年末にかけて多くの人が利用する「ふるさと納税」。自治体には税収増、納税者には税額控除とともに返礼品が手に入るなど、双方にとってメリットがある制度だ。「居住地ではなくとも、好きな自治体を応援できる」という理念が基本だが、豪華な返礼品や寄付額の多さなどがクローズアップされがち。そんな中、兵庫県の内陸部にある丹波篠山市は、昨年度から取り組みを本格化させ、住民が手塩にかけて作る特産品のPRはもちろん、制度本来の意味を伝えようと奮闘する。同市ふるさと納税推進室は、「農村の責任と誇りを持って、良いものを消費者に届けたいという思いです」と力を込める。ふるさと納税に乗せて、思いを届ける人々を訪ねた。
うまいもんがある「自分の田舎に感じて」
「いらっしゃいませ」―。扉が開くと威勢の良い歓迎の声が飛んできた。同市西新町にある精肉店「肉の東門」。ずらりと並ぶ肉の数々は、網の目のような美しい「サシ」が入る。ステーキ肉に包丁を入れていた東門昭喜社長(51)が「ちょっと食べてみる?」。震える手で口に運ぶと、旨味が脳天を直撃した。肉々しさを感じる歯ごたえが数回、その後は流れるように胃袋に落ちていく。シンプルな味付けが信じられないほど濃く、深い味わいで、脂はさらりとして全くしつこくない。得も言われぬ「口福」を感じている記者を、東門さんがうれしそうに眺める。「ふるさと納税はこの味を全国の人に知ってもらえる機会だと思っています」
愛情を込めて育てた牛肉に包丁を入れる東門さん。「納税してくださる人が丹波篠山を自分の田舎のように思ってもらえれば」
おせち料理の定番・丹波黒大豆が看板商品の同市だが、人気返礼品の一角はやはり牛肉。同市は黒毛和牛の最高級ブランド「但馬牛」の産地であり、うち格付け等級の高いものは世界一の呼び声高い「神戸ビーフ」となる。一方、同じ但馬牛の中でも独自の飼料を用い、手塩にかけて育てるのが「丹波篠山牛」。あえて丹波篠山の名を冠しているのは、この地で畜産業を営んでいる人々のプライドと牛たちへの愛情があるからこそという。
1971年に大阪から丹波篠山に移住し、祖父と父が畜産に励む姿にあこがれを抱いていた東門さん。小学校の文集に将来の夢は「農業」としたため、トラクターに乗る自分の姿を描いた。農業に対しては「きつい」というイメージもあるが、「とにかくおじいちゃんと親父が楽しそうだったから。それに自分で育てたものを自分で売るという仕事に可能性を感じていたんだと思います」。
地元では祝い事など、家族や親戚一同が集う際は焼き肉やすき焼きが定番で、肉の東門は、住民にとって「良いお肉」が買える店。「『孫が帰ってくるんや』と肉を買いに来てくれるおじいちゃんやおばあちゃん。『この前の肉おいしかった』と言ってくれる人。そんな人たちを見て、自分たちも笑顔になる。それが最高の瞬間です」とにっこり。「ふるさと納税で肉を買ってくれる人たちも、丹波篠山をうまいもんがある自分の田舎のように思ってくれたらうれしいですね」
牛が大好きだからこそ、牧場を去っていくときはさびしさを感じながら、そっと手を合わせる。そして、「おいしく食べてもらうことが一番の供養になるんです」。一本芯の通ったプライドがおいしい牛肉をはぐくむ。
緑豊かな兵庫県丹波篠山市。独特の気候が黒豆や米などの農産物をはぐくむ
自然環境守る施策に 理念に共感する酒蔵
「うまいもんがある田舎」―。市も東門さんも胸を張る食の宝庫を具現化しているのは、丹波篠山の豊かな自然環境だ。京都、大阪、神戸などの都市部から車で1時間ほどの距離にありながらも、多くの自然が残り、寒暖の差が大きい盆地特有の気候が、多くの逸品を生み出している。そして、自然を守ることは特産を守ることにつながる。この理念のもと、同市はふるさと納税を活用して環境や生物多様性を守る施策を展開している。
この理念に共感して返礼品を提供しているのが、同市波賀野にある「狩場一酒造」。看板商品「秀月」は、良質の酒米をはぐくむ土と水があるからこその銘酒だ。狩場一龍社長(61)は、「良い環境がないとおいしい酒ができない。環境を守るためには行政と民間の『オール丹波篠山』で取り組んでいかないと」と話す。
「おいしい酒を造るための労力は惜しみません」と語る狩場社長
1916年(大正5)創業の同社は社員数8人の小さな酒蔵。もともと日本三大杜氏の一つ「丹波杜氏」として各地で腕を振るっていた初代が、地元で酒を醸したいと創業した。当時の銘柄は「亀甲藤」だったが、蔵の上空に昇った月に感動し、「秀月」と名付けたという、何とも雅なエピソードがある。その味わいは深く、かつ飲みやすい。「とにかく労力を惜しまず、手間ひまをかけているからです」とこだわりをのぞかせる。
精魂込めた酒だからこそ、「良い品質の状態で味わってほしい」と、直接、消費者に届けてきた。流通に乗せると届くまでに日数がかかり、在庫になれば、置いているうちに品質が劣化するからだ。狩場社長、実は新卒時、流通関係の仕事に就いていた。顧客からの要求をメーカーに伝えるものの、なかなか改善されない状況に歯がゆさを感じていたという。そして、「自分たちで作って売る。改善点があれば改善する。それが一番楽しそう」と思い立ったことから、家業に戻ってきた。「父にはこの先厳しくなるからと反対されましたけど」。跡を継いで20年。当時、30石(1石は約180リットル)だった販売量は300石にまで増えた。
社員にいつも伝えることがある。「みんなが日本酒を知っていると思わず、知らなくて当たり前と思って良さを伝えること。そんなベンチャー精神で取り組めばおもしろい仕事ですよ」。古くて新しい気概だ。
日本酒を取り巻く情勢は厳しい。日本酒を飲む人が減りつつあり、コロナ禍で飲食店での消費が減った。それでも、「各地に酒蔵があって違いが楽しめるなど、奥が深いのが日本酒の魅力。たくさん売るというよりも、味と自分たちの酒造りを理解してくださる人に味わってほしいですね」と前を向く。
ブランドに恥じない農作物を 若手が抱く熱い思い
主力の黒大豆と米を手に笑顔を見せる原さん。その裏側には全国ブランドへの責任感がある
おいしい米といえば新潟県魚沼産コシヒカリが名高いが、関西圏を中心に「東の魚沼、西の丹波篠山」といわれるほど、丹波篠山産の米も高い評価を得ている。近年は、環境に配慮した農法で作る「農都のめぐみ米」の取り組みも始まり、学校給食でも使用されている。
「魚沼に比べると、米粒は一回り小さいですが、甘みが強く、弾力があります」。そう語るのは、返礼品に米などを提供している同市味間奥の「アグリヘルシーファーム」代表取締役の原智宏さん(44)。
大学卒業後、ビジネスとしての農業に可能性を感じ、専業農家だった父の下で就農。27歳で農事組合法人の代表に就任した。2019年には幅広い事業を展開すべく、株式会社化。現在は米と黒豆を主力に計約85ヘクタールで農作物を栽培するなど、市内でも有数の大規模農家へと成長を遂げた。
米のおいしさの秘密も丹波篠山の気候。原さんは「米も昼間にバテると"熱中症"になってしまうが、夜の気温が低くなるおかげで、昼間に蓄えた栄養が効率よく行き渡るようになる」と語る。
もう一つの主力である「丹波黒大豆」は、全国的な認知度を持つ名産品。世界一大粒な大豆で、「黒いダイヤ」とも称される。2020年には、300年の歴史を誇る黒大豆栽培システムが日本農業遺産に認定された。こちらも丹波篠山の風土ならではで、「他の地域でどれだけ頑張って同じ品種を栽培したとしても、同じものはできません」と胸を張る。
「全国で通用するブランドがあり、高く売れるモノをはぐくむ土地で農業ができている。他地域の農家からもよく『ええなあ』とうらやましがられる。ありがたいこと」と原さん。「先人が築いてきた歴史と、ブランドに恥じないものを作らなければ、という責任感があります」。熱い思いを抱く若者の挑戦は続く。
新たに誕生した丹波篠山市のブランドロゴマークと、同市のふるさと納税の意義を語る波部室長
ふるさと納税で誇り高め 農の都を未来につなぐ
ふるさと納税を活用し、描く同市の未来予想図は、納税者が選べる「使い道」を見れば一目瞭然。▽豊かな自然環境の保全▽農の都としての農業振興▽伝統文化の保全や教育環境の充実▽日本遺産のまちの魅力発信―。
「市の収入が増えるので、ありがたいのは当然ですが、使い道にあるようなことに取り組み、まちの魅力を高めるので、応援していただきたいという気持ち。魅力が高まれば、観光などで来ていただいた方に喜んでもらえるし、安全安心でおいしいものを都市部の皆さんにも届けることができる。ふるさと納税はそんな好循環を生み出すためのもので、市のブランド戦略につながると思っています」と話すのはふるさと納税推進室の波部正司室長(53)。
ふるさと納税は08年に始まった制度。同市も当初から参画していたものの、なぜ、今になって注力し始めたのか。
「市長も私たちも当時は過度な返礼品競争は好ましくないと考え、これまでガツガツと行くことはありませんでした。返礼品が前に出るよりも、まずはまちのことを知り、『応援したいな』と思ってもらった方に納税していただくのが本来の形」と波部さん。「けれど、納税額を一つの尺度とするならば、上位のまちと比べて、丹波篠山の魅力は決して見劣りしない。ならば、納税額という評価を上げることも、『市民の誇り=シビックプライド』につながるのではないかと考え、注力し始めました」
おいしいものがある田舎。美しい環境が残る農村。裏を返せば、少子高齢化など日本の課題の最前線でもある。いかにまちを未来につないでいくか。そこで重要になるのが、「市民の誇り」だと語る。
「丹波篠山は『農の都』ですが、農業って大変です。でも、市民の皆さんは自分たちが作ったものを喜んでもらえるとニコニコして、やりがいを感じておられる。観光客や納税してくださる人々にその価値を理解してもらうことで生まれる誇りをさらに高める。そうすることで、丹波篠山がこれからもあり続けることができるのではないか、と」
ふるさと納税は、返礼品競争ではなくまちの魅力の発信。この言葉を胸に、制度本来の道をひたむきに歩んでいく。