激痛、嘔吐、15キロのむくみ…私を生かした兄の肝臓 「死んでたまるか」手術から職場復帰までの歩み(後編)
看護師の合図で麻酔薬が出るマスクを着け、3秒もたたないうちに何も分からなくなった。11月27日、兄の大きな肝臓の3分の1が、私の体に移植された。手術は8時間に及んだ。 ▽痛み、むくみ、震え、下痢… 翌日の昼下がり。医療機器やゴム手袋のにおいに満ちた個室で、すんなりと目を覚ました。すでに人工呼吸器は外れ、鼻に酸素を送り込むチューブがついていた。3台のモニターが心臓の動きを刻み、時折アラーム音を響かせる。強力な医療用麻薬のおかげで痛みはなかった。 身動きはほとんど取れなかった。両腕と首には点滴から延びたチューブが何本も刺さり、腹帯の下からも、体液を排出したり、腸に栄養を入れたりする管が飛び出ていた。 新しい肝臓を体が拒絶しないよう、大量の免疫抑制剤が投与され、副作用で手足が大きく震えた。間の抜けたような声で看護師を呼び、水をもらう。甘ったるいにおいを感じて受け付けず、一口でコップを置いた。 しばらくして、兄が点滴棒に身を預けるようにして、歩いて病室を訪ねてきた。相当なおなかの痛みをこらえているようだった。調子はどうだと尋ね合う。あまり記憶はないが、私は麻薬でハイになり、冗舌に話していたという。夕方には義母と夫が訪れた。夫は部屋に入るなり、「良かった」と言って涙を流した。
▽悪夢や幻覚と裏腹に、回復していく体 ICUの生活は規則正しく、決まった時間に採血やレントゲン、エコーなどの検査が行われた。着替えや全身の洗浄は看護師2、3人がかり。自力でできたのは歯磨きくらいだった。夜になるとつらい症状が出始め、だんだんと増していった。呼吸が浅いせいか眠るのが苦しく、まどろむたびに水の中に引きずり込まれる悪夢を見た。目を開ければ看護師が壁を歩いている幻覚が見えた。 麻薬の投与が終わると、体中に耐えられないような痛みが現れた。肩や腰は筋肉痛に似た痛み。腹や首は、突き刺さった管に圧迫されるような痛みだった。我慢できずベッドの上を転げ回り、看護師に押さえつけられた。 手術前50キロだった体重は、多量の点滴によって65キロまで増加。見たことがないほど体中がむくんだ。また手術や大量の薬の影響で、下痢と嘔吐を繰り返した。10日間は同じ症状が続き、ぐったりした。 リハビリを卒業するまでは、ベッドのすぐ隣にポータブルトイレを置いて用を足した。とにかく早く自立したくて、看護師の前でなるべくたくさん歩いてみせた。食事が食べられたりうまく排せつができたりすると、安心して涙が出た。