Yahoo!ニュース

コロナ禍で注目 農村観光と進化する古民家宿 日本遺産のまち・丹波篠山

提供:兵庫県丹波篠山市

最終更新:

「日本の原風景」のような景観が色濃く残る兵庫県丹波篠山市。古民家宿が続々と開業している

新型コロナウイルスの影響により、観光業界が大きなダメージを受ける中、京都、大阪、神戸から約1時間の距離にある兵庫県丹波篠山市では今、市内に数多く残る古民家を活用した宿が人気を博している。1棟貸しが多く、コロナ禍の中で他の客と接触することが少ないというメリットもさることながら、人々が求めるのは、自然の中で都市部では見られないものを見つけて心が震える瞬間と、ゆったりと流れる時間や住民との何げない交流。かつて、「何もない」と言われた農村に価値が見出され始めている。背景には、宿泊だけではなく、特色のあるサービスを展開するなど、さまざまな"進化"を続ける宿のこだわりがある。注目を集める古民家宿の現状を探った。

かつての主流は団体客 コロナ禍で変化

民謡「デカンショ節」と日本六古窯の一つ「丹波焼」で、2つの日本遺産に認定されている丹波篠山市。ランドマークは徳川家康が普請した国史跡・篠山城跡で、日本農業遺産にも認定された丹波黒大豆をはじめ、マツタケ、栗、山の芋などの農産物が有名だ。特に10月は黒枝豆のシーズンで、都市部から多くの人が詰めかける。

コロナ以前は京阪神などの都市部から大型バスに乗って日帰りで訪れる団体客が主流だった。しかし、団体客はコロナ禍によって激減。代わって目立ち始めたのが自家用車での観光と、古民家宿への滞在だ。関係者は、「確実に利用が増えた」と話す。

ジビエ肉を使ったバーベキュー。シカ肉はモモ、イノシシ肉はロースがおすすめだそう

「こんなにおいしかったなんて」ジビエ+古民家

築約100年の古民家宿の庭で炭がいこる(炭が赤くなった状態を指す方言)。ジュージューと音を立てながら、次々と焼きあがっていくのはシカ肉やイノシシ肉。「こんなにおいしいなんて知らなかった」―。地ビールで乾杯した家族から感嘆の声が上がった。

古民家でジビエが味わえる「うめたんFUJI」は、2019年にオープン。丹波篠山市東部の大藤地区にあり、緑に囲まれた立地だ。

「お客さんがここで何をされるか、ですか? そうですね、まずは散歩。集落を歩いて回るだけですが、みなさん必ずされますよ」。オーナーの梅谷美知子さん(37)はそう言って笑う。オープン早々にコロナ禍となったものの、週末は安定して客があり、夏休みの8月はほぼ予約で埋まった。

客の大半は親子連れ。子どもたちは虫捕りや川遊び、野菜の収穫体験などを満喫し、サワガニやクワガタを捕まえては目を輝かせる。大人は地元で採れた野菜や肉を使った夕食と地ビール、地酒を楽しみにやってくる。大型リゾートにはない感動がここにはある。

共通しているワードは、「ゆっくり」で、他の観光地を訪れずに来る人が多いそう。代わりにSNSを使った下調べは入念で、「以前の観光は、ルートが決められているなど、型にはまったものだったと思いますが、今は、『フキみそを作りたい』など、それぞれが興味を抱いているものを求めて来られるように変わった気がしていて、なるべく求めに応じて案内できるようにしています。それと『何もないのが良い』という人も多いですね」。

築約100年の古民家を活用した「うめたんFUJI」とオーナーの梅谷さん

「客あるか?」 10分後に大量のトマト

元同市地域おこし協力隊員の梅谷さん。「農村へのインバウンドツアー」をテーマに起業を目指して活動し、ツアーの拠点として宿を開業した。売りに掲げたのはジビエ料理。丹波篠山はイノシシ肉を使った「ぼたん鍋」が有名なこともあり、シカ肉も含めて市内で食べるジビエの味に感動したという。「丹波篠山は素材が格段に違う。友だちの猟師から仕入れる肉は最高で、食べた人はほぼ100%おいしいと言って下さいます」

市内でも過疎と高齢化が進んでいる集落。オープンが決まった際には、「こんなところに誰が来るんや」と笑われた。そこに今、都市部から人々が通いつつある。

今では近所の人が掃除を手伝ってくれるようになった。「明日は客あるか?」と電話が入って、10分後には大量のトマトが届けられることも。梅谷さんは、「地域の方々も少しずつ、ここに魅力を感じる人がいるということを分かってきてもらっているのではないでしょうか」。ジビエを武器にしつつ、さまざまなニーズにきめ細やかに応じ、地域でできる新たな体験を発掘するなど、独自の路線を開拓している。

「羽休めに」素朴さ+ラグジュアリーな空間

油問屋を改修して誕生した古民家宿「福住宿場町ホテルNIPPONIA」の一室。落ち着いた空間が広がる

宿場町のたたずまいを色濃く残し、国重要伝統的建造物群保存地区にも指定されている同市福住には、元油問屋の古民家を再生した宿「福住宿場町ホテルNIPPONIA」がある。テーマに掲げるのは「田舎リゾート」。古民家と言えば素朴な印象を持つが、ここは素朴さに加えて、ラグジュアリーな空間へと進化させている。

のれんをくぐって建物に足を踏み入れると、外観からは想像もつかない異空間が広がる。いすやテーブルまで、調度品の一つ一つにこだわりを感じさせるレストラン。オープンキッチンからはシェフの手さばきが見え、料理の香りが漂ってくる。テーブルに並ぶ丹波焼の器には、黒大豆やマツタケをはじめ、野菜や牛肉など、地場産の素材を生かした料理が盛り付けられる。

敷地内には計7部屋があり、茶室や蔵などを改修した部屋もある。落ち着いた空間には、「観光」よりも、「羽休め」といった言葉が当てはまる。建物、食、そして空気―。五感の全てで丹波篠山を味わうことができる宿は、以前から高い評価を得ており、コロナ禍の中でも客足に大きな変動がなく、新規の顧客も出始めているという。

「夕日に染まる古民家の町並み、空に流れる天の川、目の前を飛ぶホタル、田園風景。そして、地元の方々との触れ合い。お客様はそういった心がほっこりするものを求めて来られます」。そう語るのは、同ホテルの福田正一郎さん(30)だ。

NIPPONIAを運営するのは、「バリューマネジメント株式会社」。古民家などを再生し、その建物が残る魅力あるまち全体をホテルに見立てる手法で運営しており、全国各地で20施設を展開している。

「スタッフがこのまちの魅力を語れないといけません」と熱い思いを語る福田さん

サービスの根幹「このまちを語れるか」

このホテルで味わえるのは、この地の日常。大人にとっては、伝統的なまちなみの中でタイムスリップしたような感覚に陥り、子どもたちは目に入るもの全てが新鮮だ。訪れる人たちは、やはり、まちを歩く。そして、日常生活を送っている人々と交流する。「こんにちは」「ゆっくりしていって」―。この何げない会話こそが、魅力あるコンテンツとなっている。

また近年、福住地区では古民家を改装したイタリアンレストランやコーヒーショップ、ベーカリー、ガラス工房などが続々と開業し、まるで「職人のまち」になりつつある。宿泊客の中には店を目的にリピーターになる人もいるという。

「人をベースにして集客する力がここにはあります。散歩に出た人が地域の人に野菜をもらって帰ってくることもしばしば。また、近隣にあるお店はとても評価が高く、そこの店主との交流もまちの魅力。おすすめできない店がないほどで」と福田さん。

そんな顧客を受け入れる上でこだわっているのは、スタッフが提供するサービスの質。ラグジュアリーな空間を演出するためには、建物や調度品のみならず、スタッフの細やかな気遣いが重要になる。婚礼事業も展開している同社。スタッフは研修で社会人としての基礎を学ぶほか、実際の婚礼会場でサービスをインストールし、「顧客に向き合う」ことを大切にした同社の考え方を自分のものにしてから各地のホテルに出向く。

そして、福田さんが考える質の根幹には、「まちを語れるかどうか」があるという。「ただ単に古民家を再生して宿にすればいいのではなくて、私たちがこのまちが持っているポテンシャルについて語れないと魅力を伝えらえない。そのためにも宿として地域とより深く関係を築き、連携していきたいと考えています。私たちはこのまちのおかげで仕事ができているのですから、それらをより生かし、お客様の満足度をさらに高めていきたいですね」

消滅しかけの集落 今では年間800人宿泊

「変わらないことが、この場所の特徴です」と語る集落丸山の佐古田さん

現在、市内には数多くの古民家宿が開業しているが、その原点と言えるのが2009年に開業した「集落丸山」。市内最高峰の多紀連山に向かって細く伸びた谷筋の最深部にある小さな村は、古民家が立ち並び、「日本の原風景」という言葉がマッチする。計3棟の宿は、本来の居住空間を生かしつつ、現代的な機能も取り入れた造り。デザイン性も高く、映画「岬のマヨイガ」に登場する家のモデルにもなっている。

開業前、12戸の民家のうち7戸が空き家で、暮らしていたのは5世帯19人のみ。高齢化も進んでおり、集落として「消滅」しかけていた。そこに今、年間800人もの宿泊客がやって来る。

「丸山は『背伸びしないこと』を大切にしています。もともと消滅しかけていた村を元気にしようと始まった事業なので、運営やサービスを通してみんなが疲れてしまっては意味がないんです。ですので、やっていることは開業した時からそれほど変わっていません。それを理解して来て下さるお客様が多くて、とてもありがたいです」。住民らで組織するNPO法人「集落丸山」の佐古田ちどりさん(39)は、そう言ってほほ笑む。施設は同法人と中間組織の一般社団法人NOTEで共同運営している。

開業1年前の2008年、消滅しかけていた村の将来を話し合うため、村人が総出でワークショップを開催した。そこで外部から参加した有識者などは、「農村の原風景が残っている」などと、村の良いところを住民に伝え続けた。

「私自身、ここで生まれ育ちましたが、正直に言うと、山奥で何もないところと感じていたから、『地元は丸山』というのが少し恥ずかしかったですね。けれど、たくさんの人が、住民が気付いていない丸山の良さを根気よく伝え続けて下さって」(佐古田さん)

もしかすると、ここには魅力があるのかも? そう感じた住民たちは一念発起。空き家を改修し、古民家宿として運営することにした。ベッドメイキングや朝食作りなども住民が担うなど、住民の大半が運営に携わっている。最高齢は80歳代で、ご飯のお供になくてはならない漬物を仕込んで提供している。もともと集落内にあったそば店も運営に協力しているほか、住民の思いに共感したシェフが蔵を改装したフレンチレストランをオープンするなど、さまざまな支援が相次いだ。

子どもたちにとっては、虫捕りなど自然の中で自由に遊ぶことがアクティビティー

耕作放棄地解消 ゆるやかに進む「村の進化」

丸山で体験できるアクティビティーの筆頭はやはり散歩。他にも村人が講師を務める木のおもちゃ作りや、ピザ窯を使ったピザ作り、旬の時期には黒豆の収穫体験など、今、ここにあるものを生かした体験を提供し続け、少しずつ宿泊客が増えていった。

そして、奇跡のような出来事が起きた。都市部から訪れた客の中から、過疎や高齢化で生まれた村内の耕作放棄地を使い、黒豆や有機野菜を育てたいという人が現れた。そして、耕作放棄地がなくなった。宿泊客から一時的な「村人」へ。「こんなことになるとは思ってもみなかった」。誰もが目を丸くする。

開業から10年が過ぎ、佐古田さんは、「ここに来られた方が、丸山のことを褒めて下さったり、『心が洗われた』と言って下さったりする。それが村人の自信や誇りにつながっていく。最近では法人の事業として、植林が多い里山の景観向上のための広葉樹化やワサビ栽培なども考えています」

以前からある変わらないものを住民と外部の人が共に磨き上げ、評価を受けることが、「もっと村をよくしよう」という意識につながり、少しずつ村が変わっていく。そして、より良くなっていく村を宿泊客も見守り、一緒に楽しむ。古民家宿を通して、ゆるやかに進んでいく「村の進化」も、丸山の魅力の一つだ。

市観光交流課は、「自分たちが気づいていなかった丹波篠山の良いところを、観光客や移住者から気づかせてもらっている。これからも良いところを守りながら、住む人が地元に愛着を持ち、来る人もそれを楽しみに来るようなまちにしていきたい」と話す。

また、コロナ禍にあって昨年の10月は過去最多となる58万人が同市を訪れた。「マイクロツーリズム(自宅から近い場所への観光)の対象に選んでいただいた。観光客の価値観も変わってきているので、古民家宿を通して、京阪神だけでなく全国の人々に丹波篠山の良さを知ってもらえれば」とし、「丹波篠山は、雑誌やパンフレットでも多数取り上げられるようになってきた。SNSでも情報を発信しているので、ぜひご覧いただきたい」と呼びかけている。