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団地建て替えで住民対立、解消の"秘策"とは――住宅供給公社、暮らし再生への挑戦

提供:横浜市住宅供給公社

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横浜を始めとする都市部に多くの人口が流入し、大規模な住宅建設が進んだ高度経済成長期から半世紀余り。当時建てられた団地やマンションは老朽化が進み、建物の建て替えの合意づくりや、住民の高齢化に伴う管理組合の運営に苦心するケースが増えている。
かつては住宅の「つくる」を担ってきた横浜市住宅供給公社も、こうした社会課題の変化を踏まえ、新たな役割を演じるようになっている。建物の管理運営の受託や大規模修繕・建て替えの支援を通じ、住民の「暮らし再生」に取り組む。大型開発とは対照的に、住民の合意形成の裏方役には地道で困難な課題も多い。公社が向き合ってきた現場を訪ね、成熟社会のまちづくりのあり方について考えた。

合意形成を 理事長の苦悩

「建て替えか修繕を検討している」「管理組合役員のなり手がいなくて困っている」「お金の問題になると、やはり合意形成が難しくて...」――。2019年12月、横浜市内で開かれた「マンション・団地再生セミナー」。市内の集合住宅の役員ら約40人が集まり、悩みを語り合った。
セミナーは、市住宅供給公社が2012年から開催している。建築から時間がたった集合住宅で、それぞれが抱える課題解決のヒントにしてもらうのが狙いだ。実際、この場がきっかけとなり、公社として初となるマンション建て替えが実施された。

1980年の下之前住宅周辺の空撮写真。中央部が同住宅、手前にはY校(横浜商校)が見える

同市南区の住宅地に位置する下之前(しものまえ)住宅。1968年に、5階建て16戸のマンションとして完成した。「交通の便も良くて、日当たりもいい。引っ越してから40年ほど、気に入って住んできました」と、管理組合理事長を務めた塚本四ロ六(しろむ)さん(70)は話す。
転機は5年ほど前。東日本大震災を機に、耐震診断を実施して今後のあり方を考えようと、管理組合理事がセミナーに参加。公社が将来を検討するコンサルタントとして入ることになった。その後、耐震性に一部問題があることも判明。修繕や建て替えを含めた今後の方向性を議論していった。
その過程で顕在化したのは、「建て替え派」と、当面建て替えを行わない「耐震化派」に意見が分かれたことだった。まだローンが残っている人もいれば、ずっと住み続けるつもりで屋内を改装した人もいる。一時は、議論が暗礁に乗り上げかけた。それでも塚本さんは、「このままでは建物は劣化していく一方だ。このマンションをスラム化させるわけにはいかない」との危機感を胸に、合意形成に努めた。

建て替え前の下之前住宅。春には間近に満開の桜も楽しめる

打開策の一つとなったのは、住民がお互い率直に意見を述べ合う「懇談会」を開いたことだった。お茶を飲みながらざっくばらんに話すことで、徐々に建て替えに向けた機運が高まり、詳細の検討も進んでいった。2017年3月に建て替え決議が可決され、現在は20年夏の完成に向けて工事が進む。建て替えに際し、部屋の評価額を受け取って退去することを選んだ住民も少なくなかったが、塚本さんは、慣れ親しんだこの地に住み続けるという。
「懇談会のアイデアも、公社が出してくれたもの。おかげで、話し合いを通じて乗り切ることができた。最初から建て替えありきではなく、多くの選択肢を示しながら進めてくれたからこそ、結果的に合意形成に至ったのだと思う」と塚本さん。公社職員はこう説明する。「状況はそれぞれ違っている。一定の結論を押しつけるのではなく、一緒に最善策を見つけることを心がけている。下之前住宅の方々にとっては、それが建て替えによる再生ということだったのではないでしょうか」

公社とともに取り組んだマンション建て替えについて語る塚本さん

「なり手不足」に対応

公社の管理組合支援は、建て替えや修繕のみならず、日常の管理運営にも及んでいる。根岸駅前第二ビル(同市磯子区)では、13年から物件の管理を受託。日常の清掃や定期点検から、理事会や総会の資料準備や運営補助まで、総合的な支援を実施している。
元々、公社が完成させた建物だったが、長らく住民らが自主管理していた。しかし、時を経るにつれ、住民の高齢化による役員のなり手不足が深刻化していった。管理組合理事長の浦﨑虎男さん(80)は、「輪番制となってはいるが、最近はできないと断る人も多い。代替わりの後に売却する人もいる。このままではいけないと考えた」。12年に、施工に関わった公社に管理を依頼した。「最初は委託料を払うことに対する異論も出たが、頼んでからはかなり楽になった。一番大変だった会計の作業がなくなり、維持管理の窓口も公社になった。耐震化検討の支援もしてくれました」と話す。
公社では現在、横浜市内の大小さまざまな管理組合で、公的な立場を生かした管理の受託や運営支援を行っている。根岸駅前第二ビルは、自主管理の状態から受託した最初の例だという。職員は「高経年マンションの管理が社会問題化し、ちょうど公社内でも具体的に取り組み始めた時期だった」と話す。

根岸駅前第二ビルの前に立つ浦﨑さん

まちと人に寄り添い続ける

年月を経て、さまざまな課題が生じた集合住宅の住民に寄り添い、維持管理や将来を見据えた建て替えなどに向けた支援を続けていく。そうした事業展開を「大もうけはできない『小商い』だが、変化に対応した先駆的な取り組みではないか」と評するのは、都市計画に詳しい横浜市立大学の中西正彦准教授だ。「特に、住宅の一棟建て替えを行うにしても、工事期間中の住民の生活サポートなど、非常に多くのノウハウがある。それこそが、これからの社会に求められている」と指摘する。塚本さんが「住民みんなで、ゆっくり合意形成できた」と振り返るのも、その蓄積ゆえだ。
住まいを「つくる」ことから、まちを「つなげる」へ。そして、老朽化した団地やマンションを「再生する」へ――。横浜市住宅供給公社は、日本最大の基礎自治体・横浜の発展と変遷に対応し、その役割を模索し続けてきた。
「世の中は、つくるだけの時代から、つくったものをちゃんと使うことに大きくシフトしている」と中西准教授。その言葉に呼応するように、今もまちづくりの現場で試行錯誤を繰り返しながら、横浜のまちと、そこに住む人たちに寄り添い続けていく。