大阪市の法律事務所で働く2人の男性弁護士と事務員の年配女性。3人は実は「家族」だ。事務員の南ヤヱさん(72)は、18年前、次男の和行さん(39)に同性愛者であることを打ち明けられた。当初は性的少数者(LGBT)に対する知識がなく、「これは麻疹(はしか)みたいなもので、時期がくれば治るんかな」と現実に背を向けていた。LGBTへの理解が深まったいまは、弁護士となった息子と同性パートナーを同じ職場の同僚として支えている。
(Yahoo!ニュース編集部)
法律事務所で3人机を並べて働くまで
大阪市にある「なんもり法律事務所」。結婚式を挙げた同性カップルである和行さんと吉田昌史さん(38)の2人の弁護士が運営する。日本の法律では同性婚は認められていないが、「人に関係を聞かれたら、お互いに『ぼくの夫です』と紹介します」と和行さん。2人は、自分たちのことを“夫夫(ふうふ)”と呼ぶ。そして事務員の女性は、和行さんの母親ヤヱさんだ。3人が理解し合い、同じ職場で机を並べて仕事をするようになるまでには、長い葛藤の歴史があった。
「わたしの育て方が悪かった」と泣いた
和行さんが、同性愛者だということを家族にカミングアウトしたのは22歳のとき。父親を亡くした年だった。ヤヱさんと兄と3人で電車に乗っているときに告げた。ヤヱさんは泣き崩れ、兄は「やめろ!そんな話なんでするんや!お母さんがかわいそうやろ」と怒鳴った。
ヤヱさんは動揺し、受け入れることができなかった。「わたしの育て方が悪かったから、同性愛者になってしまったのね」「女の子のことを好きになれば、そのうち同性愛なんて忘れるわ」…。その言葉に、和行さんは深く傷ついたという。「ちょっとした知り合いなら、傷つけられても距離を置くことができる。でも相手が家族だったら、その人のことを嫌いになることも距離をおくこともできない」。
最も身近な存在に打ち明けられない
2015年10月にNHKとLGBT法連合会が実施したアンケートでは、LGBT当事者がカミングアウトした相手で最も多いのは「LGBTではない友人」で約8割。「家族(親、きょうだい、配偶者)」と答えたのは5割程度だった。もっとも身近な存在の家族に、なかなか打ち明けることができない現実がある。LGBTに詳しい宝塚大看護学部の日高庸晴教授が、厚生労働省エイズ対策政策研究事業の一環でゲイとバイセクシュアル男性約2万人を対象に実施した2014年の調査では、親に打ち明けていた人の割合は回答者全体では18.5%だった。ゲイ・バイセクシュアル男性が親へカミングアウトすることは難しいことがわかっており、さらに、世代が上になるほど、親にカミングアウトしていないことが明らかになっている。
「息子の彼氏」を受け入れるまで
和行さんは、ヤヱさんに交際相手だった吉田さんを引き合わせた。その日のことを吉田さんはよく覚えている。「ふたりの関係を説明する前に、お母さんはぼくが息子とつきあっているゲイの恋人だとすぐに分かったのだと思う。本当に冷たい雰囲気で、拒絶されている感じがすごくあった」。
ヤヱさんは、当時の気持ちを「この子は普通に結婚することはないのかと思うと悲しかった」と振り返る。一方で、少しずつLGBTの勉強をするようにもなった。「息子のためというより、自分の心を安定させたいというのが先に立った」。それまで避けていたLGBTの新聞記事や本を読むようになり、和行さんたちのことを徐々に理解していった。
「最初、同性愛は麻疹(はしか)みたいなもんで、そのうち治るんかなと思ってました。でも、これは体質みたいなもんなんやとわかった。生まれながらに心臓が弱い人が何パーセントいてる、というのと同じ。世の中にはある一定の割合でいてるもんなんや、と」
「息子を理解できてよかった。楽しい老後になった」
大学院卒業後、建材メーカーに就職した和行さんだったが、吉田さんとともに弁護士を目指すことを決意して退職。ふたりはそろってロースクールに入り、司法試験の勉強を始めた。ヤヱさんの亡くなった夫は弁護士。ヤエさんは二人を応援するようになった。
「二人分のお弁当をつくることが、二人の生き方を受け入れるよという意思表示だった」
晴れて弁護士となった二人は、2013年、大阪市内に法律事務所を立ちあげた。そのときヤヱさんは、和行さんから事務を手伝ってほしいと依頼される。
「事務所を開いた前後から、いろんな人に息子のことが言えるようになった。恥ずかしいことではない、という確信が持てたのね。これからも弱者の味方である弁護士として頑張ってほしい」
里親になるという選択肢
同性カップルとして生きる和行さんと吉田さん。弁護士の仕事を終えるとふたりで購入したマンションへ帰り、料理上手な吉田さんが夕飯をつくる。休みの日は二人でドライブをしたり、買い物をしたり。一緒に住んで7年になる。
最近ふたりのあいだでよく交わされるのが「子どもを持つ」という話題だ。数年前から友人の子どもと遊ぶ機会が増え、二人で子どもを育てたいという思いが強くなった。
いま、日本で同性カップルが子どもを持つ場合、主に2つのパターンが考えられる。①異性と婚姻関係を結んで子をもうけた過去をもつ当事者が、子連れで同性愛カップルとなり、二人で育てるケース。②精子提供などの生殖補助技術によって子をもうけるケース。
「ぼくたちは二人とも男性だから、生物学的にお腹に子を宿すことができない。代理出産をお願いしてまで血の繋がった子を持つ必要があるのかと考えてしまう」と話す和行さんと吉田さんが模索するのは、里親になるという選択肢だ。家庭に問題を抱え、実の親と一緒に暮らせない子どもを預かり、育てる。「僕らと暮らした子どもが社会に巣立っていって、困ったり頼りたくなったときに実家に帰るみたいにうちに来てくれたら素晴らしいだろうなぁと思う」。
里親として登録するには、児童相談所がおこなう研修を受けたのちに自治体の諮問機関の審査を通過する必要がある。自治体によっては里親の条件として「婚姻関係のある夫婦であること」「経済的に問題がなく、専業主婦であること」などという基準を内部で設けている場合も。二人が住む大阪市の場合、そういった条件は特になかった。「ダメ元」で役所に相談すると、「ぜひ協力してください」と言われたという。現在二人は里親になるための研修に通っている。
LGBTと家族の問題について詳しい三部倫子・日本学術振興会特別研究員は、「子育ての能力とセクシュアリティは関係ない」と言い切る。欧米の複数の研究機関が同性カップルの子育てについて調査し、子どもの発育に悪影響を与えないという結果を得ているという。
世界の同性婚について研究している京都産業大学法科大学院の渡邉泰彦教授によれば、 同性婚を認める国は2016年4月現在、世界で21カ国あり、そのほとんどで同性カップルの子どもとしての養子縁組が認められている。
ヤヱさんは言う。「里親になったら、2人がこれまで体験してこなかった体験をするだろうと思う。大変かもしれないけど、子どもの寂しい気持ちを埋めるようになってほしい」。南さんと吉田さんたちが築く「家族」の物語は、この先どこへ向かうのか。
「LGBT」をとりまく状況は、近年大きく変化している。それでもなお、この問題の根は深い。社会のなかでLGBTがどう位置づけられ、どういう課題を抱えているのか。連載「LGBTのいま」では、実際のLGBT当事者が直面している課題をレポートする。
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