学習指導要領の改訂や大学入試改革により、子供たちに求められる力は大きく変わってきている。中でもよく耳にするのが「論理的~」というワードではないだろうか。早稲田アカデミーの教務・中学受験部門の責任者2人が考える、低学年から算数を通して論理力を鍛える方法とは。
本シリーズは<数>編と<図形>編から構成され、今回は<数>編をお届けする。<図形>編は12月中旬ごろに公開予定。
【インタビュイー】
竹中孝二氏:早稲田アカデミー教務本部長 兼 NN麻布クラス ※1 総責任者
丸谷俊平氏:早稲田アカデミー中学受験部長 兼 NN開成クラス ※2 総責任者 兼 SPICA ※3 総責任者
※1 小6対象の「NN志望校別コース」の麻布中対策クラス/※2 小6対象の「NN志望校別コース」の開成中対策クラス/※3 最難関中学受験専門塾
「数=計算」ではない...数の本質的な学びとは
--早稲田アカデミーでは、なぜ低学年から「数」の問題を重視しているのですか。
丸谷氏:中学受験の算数は「数」「図形」「文章題」の大きく3つに分かれています。この中で点数に差が付きやすいのは「数」と「図形」の問題です。難関校になればなるほど、この2つの割合が増える傾向にあるのは、それだけ本質的で重要な分野だからです。
--「数=計算」と捉えがちですが、難関校になるほど出題が多い「数」の問題とはどのような内容ですか。
丸谷氏:計算はルールに従えば正解が導ける「作業」です。一方で、早稲田アカデミーでは「数」の問題を「数論」と捉えています。数論とは数の性質や法則を探る学問です。
--子供たちが「数論」を学ぶうえで、何が大事な要素だと思いますか。
丸谷氏:もっとも大事なのは、「なぜこの数字になるんだろう」「何かこの数字おかしいな」と思う感覚です。たとえば、「かけ算した結果がこの倍数になるわけない」「偶数同士をかけたら答えは偶数になるはず」といった直感のようなものは、計算のような作業とは異なる論理力が土台になります。
竹中氏:本来、子供たちにとって「数」というのは抽象的でわかりにくいものです。この抽象的な「数」をいかに感覚的に捉えられるようになるかは、経験値によって大きく変わってきます。だからこそ、低学年から積極的にそういった経験を重ねることが、算数の力を伸ばしていくための重要な鍵になると考えているのです。
「論理の世界における謎解きのような楽しさを知ってほしい」と語る丸谷俊平氏
低学年で身に付けたい「数って面白い」という感覚
--早稲田アカデミーの低学年(1・2年生)向けクラス「スーパーキッズコース」では実際にどのような問題に取り組んでいるのでしょうか。
丸谷氏:「数」の世界というのは、実は謎解きのような楽しさがあることを体験して感じ取ってもらいたい。そして、解き進めながらワクワクするような瞬間や感動を味わってもらいたい。そんな思いがこもった問題を作成し、フルカラーでイラストをふんだんに使った教材に取り組んでもらっています。
出典:早稲田アカデミー 小2「スーパーキッズコース」算数問題
竹中氏:このおきかえの計算問題(1)は、猫と犬をひっくり返して引くとうさぎになるという問題です。まずは適当に数字を入れて試しますよね。答えのうさぎが1桁にならなければいけないので、32と23のように隣同士の数字でないと絶対にうさぎにならない。このことに気付ければ「うさぎ=9」になる。猫と犬の和が9で、差が1の数となることから、猫=5、犬=4と答えが出ます。
小1・2対象「スーパーキッズコース」の詳細はこちら--大人でもちょっと考え込んでしまうような面白い問題ですね。低学年の子供がこうした「数」の問題に取り組む際、子供たちはどんな反応を見せますか。
丸谷氏:「数って不思議だなぁ」「考えるって楽しいなぁ」といった反応ですね。小学校の勉強ではひとつひとつをきちんと理解しながら先へ進んでいくことが目標になりますが、スーパーキッズコースでは考える楽しさを重視します。先ほどの猫と犬の問題も、細かい解説や、そもそも正解か否かが大切なわけではありません。数の不思議な世界に触れ、試行錯誤することで心が動くような原体験こそが重要だと思うからです。
竹中氏:子供たちは数の問題を通してさまざまな角度からの考え方に触れることで、感動や発見の機会を楽しんでいます。以下の問題(2)も、子供たちがワクワクして面白がってくれる問題です。
出典:早稲田アカデミー 小2「スーパーキッズコース」算数問題
多くの子供は手探りで解答を求めようとしますが、実はもっと簡単に答えにたどり着く方法があります。たとえば①の「7=」を考える際には、前にある「4=」または「5=」の答えを生かして、そこに3または2を足せば良いですよね。②でも、「14=」を最初から考えると難しくなりますが、「7=」の答えが出ていれば楽に答えが導けます。
こうして、先に出した答えを次に生かすと、パズルのように次々と謎が解けていく。そんな心が踊るような体験から、算数は「難しい・苦しいもの」ではなく、「楽しい・面白いもの」だということを子供たちが実感できれば、算数へ向き合う姿勢そのものが大きく変わっていくと思うのです。
丸谷氏:4年生になると中学受験に向けた体系的なカリキュラム学習が中心となりますが、低学年までは時間を気にせず、考えることにたっぷりと時間をかけられます。ですからわれわれは、「教え込まない」ということをコンセプトの1つとしています。スーパーキッズコースでも、子供がその日の授業で、真剣に向き合い夢中になって取り組めた問題が1問でもあれば、すべての問題を暗記するよりもはるかに実りある時間だと思っています。
「『数』をいかに感覚的に捉えられるかは、経験値によって変わる」と話す竹中孝二氏
間違いを恐れない...宝探しマインドで「数」の問題を楽しむ
--大人が難しく感じる問題もある中、子供たちが「面白そう」「やってみたい」と思えるよう、授業ではどのような工夫をされていますか。
竹中氏:大事にしているのは、子供たちにとって算数の授業が楽しい場であるということです。そのためには講師自身も楽しみ、笑顔でいることを心がけています。
そして、子供たちが頭を柔らかくして考えられるようにするには、間違えることを恐れさせないことが大切です。教室で、「間違っても良いから、思いついたことをどんどん教えてね」と言うと、「え、本当に間違っても良いの?」と反応する子も少なくありません。ですから低学年の授業では特に、「ここではどんな意見でも受け入れてもらえる」という心理的安全性をつくることが必要だと思っています。
丸谷氏:気を付けたいのは、子供たちに、「考える」という時間に入る前に「ヒント」が欲しいと思わせてしまうことです。ヒント待ちの子をつくらないためにも、心理的安全性は欠かせない要素です。間違えても気にせず、自分で考えることを体験できた子は、高学年になって難しい問題に直面しても、「面白そう」「やってみたい」と意欲的に取り組むようになります。
竹中氏:このような授業を実現するため、早稲田アカデミーでは小1・小2スーパーキッズコースまでは10人未満の少人数制クラスを導入しています。講師と生徒が活発にやり取りし、お互い笑顔で授業を進められれば、問題ができた・できないにかかわらず自然と、「考えることは楽しいな」「算数って面白いな」というポジティブなマインドになっていくのです。
取材に応じてくれた早稲田アカデミー竹中氏と丸谷氏
--実際に子供たちが取り組む問題にも工夫が施されているのでしょうか。
竹中氏:そうですね。定番の問題や計算問題のように作業になってしまわないよう、一般的なテキストには載っていないような問題を多く扱っています。こちらは小3「3JSクラス」のロジプラの問題です。
丸谷氏:この問題は、「3つの数の積が36になる組み合わせを求める」「その中から、問題文にあてはまる3人の年令(数字の並び)を導き出す」という2つの要素で構成されています。前半は1次情報で解ける計算=作業、後半は2次情報をもとに考える論理の問題です。
前半の「すべてかけると36になる」組み合わせを見つけるのは作業です。しかし、こうした2次情報をもとに読み解く後半の部分は、論理のとっかかりがないと進めません。特に低学年のうちは、計算のような作業を早くたくさんできるほうが点数に直結するのでそちらに注力しがちですが、入試問題への対応力という点でいえば、論理を楽しむ宝探しマインドを育むことのほうが圧倒的に重要なのです。
このように早稲田アカデミーでは低学年から、ご家庭ではなかなか体験できない、ワクワクする楽しい論理の問題にも積極的に取り組んでいます。
--塾で考えることの楽しさ、算数の面白さを体験できるのは魅力的です。算数が苦手だと思っている子供たちも、算数を楽しめるようになりますか。
丸谷氏:もちろんです。よく、「うちの子は算数が苦手」とおっしゃる保護者の方から、ご自身にも苦手意識があった、算数や数学が好きではなかったというお話を伺うことがあります。子供は身近にいる保護者からの影響を大きく受けるので、塾に来て算数でワクワクする楽しい体験を積み重ね、算数に対するネガティブなマインドを跳ね返してほしいですね。
数の問題を家庭で楽しむ取り組むコツとは
--ご紹介いただいたような問題に家庭で取り組む際、保護者はどんなことに気を付ければ良いでしょうか。
竹中氏:ぜひ、間違えること、失敗することへの認識を変えてください。小学校の6年間は失敗から学び、トライ&エラーを繰り返しながら大きく成長していく時期です。ご家庭では、子供が失敗しないようにと先回りするのをグッと堪え、大人から見れば非効率で遠回りに見えても、子供なりに目一杯考え、取り組んだプロセスを何よりも尊重してあげてほしいと思います。決して、他の子と比べて厳しく追い詰めたり、しかめ面で教え込んだりする時間にはしてほしくありません。繰り返しになりますが、ぜひ保護者の方も一緒に算数を楽しみながら、お子さまが成長していく姿をそばで見守ってあげてください。
丸谷氏:私はご家庭で、子供の「なぜ」「どうして」と疑問に思う気持ちを大切にしてほしいと思います。それこそがまさに好奇心の種であり、主体性であり、学びに向かおうとする力です。
以下の問題(4)は、早稲田中学校において過去に出題された問題です。
出典:早稲田中学校 2014年度算数入試問題 大問1(1)
計算をドリル学習で頑張ってきた多くの子供たちは、この問題を正面から計算して解こうとします。もちろんそれでもOKです。ですがここで、「なぜ」「どうして」を発動できる子は、「なぜこんなに5をいくつも並べたんだろう」と不思議に思います。実はその不思議な気持ちがこの問題を簡単に解く重要な糸口になるのです。
出典:早稲田アカデミー
さらにここでは、16を単なる数としてとらえずに、「2を4回かけたら16になる数だ」と考えます。「うちの子にそんなひらめきはない」と思われるかもしれませんが、決してひらめきではありません。これは数を使って考えてきた経験によるものです。先ほど竹中が言ったトライ&エラーの経験と、「なぜ」「どうして」の気持ちは、一見難しそうな入試問題を謎解きのように楽しませてくれるのです。
竹中氏:もしお子さまが「16って2×2×2×2だよね?」と気付いたときには、「そんなことに気付くなんてすごいね!」と大袈裟なくらいリアクションして褒めてあげてほしいですね。そのリアクションをきっかけにお子さまも「面白い」と感じる気持ちがさらに引き出され、算数がもっと楽しくなる素晴らしい原体験になることでしょう。
丸谷氏: 数論の世界は果てしなく奥深いもので、作問する学校側としても新作を出しやすい分、子供たちは毎年見たことのないような問題に直面することになります。ですが、作問者は必ず「さて、君はここに気付けるかな?」という意図を必ず入れ込んでいます。それを読み解けるかどうかが数論の面白さです。
ぜひご家庭でもお子さまが自由に考える時間を大切にしていただきながら、われわれはワクワクと楽しみながら挑めるようなマインドを低学年から育んでいけたらと思っています。
次回、12月中旬公開予定の「算数が楽しくなる、低学年から始める論理力の鍛え方<図形>編」に続く。