Yahoo!ニュース

"建築ミュージアム大分県"の建物探訪 磯崎新に坂 茂...世界の巨匠の作品が集結

提供:大分県

最終更新:

自らが手がけた「大分県立美術館(OPAM)」でインタビューに答えてくれた坂 茂さん

大分県には東京駅の建築で有名な辰野金吾さんや、国内外の美術館・博物館などを手がけてきた黒川紀章さんといった、日本が誇る建築家の建物が多く存在する。県まるごと"建築ミュージアム"と言っても過言ではないほど名建築が見られるなかで、最も多く現存しているのが大分県出身の世界的建築家・磯崎新さんの作品だ。磯崎さんの作品に魅せられて学生時代に大分県を訪れ、後にここで数々の建造物を手がけたのが、今や世界的に活躍する建築家の坂 茂(ばん・しげる)さん。大分県は日本で最も、坂さんが手がけた建物が多い県だという。ずっと街の人に愛され、多くの人が集う建物に必要なものとは――坂さんに建築の持つ力について伺った。

"街に開かれ、人が自然と集まる美術館"に挑戦

ラ・セーヌ・ミュジカル(フランス・パリ)やポンピドー・センター・メス(フランス・メス)などを設計し、1995年に起きた阪神・淡路大震災以降は建築分野における災害支援にも取り組んできた坂さん。地方都市に行った時にタクシーに乗っていて、そこに建つ劇場や美術館を見つけ、運転手に誰が造ったのか問うという。返ってくるのは建設会社の名称ばかり。どの建築家が設計したかは誰も興味がなく、もちろん、出来上がってもお客を連れて行く以外訪れることはない。それが現実だった。誰でも気軽に、行くつもりがなくてもふらっと立ち寄れる場所を造りたい。その課題を解決すべく完成したのが、大分県立美術館、愛称「OPAM(オーパム)」だった。

街の"顔"にふさわしい、大分県産の木材を使った外観が印象的な「OPAM(Oita Prefectural Art Museum)」

設計前に大分県・大分市を訪れた坂さんは、建設予定地が市の重要な大通りであることを知る。「私たちはこういう大通りにはストリートファブリックがあると考えていて、OPAMの外観は街の顔になるように、ファブリック――帯状に周囲の建物とファサード(建物正面のデザイン)を繋げるべきだと感じました」。特殊な形状の建物を造るのではなく街に溶け込み、さらに家の縁側のように開けていて、どこからでも人が入れる場所にしたい。その想いが、大開口部を備え、外から中の様子が伺い知れるオープンなデザインへと繋がった。

周囲の景観との調和とコントラストを備えた「由布市ツーリストインフォメーションセンター(YUFUiNFO)」

坂さんが次に手がけたのは、由布市の由布院駅前にあるツーリストインフォメーションセンター、愛称「YUFUiNFO(ゆふいんふぉ)」だ。これまで同様、「建築で街の問題を解決する」という観点から見ると、現状の由布院駅舎は待合室もインフォメーションも、国内外から押し寄せてくる観光客であふれていて収容しきれていない、という課題が明らかになった。任された新プロジェクトのコンセプトは「みんながゆっくりと過ごせて、観光の情報を探せる場所」に定めた。

隣に建つ磯崎新さんの建築とハーモニーを奏でるクロスヴォールト構造

建設予定地は、磯崎新さんが手がけた駅舎のすぐ隣。観光客にとって開かれた建物であると同時に、隣にある駅舎から続く建物のバランスとコントラストを意識して設計したという。駅舎に活用されたクロスヴォールト構造(かまぼこのような半円状の筒を交差させる構造)と同じく、「YUFUiNFO」もクロスヴォールトの連続で構成されている。また、電車から降りなくても建物が見え、建物の中からも電車が見えるよう壁面を全面ガラスにし、街に開かれた建物であることを印象づけた。さらに、2階のテラスからは、由布市の象徴である由布岳が一望できるのだ。まさに、この場所でしかできないことを実現した建物である。

インテリアまでデザインしてこそ建築が完成する

2019年に落成した温泉施設「クアパーク長湯」は、訪れるお客が楽しめる意匠があちらこちらに施されている。地元住民が集えるイベントスペースに、と建物入口を広々ととり、メインの温浴施設には歩きながら入浴できる半屋外のバーデゾーン(水着浴ゾーン)を設けた。お客は川のせせらぎを聞き、四季折々の景観を楽しみながら入浴できる。また、子連れの家族が快適に長期滞在できるよう、宿泊コテージにはハシゴで上り下りできる"隠し部屋"のような中二階を造った。室内は折りたたみ式のベッドやテーブルで空間を有効に使え、浴室は壁面2面が開放できるので露天風呂感覚が味わえる。隅々までお客にとって嬉しい心遣いばかりだ。

「クアパーク長湯」の全景、レストランの内装には紙管が使われている

坂さんならではの気配りはまだある。併設されたレストランの内装やインテリアには「YUFUiNFO」や「OPAM」と同じく紙管を用い、さらには購入またはレンタル用の施設オリジナルの水着も知人のデザイナーに依頼した。「建築は外と中が連続しているもの。インテリアまで手がけてこそ、建築が完成する」と坂さんは話す。しかも、なるべく地元のものを活用して、地元の人が憩える場所を造るといい、実際に「OPAM」には国東市名産の畳の材料、七島藺(しちとうい)や佐伯市の石などが用いられている。

災害現場の避難所の支援に「動都」構想...社会に役立つ建築とは

これまで街の人のための建物を造り続けてきた坂さんでも、「建築家はあまり社会の役に立っていないのではないか」と考えてきた。公共の施設にしても個人宅にしても、建築家は財力や政治力のある人たちのために設計しているからだ。「もっと一般市民や、災害で家を失った方々の住環境を良くするのも建築家の役割」だと、坂さんは建築分野での災害支援にも取り組んでいる。プライバシーのない避難所生活のために造った、紙管と布の間仕切りがその最たるものだ。大事にしているのは自ら現場を訪れ「場所の良さ・悪さを建築で改善する」こと。その姿勢は他の建造物の設計と変わらない。

坂 茂さんがデザインした間仕切り(令和2年7月豪雨の際、熊本県人吉市にて)。全国の避難所でも活用されている (c) ボランタリー・アーキテクツ・ネットワーク

今、坂さんは、災害に強いまちづくりのための仮設国会議事堂を全国に動かす「動都」を提言している。国会の開催期間は年間150日程度、国会議員は全国から集まっているから交通網さえあれば開催地はどこでもいい。4~5年おきに動都すれば、都市の一極集中、地方創生、インフラ整備、災害リスクの問題を解決できる有効な手立てになると考えている。

建築に必要なのは「光と風」そして「フレキシビリティ」

建築を通して、その場所や環境の問題を解決に導いてきた坂さんに、人々が心地良いと感じる建築には何が必要かと尋ねると、「光と風」だと返ってきた。光があり、影ができて、それが1日のなかで動いていく。そして風が通り、中と外が連続していること。「海外のカフェによくある屋外のテントの下、日本の住宅でいう縁側が、人間にとって居心地がいい空間」だと話す。視線の先には、広々とした出入り口を開放した「OPAM」の"縁側"があった。中から外が見え、外からも中が見え、光が入り、風が通っていく。そこに集うのは笑顔の街の人々だった。

「OPAM」1階の水平折戸を開くと、外と中がゆるく繋がる空間に

そしてもう一つ、「開放性とフレキシビリティが大切」だと言葉を続ける。「人が季節に合わせて洋服を脱ぎ着するように、季節毎に変化する建築を造りたい」と坂さん。居心地の良い空間があれば人は集まってくる。建築とは単にハコを設計するのではなく、空間を生み出すものなのだ。では、そういった建築物をさらに楽しむには、と尋ねると、「設計された趣旨や工夫されたところを知ると、より面白いと思いますよ」と教えてくれた。

坂さんをはじめ、たくさんの建築家が造ってきた、大分県の"建築ミュージアム"。心地良い空間を体感しに、あなたも出かけてみては。