【社説】トランプ氏再選 米国の分断加速を危ぶむ
現状への不満と将来への不安をのみ込んだ熱気が、屈強な自国第一主義の復権を後押しした。個人支配の色合いが一層濃くなる「トランプの米国」と、世界は再び向き合うことになる。 米大統領選で共和党のドナルド・トランプ前大統領(78)が民主党のカマラ・ハリス副大統領(60)を破り、返り咲きを決めた。 かつてない大接戦がこの国に禍根を残すのは必至だ。分断が進み、両党支持者はもはや別々の世界に生きているとまでいわれる。対立が先鋭化する恐れがある。 「米国は助けを求めている。われわれは、この国が癒やされるのを助けていく」 トランプ氏は勝利宣言で誓ったが、実現は容易ではない。 ■現政権への怒り吸収 トランプ氏の最大の勝因は、民主党バイデン政権が、この4年弱の間に暮らしが良くなったとの実感を、多くの国民に与えることができなかったことだろう。 現政権下、景気は回復に向かったとはいえ暮らしを直撃する物価高はインフレ率が一時約40年ぶりの約9%まで上昇した。バイデン氏は「持てる者」と「持たざる者」の格差是正に最優先で取り組むとしていたものの、むしろ拡大したと感じる国民が多い。 人権重視の民主党政権に期待して、メキシコとの国境地帯からの不法移民も急増した。治安の悪化や移民擁護の予算が拡大していることへの不満が、中間層や低所得層には渦巻いていた。 トランプ氏は敗北した4年前の選挙結果を受け入れていない。刑事裁判で罪にも問われている。支持者が連邦議会議事堂を襲撃した事件では、調査した下院特別委員会が「襲撃はトランプ氏が引き起こした」と断定した。 今選挙ではうその情報発信を繰り返し、より口汚く相手を中傷するなど、大統領としての資質を疑わせる言動が過激化した。 それでも米国の民意はトランプ氏を選んだ。現政権への国民の怒りはそれほど強かったと言える。 選挙中の暗殺未遂事件を経たトランプ氏が意識していたのが「強さ」の演出だ。超大国の大統領職に国民は常に強さを求めてきたからだ。そこに「男性性」を重ねる偏見が、初の女性大統領誕生をまたも阻んだ面は否めまい。 ハリス氏の選挙事務所も銃撃されるなど米国では今年、1970年代以降の大統領選で最多の約50件の政治的暴力が起きた。民主党支持者が敗北への不満から暴力に走る可能性が指摘されている。 バイデン大統領には平和的な政権移行を実現する責務がある。 トランプ氏は選挙戦で国内の対立勢力を「内なる敵」と呼ぶなど憎悪をあおり続けた。意に沿わぬ人たちを排除し、共和党を「個人崇拝の政党」のように変容させたとの指摘もある。危険な兆候だ。 国民の統合を実現する覚悟を持ち、自らの言動を改めるべきだ。意見の異なる相手への寛容と自制の精神を重んじてきたこの国の民主主義を、トランプ氏はこれ以上後退させてはならない。 ■世界への責任自覚を 「米国第一」を何よりも優先する超内向きな政権が、国際社会に与える影響は計り知れない。 ロシアに侵攻されたウクライナの最大支援国は米国だ。共和党内には支援を縮小し国内政策に予算を回せとの空気が強まっている。ロシアのプーチン大統領との個人的関係をてこに、ロシアが有利な形での決着を目指しかねない。 中東情勢も懸念材料だ。ユダヤ系米国人を意識したイスラエルへの傾斜をさらに強めるのではないか。国内産業の保護が目的の外国製品への関税強化は、特に米中対立を激化させるだろう。 トランプ氏は日本や韓国、北大西洋条約機構(NATO)など同盟国に負担増を求めるとしている。日本はトランプ氏との関係構築を急がなくてはならない。超大国の米国には国際秩序の安定や地球温暖化といった世界規模の課題解決に寄与する責任がある。日本は先進7カ国(G7)など関係国と粘り強く説得する必要がある。
西日本新聞