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「芸術×観光」成功にかける思い――現代アートと音楽の街・別府と日本遺産の国東半島、独自の取り組み

提供:大分県

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不動山の五辻不動堂からは国東半島や姫島、瀬戸内海の島々が一望できる

温泉の源泉数・湧出量ともに日本一を誇り、年間約900万人もの観光客が訪れる大分県・別府市は今、芸術文化を通した地域活性化で全国から注目されている。世界最高峰のピアニスト、マルタ・アルゲリッチ氏を総監督とする日本三大音楽祭の一つ、「別府アルゲリッチ音楽祭」のほか、世界の著名なアーティストも作品を披露するアートイベント「in BEPPU」「ベップ・アート・マンス」が毎年開催され、多くの観客を呼び込む。その成功事例から、カルチャーツーリズムの振興やDMO創出なども期待されている。別府市に隣接する国東半島は古来、日本遺産にも認定された仏教文化が花開き、多くの史跡や文化財がその繁栄を今に伝える。別府と国東半島をめぐり、現代アートや音楽の独自の取り組みと仏教文化の魅力に迫る。

世界遺産級の寺社仏閣や史跡が集まる
仏教美術のルーツ【国東・六郷満山】

別府市から車で約1時間。大分県北東部に位置する国東半島は、「六郷満山」と呼ばれるように、古くから両子山を中心に開かれた六つの郷に多くの寺院が栄えた。宇佐八幡宮の強い影響もあり、神仏習合の文化・慣習が脈々と息づいてきた場所だ。

平安時代後期に建てられたとされる国宝の富貴寺大堂

半島一帯には、多くの霊場が点在し、山中には数々の修行の場が設けられ、「峯道」が各地を結ぶ。この峯道をめぐる修行「峯入行」は今も10年に一度行われており、国宝や国・県の重要文化財に指定されている数々の仏教美術は多くの人を惹きつけてやまない。なかでも、平安時代に建てられた国宝富貴寺大堂は四季折々で美しい姿を見せる人気スポットだ。九州最古の木造建築で、内部の阿弥陀如来や貴重な壁画など見所が多い。

音楽で人を呼び地域を豊かにする「アルゲリッチ音楽祭」

世界的ピアニスト、マルタ・アルゲリッチ氏の深い思いに共感した人々が集う (C)Rikimaru Hotta

大分県の芸術文化事業に大きく貢献してきたプロジェクト「別府アルゲリッチ音楽祭」の継続は「大分の奇跡」と呼ばれる。音楽界のレジェンド、総監督マルタ・アルゲリッチ氏が毎年訪れるこの音楽祭は、20周年を迎えた2018年12月にはイタリア・ローマ記念公演を大成功させた。その際、大分県の歴史文化も大いに発信し、ローマっ子達から高い関心を集めた。
地域に最高の音楽を届け、若手音楽家の育成にも力を注ぐ唯一無二の音楽祭。その総合プロデューサーを務める伊藤京子さんに話を聞いた。

「キリシタン大名として知られる大友宗麟が勢力をなしていた頃から、大分には音楽を含めて西洋の文化を受容した、という歴史的背景があります。人を呼び込むポテンシャルがあったわけです。歴史がその地で暮らす人々の気質を生み、人格をつくります。この場所だからこそ、無から有へのエネルギーが生まれる。土地に住む人に喜びや誇り、未来への希望を与えるのが音楽の役割だと認識しています」

ピアニスト同士としての親交も深い伊藤京子さんとマルタ・アルゲリッチ氏 (C)Rikimaru Hotta

私たちが人間として必要な成長や想像力、知的な刺激を得るために、音楽は普遍的で非言語的なコミュニケーションツールとして大きな役割を果たす。さらに伊藤さんは、現代の人間が失ってしまった本能や感覚を取り戻すためにも、音楽が必要だと訴える。

「音楽は相手を理解するための手段でもあります。誰一人として同じ人はいない。私たちは互いに違っていることに気づき、認め合う『寛容』を必要としています。街の歴史にふれ、自国の文化がどのように形成されたか知ることが『連帯』への第一歩です。そのなかで、人としてどう生きていくのか考える一助として、社会の中に、私たちが奏でる音楽があれば」

(C)Rikimaru Hotta

5月9日から28日までは、「音楽とSDGs~未来と出会うために」をテーマに、第22回「別府アルゲリッチ音楽祭」が別府・大分両市、東京都などで開催される。「室内楽コンサート~アルゲリッチ、キョンファと奏でる」は、アジアが誇る世界的ヴァイオリニストのチョン・キョンファ氏が初登場し、同音楽祭の総監督を務めるアルゲリッチ氏とデュオで初協演。世界的チェリスト、ミッシャ・マイスキー氏も登場する予定だ。

アートで人と人とをつなぐ「BEPPU PROJECT」

六郷満山文化が色濃く残る国東半島と別府をつなぐ芸術文化事業において、大きな動きがあったのは2009年だった。この年、国際的に活躍するアーティストを招聘し、別府に長期滞在して新しい作品を生み出す国際芸術祭「混浴温泉世界」が始まり、現在では「in BEPPU」、「ベップ・アート・マンス」といった形で、発展継続している。

森を神聖な教会に見立てた"説教壇"= La Chaire / 川俣正

また、2012~2014年に開催された「国東半島芸術祭」では、オノ・ヨーコや宮島達男など世界的アーティストのインスタレーション作品や、全国で話題を呼んでいるチームラボの映像作品を、国東半島の歴史文化に融合させた。六郷満山文化が根付く国東半島と、一見対極にありそうな現代アート。作品は芸術祭終了後もその地に残り、日本古来の文化と、その歴史文化の佇まいに著名作家達がインスパイアされて制作した現代アートが刺激しあう新しい「場」として、地域の人のみならず、多くの旅人の心をとらえている。
そうした旅人の一人、欧州を中心にする活躍するアーティスト、島袋道浩さんは「国東は土地の持つ力が大変強い場所。谷を渡る風や波の音からでさえ、様々な物語が紡げるところ」と話す。

国際温泉都市別府や、国東半島が持つ「異空間」の地力に魅了され、名立たる芸術家たちがこの地での芸術祭に参加してきた

こうしたプロジェクトを世に送り続けてきたのが別府市を拠点に大分の芸術文化事業を担うNPO法人「BEPPU PROJECT」だ。「混浴温泉世界」や「国東半島芸術祭」、「ベップ・アート・マンス」などのアートプロジェクトの企画・運営のみにとどまらず、空き物件のリノベーションやフリーペーパーの発行などを展開してきた。それらの目的とは――アートを通して、アーティストとその土地に住む人とを結ぶこと。それが彼らのミッションであり、存在理由でもある。

BEPPU PROJECTの代表理事を務める山出淳也さんは、以前はアーティストとして国内外で活動していた経歴を持つ、大分の芸術文化事業のキーパーソンだ。「混浴温泉世界」の企画をきっかけに、別府市内でアーティストのための住居スペース兼アトリエ「清島アパート」を運営し、「アーティスト・イン・レジデンス」の概念を地域に定着させた。国内外のアートプロジェクトに精通する山出さんは、大分県の芸術文化事業のあり様について次のように話している。

さまざまなアートプロジェクトを手掛ける山出淳也さん

「アートプロジェクトを取り巻く環境という視点から言えば、官民が同じ目的を持って協働しているという点で、非常に恵まれていると思います。互いに得意な分野を担っていて、例えるなら、大分県自体がひとつの株式会社のようなイメージです」

こうした官民連携が実現するからこそ、活動に持続性が生まれる。しかし、どれほど継続性のある事業であったとしても、社会に必要とされなければ意味をなさない。その観点について、山出さんは次のように語る。

「アートは無駄かもしれないけど、世の中にとっては必要なもの。アートには答えがありません。ただ、視野を変えることによって、私たちは感受性を育むことができる。人が人らしく生きていくのに、アートは欠かせない存在なんです」

山出さん率いるBEPPU PROJECTは、こうした本質的な問いを地域に投げかけながら、アーティストと地域に暮らす人々をつなぐ「ハブ」として多面的な活動を続けている。

別府駅前の油屋熊八像を囲み、温泉付きのホテルにした2017年「西野達 in 別府」撮影:田崎 真亜人 (C)混浴温泉世界実行委員会

「社会の中でアートが必要とされ続けるためには『オープンであること』が重要だと考えています。どうしたら地域の人々がより良く暮らせるのか。幸せになるのか。価値とは何なのかを、フィルターの目をもっと細かくしてきちんと『見る』 必要があります。自分の住む地域の文化を知り、誇りを持つことが人を呼び込むことにもつながります。カルチャーツーリズムの視点から考えれば、国東などの地域の文化を拠点にして、県内の地域を結ぶといった『横のつながり』が見えてくる。住民とアーティストの気持ちに寄り添いながら、地域に新しい風を吹き込むのが私たちのミッションだと捉えています」

今年も恒例の国際的に活動するアーティストを招聘した「in BEPPU」と「ベップ・アート・マンス」の開催が予定されている。

別府・国東半島の芸術による地域振興から、今後も目が離せない。