企業によるSDGs(持続可能な開発目標)達成に向けた取り組みが広まっている。17の目標の中で、働く人々にとって業界を問わず身近なのは「ジェンダー平等を実現しよう」だろう。日本でも女性活躍推進は今や当たり前のことになった。
しかし、変わりゆく時代の流れに身を置きながら、「"活躍"とはどういう状態なのだろう?」と立ち止まった経験のある人も少なくないのでは。女性を活かす環境や組織のあり方を、建設会社に勤める女性社員のインタビューから探ってみよう。
話を伺ったのは、免震技術のパイオニアとして知られる総合建設会社、奥村組の西雪美樹(にしゆき・みき)さん。現場監督を経て、現在は営業職として活躍している。プライベートでは3人の子どもを育てる西雪さんに、建設業を志したきっかけや仕事のやりがい、また出産・子育てにおける会社のサポートを聞いた。
聞き手を務めたのは、若者からの支持を集めるモデル・長谷川ミラ。ラジオ局J-WAVEで『START LINE』も担当し、サステナブルにまつわるトピックを積極的に発信している。
奥村組は大阪に本社を構える総合建設会社。今回のインタビューは、茨城県・つくば市にある同社の技術研究所で実施した
「トンネルの工事屋さんになる!」幼い頃からの夢を実現
ビルやマンションなどの建築工事、トンネルや地下鉄、下水道などの土木工事を全国で展開する奥村組に西雪さんは土木職として入社。「土木はかっこよく言うと、地球に彫刻をする仕事」と西雪さん。「土木女子=ドボジョ」というキャッチ―な言葉が使われ始める前の幼少期からこの仕事に興味があったそうだ。
西雪:物心ついたときから、土木の仕事に就こうと決めていたんです。大学も工業大学の土木学科を専攻したので、奥村組への入社を志望したのは自然な流れでした。
長谷川:どうして、そこまで土木の仕事に惹かれたのでしょうか?スケールの大きい仕事がしたかった、とか?
西雪:小さな頃から好きだったみたいで、私自身は覚えてないんですけど、祖母から「美樹ちゃんは小さい頃から『トンネルの工事屋さんになる』と言っていたよね」と言われました。トンネルを通ると「このトンネルのおかげで数時間かかる道のりが、ほんの数分で行けるようになったんだ!」というような感動を覚えるんですよ。
長谷川:トンネルを通って、そんなふうに思ったことがなかった(笑)!
西雪:ですよね(笑)。
性別ではなく "個人の素養"を見る奥村組へ
土木の仕事を夢で終わらせず、大学でも土木を専門的に学んだ西雪さん。土木技術職として従事する条件は整っていたが、2004年の就職活動時は「女性の採用枠がない」という壁にぶつかったこともあった。
長谷川:建設業界は男性ばかりの職場というイメージも一般的にはありますが、不安はなかったですか?
西雪:建設業の仕事は、現場で施工管理を行う、いわゆる現場監督だけじゃなく、内勤部署で工事計画をしたり図面を描いたりする仕事もあって、さまざまです。私が志望していた現場監督は、今では女性も増えましたが、当時は本当に少なかったですね。それこそ男性ばかりの環境だし、現場にもしょっちゅう出るから夏は真っ黒に日焼けするし、志望者も少なかったと思います。そもそも、「女性の採用枠がありません」と言われてしまったこともあって。
長谷川:でも、奥村組は違ったんですね。
西雪:そうなんです。「個人の資質を見て採用するかを判断するので性別は関係ありません」と言ってもらえました。熱意だけは誰にも負けない自信があったので、面接で「ものづくりがしたいので、現場に立ちたいです!どんな仕事でもがんばります!」と思いの丈をぶつけたんです。
奥村組の西雪美樹さん。現場監督を経て、現在は営業職。3児の子育て中
長谷川:実際に働いてみてどうでしたか?
西雪:毎日、現場に出られるのがすごく嬉しくて。「つらい」「しんどい」というよりも、ものづくりに携わるやりがいの方が大きかったですね。女性だからと特別扱いされることもなかったですし、働きにくいといったことは、まったくありませんでした。分からないことばかりで、ベテランの作業員さんに「段取りが悪い!」と叱られて落ち込むこともありましたが、「良いものをつくろう」という熱い思いで団結した仲間として、先輩社員や作業員さんをはじめとする工事関係者の方々みんなに育ててもらえたと思っています。
長谷川:いいエピソードだし、いい会社なんですね。
西雪:そうですね。奥村組の「人を大切にする」という社風あってのことだと思います。会社のロゴマークも「人」なんですよ。トンネルや道路、建物自体は無機質だけど、それを活用するのは人。「人のためにものづくりをする」、さらには社員という「人」も大切にする、という思いが込められています。
長谷川:どんなときに達成感を覚えますか?
西雪:やっぱり完成したときですね。トンネルや高速道路が開通して車が走り始めたときは、それまでの苦労が報われた思いがすると同時に「自分たちがつくりあげたものが、これから多くの人の暮らしを豊かにするんだ」と、心が躍ります。
長谷川:仕事のスケールが大きいですし、完成したときの感動は大きそうですね。ちなみにいちばん思い出深い現場は?
西雪:名古屋の高速道路の現場は思い出深いですね。地元でもありましたし、入社して3年が過ぎて施工管理の仕事も分かってきたので、ものづくりに貢献できていることを強く実感できました。家族とその高速道路を車で走ると、子どもに「ここは私がつくったんだよ」って自慢しちゃいます。建設の仕事は、「道路ができたから大切な人に会いに行きやすくなった」というように、人の可能性も広げられる、やりがいのある仕事だと思います。
3児の母。子育てと仕事の両立に、会社のサポートは?
聞き手を務めた長谷川ミラ。モデルであり、サステナブルな素材を用いるブランド「ジャム アパレル(JAM APPAREL)」も手がける。J-WAVEでは『START LINE』を担当
西雪さんの話からは、奥村組が性別に関係なく、熱意を持つ誰もが活躍することができる会社であることが伝わってくる。西雪さんは現在、11歳、9歳、6歳の子どもを育てる母でもある。時に作業着で出かける姿を子どもたちは「かっこいいね!」と言ってくれるとか。仕事と子育てを両立するにあたっては、人を大切にする社風を肌で感じたそうだ。
長谷川:今、男女問わず働く人にとって、仕事と子育ての両立が課題になっていると思います。西雪さんはいかがでしょう。
西雪:私は以前から「子どもは3人ほしい」と公言していました。実際に3人の子どもの親となり、今も仕事と子育てを両立できているのは、会社に産休や育休などの制度が整っていることはもちろんですが、そうした制度を活用しやすい企業風土があることも大きいと思います。施工管理よりも時間的に柔軟な働き方がし易い営業職を希望し、3度の産休、育休を経た現在も、職場のみんなや家族の心強いサポートもあって、子育てと両立しながら頑張ることができています。ちなみに、子育ては女性、男性ともに行うことなので、男性でも育児休暇を取得していますよ。あと、社内にダイバーシティ推進部があって、アンケートやヒアリング、意見交換会を通じて全国の社員の声を拾い上げています。こういった取り組みが、充実した制度づくりにつながっているんだと思います。
長谷川:会社にダイバーシティの精神が根付いているんですね。
建設会社だけど...ふぐを養殖!? 多角的なSDGsへの取り組み
奥村組は、ジェンダー平等以外のSDGsにも積極的だ。環境に配慮した設計・施工といった建設業の要はもちろん、新規事業でもSDGsに貢献していく。
西雪:最近、ふぐの養殖の研究を始めたんです。
長谷川:ふぐって、魚のふぐですよね? 何だか意外な角度からの取り組みのような気も。
ふぐを養殖している水槽。実証実験により水浄化システムの構築を目指す
西雪:そうですよね(笑)。ただ、まったく意外でもないんです。建設事業に取り組む中で、地方の高齢化に伴って耕作放棄地が増えたり、漁業従事者の減少だったりという社会課題に目を向けるようになりました。そこで、地方活性化にもつながる新規事業として取り組み始めたのが、ふぐの養殖です。
長谷川:養殖が地方活性化に繋がるんですか?
西雪:はい。ここでは、水槽の海水を循環させて再利用しながら魚を育てる「閉鎖循環式陸上養殖」の実証実験を行っています。この養殖方式は、海を汚さないので環境負荷が少ないだけでなく、場所を選ばずに行えるという利点があって、地方で暮らす人の新しいビジネスの可能性を広げられると思うんです。水槽で養殖する場合、そのままにしておくと、えさや排泄物で水が汚れてしまいます。なので、水を微生物の力を使ったろ過システムを用いて浄化し、循環させて繰り返し使用します。当社は実証実験を通して、水浄化システムの構築を目指しています。SDGsの目標14「海の豊かさを守ろう」に貢献するとともに、本業の建設業として行っている土壌汚染対策や工事排水の浄化、下水処理技術などにも応用していきたいと考えています。
長谷川:本業の建設業とはかけ離れているようでいて、関連があるんですね。そして「人」のためという理念も変わらないんですね。
西雪:そうですね。奥村組は人の暮らしを豊かにし、社会から必要とされ続ける企業を目指しています。ちなみに、地震の揺れから人や建物を守る免震技術というものがあるんですが、奥村組は日本で初めて実用免震ビルを建設した会社で、今まさに私たちがお話しているこのビルがそうなんですよ。
左手奥が、日本初の実用免震ビル
建物地下にある免震装置。奥村組は世の中の免震への関心が低かった1980年代からいち早く研究を開始
長谷川:この構造が私たちを地震から守ってくれるんですね!
西雪:建設業の仕事は一言で言うと「社会基盤を支えるインフラの整備」ですが、このインフラは、暮らしを豊かにするだけでなく、災害からも守ってくれます。社会に大きく貢献しているという誇りを持って、日々仕事に向き合っています。
長谷川:道路もトンネルもビルも、日本は当たり前のようにインフラが整っているから、「人によって守られているんだ」と気づきにくいけど、海外に行くとそのありがたみをすごく感じます。今日お話を聞いて、これから道を歩くときの景色が少し変わりそうです。
研究所敷地内には、生物多様性の保全に関する研究拠点として、ビオトープが整備されている
取材・文=末吉陽子、撮影=竹内洋平