北海道の東側、オホーツク海に面し広大な牧場地が広がる網走市で、1人のジェラート職人が世界を舞台に活躍している。網走市呼人(よびと)のジェラート専門店「ジェラテリア Rimo」でオーナーシェフを務める、高田聡さんだ。
世界大会で2度優勝に輝いた高田さんは、自身の経験や出会いをもとにしたオリジナルのジェラートを次々と生み出し、網走市外にもファンを増やしている。しかしジェラート職人としての一歩は、大きな失敗から始まっていた。
「一年で閉店」失敗から心機一転
高田さんが初めてジェラートに携わったのは2007年。神奈川県の大学の工学部に通っていた頃に、1998年創業した人気ジェラート店「リスの森」を営んでいた高田さんの祖父に声をかけられ、人生の転機が訪れた。「千歳店の立ち上げをやってみないか?」
「当時は若くて、知識がないのに根拠のない自信がありました。なんでもできると思い込んで、店づくりも味づくりも全てを甘くみていたんです」と高田さんは振り返る。わずか1年で莫大な借金を抱えて閉店し、地元へ戻り一念発起して修行を開始。どこに出しても"美味しい"と言われる味を目指し、レシピ作りを一から見直してひとつひとつの材料について研究を重ねる日々をスタートさせた。
そんななか、横浜でジェラートを販売した際に非常に良い反響を得たことをきっかけに、世界大会を目指すことになったという。
「当時はジェラート作りに"職人"といったイメージはほとんどありませんでした。"職人ごとにこだわりや個性がある。やり方も味も違うからこそ、美味しいジェラートができると広めたい"という想いがありました」。
2つの世界大会でチャンピオンに
その想いを胸に挑んだ2017年の「Sherbeth Festival(シャーベス・フェスティバル)」でアジア人初優勝を飾り、その2年後の2019年には「MIG Gastronomie Gelato Contest(ガストロノミージェラートコンテスト)」というコンテストでも見事優勝。日本人唯一の世界大会二冠を達成した。
「Sherbeth Festival」の優勝作品「凪(なぎ)」は、抹茶やシチリア産ワインを組み合わせ、さらに地元網走のコーヒーショップと開発したというコーヒー豆を使用したというフレーバー。日本とイタリアの伝統を融合したこのジェラートが、審査員や一般客のハートをがっちりと掴んだのである。
「その土地に住む人たちが"食べて美味しい"と感じるものを作ることを心がけることが強みだった」。そう振り返る高田さんは、世界大会後、自分に対して"根拠のある自信"が持てるようになったと話す。
目指すのは"複雑で遊び心のある"ジェラート
2020年6月に誕生した新商品「Ibara(いばら)」からも、高田さんの引き出しの多さと発想の柔軟さが存分に伺える。なんとこのジェラートには、カニの殻を使用しているという。網走名物の"カニのカラ酒"という、「日本酒の熱燗にカニの殻を漬けて飲む日本酒」をイメージしたこのフレーバーは、香りを立たせるために焙煎したピスタチオと組み合わせられている。カニとピスタチオ...めったにお目にかかれないこのペアリングは、まさに高田さんならではの発想だ。
「とにかく食べることが好きなんです。今まで食べてきたものの引き出しを組み合わせることでジェラートに複雑さや遊び心をプラスして、面白いジェラートを楽しんでもらいたいですね」。
様々な材料、さらにはその配分をとことん試すという高田さんは、まるで科学者のような目線でジェラート作りを語る。海外に訪れた際には現地のものはなんでも試し、隠し味や香りの材料を尋ねることも多いそうだ。
牛乳作りに適した網走の環境性
Rimoではチョコレートや砂糖など、その材料一つ一つにまでこだわりを追求している。そんなジェラート作りを支えるのは、地元網走の食材だ。ジェラートの命とも言える牛乳は網走市内「岩本牧場」のものを使用。濃厚で乳脂肪分がありながらもスッキリとした味わいが特徴で、高田さんは自ら牧場に足を運び、搾乳体験など牛乳の勉強も進めている。
「自分の牛乳が形になるのが嬉しい」と話すのは、岩本牧場の岩本さん。夏も涼しい北海道の気候に加え、網走では海からの爽やかな風がそよぎ、牛にストレスがかかりにくい。さらに質の良い干し草や麦わらも大量に手に入る環境と細やかな管理が、良い牛乳作りに繋がっているという。
岩本さんは、高田さんについて「世の中の流れをよく観察していて、次にどう展開するか、目の付け方が鋭いですね。牛乳に対する想いを汲んでくれているのが伝わります」笑顔で語ってくれた。
世界を見据えて...網走ならではの魅力を発信
取材日Rimoに訪れた女性は、ツーリングが趣味という埼玉県からのリピーター。「楽しい見た目に、種類豊富で珍しいジェラートがあるので何度来ても楽しめる。自宅近くにも出店してほしいくらいですね」とRimoのジェラートの良さを話す。
次は"三冠"を目指し、勉強を重ねているという高田さん。
「Rimoのジェラートは日々レシピが変わっています。日々少しずつレベルをあげていく作業は日々成長に繋がっており、技術やアイデアの習得が必要です。つまり僕も止まることなく、進み続けないといけないんです」
「ジェラートは僕の人生を変えてくれた、僕にとっての"柱"ですね。海外でも網走の空気感を感じて欲しいし、ジェラート業界にも良い影響をもたらせたらいいなと思っています。柱は伸ばしていかないと意味がないので...成長と挑戦を続けていきたいですね!」コロナ禍で実現はしていないが、店名を「リスの森」から「Rimo」に変更するなど、海外出店の計画も着々と進めているそうだ。さらに、旅行が難しい状況でもRimoの味を楽しめるようオンラインの販売にも注力している。
かつての網走がもつイメージである「流氷」や「監獄」に、「美味しいジェラート」が加わる日はそう遠くないだろう。