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コロナ対策の最前線 指定都市の「衛生研究所」とは ~川崎市が誇る第一人者に聞く~

提供:指定都市市長会

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10月に内閣官房参与に任ぜられた、川崎市健康安全研究所の岡部信彦所長

日本が、世界中が対処に頭を悩ませる新型コロナウイルス。日本政府の対策分科会メンバーとして、知見と経験を対策に活かそうと川崎市健康安全研究所(川崎区殿町地区)の岡部信彦所長が東奔西走している。10月には内閣官房参与に任命された、川崎市が誇る感染症の第一人者に、コロナやインフルエンザに対する心構えや備え、その研究母体として市民の健康を守る「衛生研究所」が果たす役割について聞いた。

コロナとインフルの「ダブル」へ備え

羽田空港を行き交う旅客機を望む、研究所集積エリアにそびえ立つ川崎市の健康安全研究所。岡部所長が陣頭指揮を執り、日々100~150件前後のPCR検査が行われ、コロナをはじめとする感染症などの研究が日々進んでいる。
年末年始を迎え、コロナに加えインフルエンザの流行の重なりが気になる時期となり、警戒感がさらに広がっている。この両者はどう見分ければ良いのだろうか。岡部所長は端的に説明する。「インフルエンザは急に高熱で発症し、後で倦怠(けんたい)感に襲われることが多い。コロナは38度前後の熱であり、その症状が比較的軽く風邪に似ている」。インフルエンザは多いと国内の1千万人以上が感染するとされるが、コロナは国内通算でも現在約10数万人。臨床上で区別すると、重症化しやすいのはコロナだが、かかりやすいのはインフルエンザの方だ。

政府新型インフルエンザ等対策有識者会議会長代理でもある岡部所長。その知見と経験に市や国から厚い信頼が寄せられる

日本初のコロナ感染者が2020年1月に神奈川県内で発見されてから1年足らず。インフルエンザと同時期に拡大した事はまだない。二つのウイルス感染症が同時に大流行するというのは希だと思う、と言う。「時差を置いて両方にかかることはあり得る。1+1(で症状)が10になる心配はいらないが、どちらか一方だけ(の対策)でいいだろうという考えは楽観的すぎる」と警戒を促す。

インフルエンザの流行は、季節が先行する南半球の状況が参考になる。ことし7~9月の南半球では、新型コロナは流行していたがインフルエンザはほとんどその影を潜めたかのようだった。川崎市内では昨年、9月11日にインフルエンザによる学級閉鎖が出るほど流行開始は早かったが、年が明けると勢いが衰えた。「もしかすると(コロナへの警戒で)人々が手を洗ってマスクをして、せきエチケットやソーシャルディスタンスなどに気をつけたのも一因かもしれない」と推測する。

PCR検査の前処理を行うP3ラボ=川崎市提供

ポイントは「混雑を避けて行動」

コロナ感染者が最多の東京都、日本最大の政令指定都市・横浜市に挟まれた川崎市は、近接する羽田空港も含め周囲の影響を受けやすい。正月には川崎大師に約300万人が参拝し、高層マンションが林立する武蔵小杉駅の通勤ラッシュなど、人混みを形成しやすい要因が重なり合う。

気をつけるべき点は何か。「お盆の時期もそうだったが、年末年始も『移動してはいけない』ではなく『すいている時と場所に』という考えを勧めたい」。日常の電車の車内などで言えば換気対策も進み、大声で話す人も少なくなっている。マスクの着用率も高く、飛沫(ひまつ)に触れる機会は激減したとみる。それでも「寒くても電車の窓は開けた方がいい」と念押しする。やはり、密を避け、こまめな換気が重要だ。

対コロナの特効薬が開発されていないことが、不安を招く要因となっているが、岡部所長は科学の力を信じ、悲観してはいない。通常の病気ではワクチンが開発されるまで10年近く要することが多いが、対コロナでは約10カ月近くで候補が百何十種類と開発されている。

さらに医療機関側もだいぶ対応に慣れてきて、3~5月に患者が急増して皆が不安になった時点に比べれば、検査の方法がPCR検査以外にも広がった。7~9月には日本の患者死亡率が減少し、重症化した患者の退院率も上がっている。重篤な患者だけを見ているのではなく、軽度の患者まで認識し、全体の死亡率が少なくなったという。着実に前進している。「根絶やしにするのは難しいが、多くの人がハラハラしなければならないような病気ではない」と説き、"正しく恐れる"情報を発信している。

流通する食品や水、家庭用品などの安全性を守る理化学検査=川崎市提供

川崎で見つかる「日本初」の数々

岡部所長が属する市健康安全研究所は、各都道府県や指定都市(※)の計83カ所存在する(2020年4月現在)地方衛生研究所の一つだ。地域に密着して公衆衛生や感染症、理化学の検査、感染症の発生状況などを発信する情報センターの機能を有している。この研究所は具体的にどのような役割を担っているのか。

所長自身、川崎市のホームページ内でコロナの感染者数増減の状況などに触れ、無記名で評価欄を担当する。例えば「今週は先週より少し増えました。気をつけましょう」と記し、結果が改善すれば「少しよくなりましたが日常の注意をしてください。3密を避け、マスク着用を」「少なくなったとはいえ緩くならないで」などと不断の注意を促す。

夏には「熱中症とコロナにかかる割合はどちらが危ないか」などと、時期に即した注意点も市民に示してきた。教育機関や医師に情報を届け、さらに二次的に使ってもらい、市民に行き渡らせる狙いがあるという。

羽田空港が近い土地柄もあり、同研究所の研究から日本で最初に見つかる病原体も多数ある。例えば16年のリオデジャネイロ五輪の前に騒動となったジカ熱は、市内の医療機関から検体が送られ、当時の国内第一例となった。嘔吐(おうと)などを引き起こすノロウイルスに新規遺伝子がある事を2014年に見つけ、世界初の発見であったため、そのウイルスには「ノロウイルス-Kawasaki」の名が付けられた。

それらの成果の秘訣は「かっちりした8割の正規の仕事と2割の余裕」と言う。コロナなどの検体を調べる際にも「普段の何げない検査から一歩進んでやろうというのが我々のテーマ。おかしいと思ったら疑問点を追求する。その先に何か発見できれば、著しい進展につながる」。眼前に迫る数々の検体に目を凝らしながら、あたかも探偵小説のように、さまざまな可能性を探るのだ。「コロナの真っただ中ではこの余裕は狭められてしまうが、落ち着いたら元に戻したい」と言う。

コロナ研究では、発症日が判明している検体を使いPCR検査と抗原検査の一致率を調べた。それらのデータを基に、厚生労働省は発症2日目から9日目の症例は、抗原検査のみでも診断を認める指針を公表した。迅速な診断が可能となった背景には、実は同研究所の成果があったのだ。

川崎市の生活科学・環境分野における、世界最高水準の研究開発から新産業を創出する国際戦略拠点に指定されている殿町地区にそびえる市健康安全研究所

"ハンドルの遊び"で一歩先へ

連日のようにコロナ感染者が発生し、研究所への検査の要請も切迫しかねないが、殿町地区は川崎市の衛生行政を支える科学的・技術的中核機関に位置付けられている。同地区内の国立医薬品食品衛生研究所や民間の研究機関とも連携し、非常時にはPCR検査の支援などを受けられる体制になっている。実際のルール作りは必要としながらも「すごく精神的には楽になった。先端技術が集結している地域だからこそできる特徴」と胸を張る。

各地域に根差す衛生研究所だからこそ、病院や保健所、行政と連携し、公衆衛生に生じる変化を察知し、冷静に対処しうる。「研究という名前がつく限り"ハンドルの遊び"の部分は必要。全国に誇れる研究所でありたい」。冬場を迎え、感染拡大が懸念される今、その決意を新たにしている。

岡部信彦・・・慈恵医大卒、バンダ-ビルト大小児科、国立小児病院感染科、WHO/WPRO伝染性疾患予防対策課、慈恵医大小児科助教授、国立感染症研究所感染症情報センター長、2012年川崎市衛生研究所(現川崎市健康安全研究所)所長

※指定都市とは
地方自治法で「政令で指定する人口50万以上の市」と規定されているが、実際には、概ね70万人以上の人口で、道府県と同等の行財政能力を有し、全国に20市が政令による指定を受けている。

○指定都市市長会について
指定都市市長会は、平成15年12月に、「指定都市の緊密な連携のもとに、大都市行財政の円滑な推進と伸張を図ること」を目的として発足した組織で、現在、全国20の指定都市で構成している。

主な活動として、各市の連携を図りながら、地方分権改革の推進や多様な大都市制度の早期実現に向けて、政策提言などを行っている。

指定都市市長会では、地域のくらしと健康を守るための機関である「地方衛生研究所」について、感染症法や地域保健法における位置付けを明確にするとともに、施設、設備及び検査機器の整備・更新について国庫補助の対象とすることを国に対して要望している。