高齢者を「食い物」にしている人たちがいる──。それは「オレオレ詐欺」のような明らかな犯罪の話だけではない。いまや有名企業の中にも増えている。
問題は合法と違法の間、違法すれすれの合法的手法が幅をきかせつつあることだ。では、どんな人たちが、どのように被害に遭い、また逆に、どんな「やつら」がそれを仕掛けているのか。高齢者が「餌食」となる被害の現場を見つつ、仕掛ける「やつら」の側にも分け入ってみた。(ジャーナリスト・岩崎大輔/Yahoo!ニュース編集部)
羽毛布団15セットが、一人暮らしの4畳半に積まれた
訪れてみると、その一室は段ボール箱で占められていた。
埼玉県川口市にある木造モルタルのアパート。4畳半二間、風呂もない間取り。とても「お金持ち」には見えなかった。
だが、奥の4畳半に積み上がった段ボール箱の中身は、新品の高級羽毛布団15セット。一組80万円以上、総額で1000万円を超える。その部屋で一人暮らしをする76歳の婦人のもとに訪問販売業者が押しかけ、個別式クレジット(カード式とは異なり、自動車ローンやリフォームローンのように商品購入の都度申込書を書くクレジット決済方式)を利用して購入させていたのだ。
近隣の福祉関係者の相談で駆けつけた日本弁護士連合会・消費者問題対策委員会委員の池本誠司弁護士が尋ねてみたが、老婦人は販売業者のことを悪くは言わなかった。
「"あの人"が来ると断れなくてねぇ」
老婦人は長年使い古したペラペラの布団から半身を起こし、そう応じた。購入した羽毛布団は、自分自身では使っていなかった。
こんなに布団は必要ないですよね──。池本弁護士は業者への怒りを抑えつつ質問したが、老婦人は「断れなくてねぇ」と同じ言葉を繰り返した。
クーリングオフ(違約金のない契約の解除)ができる8日間はとうに過ぎていた。訪問販売業者が次々と押しかけ、高価な商品を販売する手口を「次々販売」と呼ぶ。老婦人はこの次々販売の「餌食」となっていた。池本弁護士が振り返る。
「この事案当時の特定商取引法では一度契約を交わすと、悪質な手口を被害者が詳しく説明・再現できないと取り消すことができなかった。でも、おばあさんに尋ねても、『どうだったかねぇ』と首を傾げるばかり。次々に契約を交わすと、被害者は再現が困難になり、悪質業者に有利な仕組みでした」
池本弁護士はこの案件を「解約」「返品交渉」にした。その結果、利息を含む800万円のクレジット残金は支払い免除となったが、販売業者とは連絡が取れなくなり、すでに引き落とされた400万円近くのお金は戻ってこなかった。老婦人は老後の生活にあてるはずだった預貯金をすべて失っていた。
「歳をとればとるほど、誘ってくる人に対しての断る力──拒絶能力が低下します。そのため、悪質、強引な勧誘にさらされると、契約をしてしまう。働き盛りの人なら『俺は大丈夫』と思うでしょうが、歳をとると、そうではなくなるのです。認知症やMCIと呼ばれる軽度認知障害の人たちだけの話ではありません。高齢になれば、判断能力や記憶力が低下していなくても、熱心に説得されると不満を感じつつも受け入れてしまう傾向が強くなります」(池本弁護士)
7000万円の貯金は、連日50万円ずつ引き出された
「おばあさんの様子がおかしいのですが」
マンションの住民から地元の民生委員に連絡があった。
都内城南地区、一等地に位置する2LDKのマンション。「成年後見センター・リーガルサポート」の副理事長で司法書士の川口純一氏が民生委員とともに玄関を開けると、タバコの吸殻やコンビニ弁当の空容器、ゴミ、脱ぎ捨てられた衣服などが無造作に散らばっていた。
そして、小銭の詰まった空き缶。それを見て、川口氏は状況を把握した。過去にも見てきた現象、認知症だった。
「認知症になると、簡単な計算もできなくなります。すると、買い物はお札を渡すだけになり、お釣りはそのまま空き缶に入れてしまう。その典型的な現象でした」
70代後半の老婦人は、大手メディアに長く勤務した、キャリアウーマンのさきがけだった。だが、親族もなく、都心のマンションにひとりで暮らし、いつしか認知があやしくなっていた。
川口氏は行政の依頼を受け、老婦人の成年後見人(高齢者、知的障害者など判断能力が十分でない人の財産や権利を保護するために、法律面を中心に支援する人)を引き受けることになった。そうなって川口氏が驚いたのは、老婦人の資産の減り方だった。
2年前には彼女の預貯金は7000万円近くあったが、いま手にした通帳では、わずか30万円ほどに減っていた。部屋のあちこちに散らばっていた商品購入の痕跡は、多種多様なものだった。先物取引、高配当や高利率をうたった投資商品のパンフレット、健康グッズ、浄水器、ウィッグ(かつら)、内装のリフォーム......。共通していたのは、いずれの商品も高額であること。そして、老婦人の日常生活にとって必要性という点では疑問符のつく商品ばかりだった。
預貯金の通帳を点検してみると、銀行の口座間の取引はなされておらず、毎回ATMで引き出せる最大額の50万円が、支払金額として記録されていた。時期によっては、連日50万円の引き出しが行われていた。おそらくは業者が寄り添って銀行まで通っていたと推測された。
川口氏は返金を求めようと、すべての業者に電話をかけた。ところが、パンフレットに記載されている連絡先は、ただの1件も電話がつながらなかった。
「業者の連絡先はもともと虚偽だったか、あるいは短期間で閉鎖されていました。もちろん、おばあさんに尋ねても、何もわかっていない。彼らの巧妙かつ大胆な手口に途方にくれました」
問題がわかりにくかったのは、老婦人は日常の生活も会話も一見不自由なくできたことだった。金融商品の契約書には自筆での署名もあった。だが、会話の内容を長く覚えることはできず、その内容を理解していないことも多々あった。
「だから、周囲からすると、ふつうに見えた。それがおばあさんの異変に気づくのを遅らせることになっていました」
川口氏は一度だけ訪問販売の営業と出くわしたことがあった。短髪で背広姿の30代の男だったという。川口氏の姿をみると、何かを察したのか、脱兎のごとく逃げ出した。
「今の男性、何者かな?」と川口氏が老婦人に尋ねると、
「あの人はいい人よ。やさしくていい人なのよ」
そう微笑んでいた。
詐欺罪には問えない「詐欺的」な事例が続々
2016年5月24日に発表された「消費者白書」は、「高齢者が巻き込まれる詐欺的なトラブル」について警鐘を鳴らしている。
〈高齢者に関する消費生活相談において、詐欺的な手口に関する相談が特に最近増加傾向にあります〉
「詐欺的な手口」とは、あきらかに事業者側が「だます」という意思をもっていると消費者や消費生活センター側に判断されたものをいう。消費生活センターにおける高齢者に関する相談のうち、「詐欺的手口」に関するものの割合は、2010年度には6.2%だったものが年々増え、2015年度には16.0%(2014年度は16.8%)と3倍近くに増加した。
高齢者が増加する中、こうした消費者トラブルが日常的になってきた。法的な面では、2000年の消費者契約法や特定商取引法(旧・訪問販売法)の改正などの対応がとられてきたが、法の目をかいくぐる業者は後を絶たず、問題は増え続けてきた。
2016年の通常国会では罰金刑の上限が上がった改正案が上程され、5月25日に成立した。泣き寝入りしがちな被害者のもとに被害金が戻るような指示権限が規定されている。
「被害に遭った後の救済策だけでなく、入り口で防止できる制度が不可欠です」。池本弁護士も指摘するように、悪質な訪問販売は入り口で追い返すのが最善策だろう。だが、多くのケースを聞いていると、認知症であるか否かにかかわらず、高齢者がそうした業者をたやすく受け入れていることがしばしばある。"やさしくていい人"として歓迎さえしているケースも少なくない。
だとすれば、そんな"やさしくていい人"とはどんな人なのか。取材を進めると、たしかに「やさしくていい人」と映る業者に出くわした。
まったくないです、やましさなんて
東京・池袋のカフェ。その男性は「いまはやっていませんよ」と爽やかな笑みを浮かべ、厳しい質問にも表情を変えることはなかった。取材の中盤、やましさについて尋ねたときも、「まったくないです」と満面の笑顔で返した。
「完全にゲーム感覚、です。『あとちょっとで100万円いくな。明日は東北訛りでいってみようかな』と相手に取り入ることばかり考えていましたから。こうすればもっと稼げるな、ああすればいいかなって。むしろ、知恵と努力とストレスの日々なんですよ」
かつて訪問販売の会社に勤めた福岡桂一氏(仮名・39歳)は振り返る。
福岡氏は若い頃は舞台役者として活動。だが、芽が出ることなく、28歳で断念、就職した。それが多様な商品を扱う訪問販売の会社だった。芝居経験がよかったのか、営業では、すぐに頭角を現した。給料は歩合制だったが、2年目で年収は1500万円を超えたという。
32歳の若さで50人の部下を持ち、最年少の東京支社長となった。
「その会社では年2回、神奈川県にある保養所に全営業社員が集められ、成績順に座らされました。そこで社長から、『福岡君がトップ。今月の給与が歩合を入れて160万円、ボーナスが440万円です。明日振り込まれます』と皆の前で表彰される。さらに会社からハワイ旅行や金貨もプレゼントされた。結果を出せばこんないい思いができるとわかると、ますます頑張りましたね」
商材として扱っていたのは、当初は「洗剤類」だった。そのうち高齢女性向けの「補整下着」や「化粧品」「ウィッグ」へと広がっていった。福岡氏はこれらを「コンプレックス商材」と呼ぶ。本人が劣等感を感じるところにつけ込む商材で、扱うのは相場の10倍以上の金額、1点70〜100万円といった額だった。なぜそうした商材を扱うのかと言えば、「だまされたと気がついても、恥ずかしいから誰にも相談できない」よさがあるからだという。
だが、そうした商材をどのようにして販売や契約まで結びつけるのか。尋ねると、福岡氏は「コツがあるんですよ」と解説をはじめた。
お茶が出る仲になってからが本番
入り口は完全な飛び込み営業で、高齢者がいそうな家を見定め、声をかける。当然、反応はよくないが、それにめげずに、ていねいに会話をつなぐ。嫌がられても「サンプルだけでも」「たしかに疑いますよね」などと言葉を重ねる。
ただし、その初日に「結果」を求めることはしない。自分の名前や顔を覚えてもらうにとどめ、さっさと帰る。そして、数日後にまた訪ねていき、そこからが腕の見せどころとなる。
「背中を見せて、働くんです」
どういうことかと言えば、営業の話は最低限に控え、黙って高齢者宅の役に立つことをするのだという。
もし自家用車洗剤なら、車を洗い、ワックスをかけ、さらに駐車場や門も綺麗にする。食器洗剤の場合はフライパンを磨き、ガス器具や換気扇を磨き、キッチン回りをピカピカに仕上げる。また、溜まった新聞を捨てに行ったり、掃除をしてあげたりすることもある。要は、高齢者が日頃やっていないことや困っていることをしてあげる。そして、笑顔だけ見せて帰っていく。
「これは自分が勝手にやったこと。だから、恩着せがましく『綺麗にしておきましたからね』『捨ててきました』とも言い添えない。作業には一切触れずに挨拶だけして帰る」
ふだんその高齢者がしたかったことを満たしてあげる。そんな関係を築き、お茶が出るような仲になれば、そこからが本番だ。
「たとえば『この間熊本で地震ありましたよね』と時事ネタから入り、おばあさんの家の話につないでいく。『ところで、この家、大丈夫なんですか?』と」
相手が会話に乗ってきたら、「友人が無料で耐震診断をしてるんですよ」ともちかける。そこで仲間を連れてきて、決して「お友達価格」ではない耐震補強の契約につなげていく。
相手にノーと言われても、「無理強いはしないのがコツ」とも語る。「一度に大金をせしめるやり方もありますが、細く長く利用してもらうという考え方もある。老人の顧客が十数人いれば、ルート販売のようにまわっていくだけで、いろんな商材で稼げる。化粧品や洗剤など消耗品がなくなる頃にまた顔を出す。掃除をして話し相手になって犬の散歩もして買い物に行って、ついでに銀行に寄ってね」。
そこで残り資産も確認できるという。高齢者に信頼されてこそ、できる方法だ。こうした方法で、福岡氏は1人あたり数百万円といった額の商売をする高齢者の顧客を、数百人は抱えていた。中には、認知症らしき人もいたが、「法に触れることはしていない」という。ただ、「ふつうよりちょっと高い商品」をサービス付きで売ってきただけのこと。そう福岡氏は主張する。
「いろんな商売の仕方があるわけです。モノが高くても、おばあさんも喜んでくれていれば、いいんじゃないですか。こちらも奉仕していますしね」
一般市民が"法的に"高齢者を支える仕組みも
2016年4月8日、成年後見制度利用促進法が成立、それに関連する民法も一部改正された。従来の成年後見人は親族のほか、弁護士や司法書士などの法律専門職がなるケースが多かったが、この新法は、一般市民が一定の研修(案では50時間以上)を行えば、後見人として活動できるようになる「市民後見人制度」の拡充を図るものだ。
財産や人権といった重要事項を、血縁などの関係のない一般市民が後見人として扱える、という大きな法改正が行われたのは、今後の高齢者の急増を考えると、いまから対策をとっておかねば間に合わないという焦りが行政側にあるためだ。
東京都では高齢者の一人暮らしが多い。2010年には65歳以上の都民の4人に1人にあたる62万人が一人暮らしだったが、25年後の2035年には104万人に達する。65歳以上の夫婦のみの世帯も合わせると、推計で170万世帯を超える。
都の「東京都長期ビジョン」では、2024年までに高齢者の消費者被害防止のために見守りネットワークを全市区町村に構築することを構想している。こうして高齢者の消費者被害防止に取り組むのは、前述の池本弁護士の話にもあるように、お年寄りは、拒絶能力が低下するにつれて必要のない購入や契約をしてしまう可能性が高まるためだ。認知症であるなしにかかわらず、その消費が妥当なものか周囲が注意して見守る必要があると都も考えている。
「市区町村ごとに高齢者への『見守りネットワーク』はあり、機能しています。ただ福祉部門に特化しているケースが多数です。今後は、その福祉部門と訪問販売などの消費者被害を扱う部門との連携を強化していく方針です」(東京都消費生活総合センター相談課)
都が懸念するとおり、あの手この手で高齢者をだまし、高額商品や高額契約でお金を引き出そうとする詐欺的手口の業者は、より狡猾になっている。そして問題は、そうした業者の中に、一部上場企業など著名な企業も交じりだしていることだ。
有名企業でも油断は禁物
著名な証券会社が売りだした複数の投資信託に、読みきれないであろう複数の新聞購読契約、同様に観賞しきれないだろう有料衛星放送の複数契約。売り手はどれも有名企業だ。商品・サービス自体、違法なものではない。
だが、購入・契約する「買い手」が80代以上の女性となると、話は変わってくる。前述の池本弁護士の指摘のように、拒絶能力が低下した高齢者は、認知症でなくとも、業者の押しを拒みきれず、受け入れてしまう。すると、本当にその商行為が本人の意思に基づくものだったのか疑わしく映るものが少なくない。
そんな一つに、大手生命保険会社の終身保険のケースがあった。じつは前出の大手メディアに勤めていた老婦人は、掛け金600万円という終身保険に入っていたが、その死亡時の受取人は無記名のままだった。つまり、親族のないその女性が亡くなった際、その保険金の受け取り手は誰もいなかったのである。
契約書を開くと、老婦人の自筆サインと印鑑が確認できた。また、当初契約からたびたび組み替えられていた形跡もあった。だが、どういう形であれ、受け取り手もいないのに終身保険をかける人はいないだろう。
担当した川口純一司法書士は、契約書を見つけると保険を解約すると同時に、当時の担当者を探してもらうよう、同生保に調査を依頼したが、担当者はすでにいなくなっていた。
「あれは担当者個人の考えだったのか、会社の方針もあったのか。それはわかりません。ともかく、解約で戻った600万円を婦人の老人ホームの一時金に充当しました」
こうした高齢者をターゲットにしたビジネスには、今後ますます注意する必要があると川口氏は指摘する。
「ふつうの会社のふつうの外回り営業職の中に、高齢者を巻き込む人たちが増えてきたということです。それは悪いものというわけでもない。しかし、その人にとって本当に必要かどうかで言えば疑問となる。高齢者向けのビジネスをどう評価するのか、今後ますます難しい問題が出てくるかもしれません」
ひとつ数千円の野菜、数万円の食品でも、「からだにいい」「おいしい」「よかった」と本人が納得すれば商行為として成立する。商品の内容はわからなくても、「いい人」だから、「話を聞いてくれる」から買ってあげる人付き合いもある。
そんな「ふつうよりちょっと高い商品」を高齢者に販売する商売が広がりだしている。
岩崎大輔(いわさき・だいすけ)
1973年、静岡県生まれ。ジャーナリスト、講談社「FRIDAY」記者。主な著書に『ダークサイド・オブ・小泉純一郎「異形の宰相」の蹉跌』(洋泉社)、『激闘 リングの覇者を目指して』(ソフトバンククリエイティブ)、『団塊ジュニアのカリスマに「ジャンプ」で好きな漫画を聞きに行ってみた』(講談社)など。
[写真]
撮影:岡本裕志
写真監修:リマインダーズ・プロジェクト
後藤勝