざまなキャラクターを書くことでバランスを取れますよね。ですが、俳優はあるキャラクターの演技をしているとき、まるでその人を生きているかのように完全に没入しています。特にチョ・ジヌンさんはその傾向が他の方に比べて強いんですよね。俳優の人生は大変です。 ーー確かにチョ・ジヌンさんの演技はスクリーン越しに観ていても、鬼気迫るものがありました。 イ・ウォンテ:キム・ムヨルさんは本当に誠実で、すべての状況を自ら想像して準備してくるような方でした。性格もとても良く、スタッフ含め人当たりがいいんです。実は、『悪人伝』のときも私がお願いして15キロ増量したんですが、『対外秘』では20キロも体重を増やしてくれました。キム・ムヨルさんを見ていて、太った人が痩せるのも難しいですが、太った体形を維持するのもかなり大変だと痛感しました。あるとき、夜中の2時頃にホテルへの途中でマネージャーさんにお会いしたら、食べ物を大量に買っていらしたんです。撮影中キム・ムヨルさんは一日5食食べていましたが、この時間にも食べないと、痩せて演技がつながらなくなってしまうからだそうです。作品のせいで太りすぎてしまって、今思い出しても私が罪を犯してしまったようで本当に申し訳ないです。撮影が終わって1、2カ月過ぎて再会したら、すっかり痩せてました。元はこんなにスリムな方だったんだなあと思いました。 ーー『悪人伝』『対外秘』とノワール作品を撮られて、さらに次回作も楽しみです。構想はすでにありますか? イ・ウォンテ:今はドラマを準備しながら、映画も構想しています。ノワールジャンルは暗い物語ではあるのですが、この社会で起こっている最も現実的な姿を見せることが私の義務だと思っているので、ずっとノワールが好きでこだわっています。世界を美しさで表現することもできますが、個人的にはそういう物語は嘘のように感じます。ただ、世界は美しくありませんが、善良な多くの人々が美しく作り上げているのではないでしょうか。そのような本質的なものを作品で見せることが、映画監督としての私の役割だと思います。
荒井南