日本最古の農学系私立大学とSDGs
「ミレニアル世代」や「Z世代」と呼ばれるいまの若者たち。社会課題に関心が高いといわれる彼らは、SDGs(持続可能な開発目標)を自然に「自分ごと」としてとらえられる「SDGsネイティブ」とも呼ばれている。それを実感させるようなイベントが12月10日、都内で行われた。
場所は、東京農業大学の世田谷キャンパス(東京都世田谷区)にある横井講堂。東京農業大学は、創立130周年を誇る、農学系の私立大学では最も古い歴史を持つ大学だ。創設者は政治家で、明治政府の下、逓(てい)信(当時、郵便や通信を管轄していた中央官庁)、農商務、文部、外務の大臣などを歴任し、北海道の開拓に貢献した、あの榎本武揚である。
開催したのは、高校生対象の「東京農大SDGsコンテスト」。東京農大として初の試みで、この日は最終審査に向けたプレゼンテーションと表彰式が行われた。コンテストで募集したのは、「SDGsの17の目標を1つと、東京農業大学が掲げる60の学びのキーワードから1つ以上選択し、地域社会をより良くするために自ら考えたこと、実際に取り組んでいること、学校で取り組んでいること」。つまり、SDGsの達成に向けた日ごろの取組みや提案を発表してもらおうというわけだ。全国75の高校から寄せられた応募は論文384作品にも上ったという。
なぜ、東京農大が「SDGsコンテスト」なのか。開会にあたって江口文陽学長があいさつし、次のように述べた。
「農学は、実は幅広い領域の学問体系。東京農大では総合農学という考え方で、山頂から海洋までのフィールドで展開される農林水産業とそれを取り巻く環境や生活を研究し、朝起きたときから夜寝る時まで、生まれたときから亡くなるまで、豊かで幸せな状況を作り上げていくための学びを行っている。まさにSDGsの達成を目指す学問だ。幅広いフィールドで幅広い学びを行うそんな大学が、高校生の皆さんにも取り組みや思いを聞いてみたいとSDGsコンテストを開催した。たくさんの皆さんから素晴らしい作品が寄せられたが、今日は、その中でも優秀だった5人の方に発表していただく。豊かで持続可能な社会を皆さんの力で実現していただきたい」
東京農業大学 江口文陽学長。
高校生たちの「未来への挑戦」
続いて、最終選考に残った5人のプレゼンテーションが始まった。発言要旨を発表順にご紹介しよう。
プレゼンテーションのようす(写真は仲村拓真さん)。
阿部 悠さん(岩手県立花巻農業高等学校3年)
「二子里芋と毬花(きゅうか)を使用した長期保存可能ソーセージで農家さんの力に」
阿部さんは、毎年3トンほど廃棄されているという地元特産の二子里芋がソーセージに使えることに着目。県内で栽培が盛んなホップの毬花が抗菌作用成分を含むことから、それを用いて長期保存可能なソーセージを完成させた。産官学連携で商品化が実現し、そのソーセージを使ったウィンナードッグは地元スーパーで完売した。SDGsの目標3、8、9、11、12、17に関連し、特に9の「産業と技術革新の基盤を作ろう」が実現できたと胸を張った。
仲村 拓真さん(新潟県立佐渡総合高等学校2年)
「SDGs2飢餓をゼロに、へ向けて私たちにできること‐ザンビア共和国の子どもたちへの食料支援‐」
学校で農業を学ぶ仲村さんは、授業で発展途上国の子どもたちの写真を見て、自分たちで農産物を作りアフリカに寄付しようと決意。しかも、日本で日常的に食べている農産物ではなく、アフリカの食糧事情改善のために開発されたネリカ米を学校の農場で栽培してみようと挑戦。栽培は成功し、無肥料・無農薬にもかかわらず、コシヒカリの改良種であるコシヒカリBLより多く収穫。仲村さんは、米を届けるだけでなく、寄付した先でもネリカ米を作れるようになってほしいと「佐渡版ネリカ米栽培マニュアル」を作成し米とともに寄贈。贈られた孤児院からネリカ米の栽培に挑戦していると連絡があり、とてもうれしかったと語った。今後は無肥料・無農薬で収穫可能なネリカ米普及に貢献したいという。
杉山 大樹さん(武蔵高等学校2年)
「東京農業大学と学ぶフードサイクル」
杉山さんが自分たちの世代の重要課題に挙げたのは「食料」。複雑な問題の解決に向け、SDGsの目標4「質の高い教育をみんなに」に着目。食育による意識を高め、食料問題を解決するリーダー・人材の育成を訴えた。バリ島のグリーンスクールを訪問した経験から、プロジェクト型の学習を賞賛。それを実現できるのが東京農大だと、都会の中高生向けのプロジェクト型食育を提案した。いちご好きでAIに興味がある自分なら、大学の農場の一部を借り、画像解析AIを導入して遠隔管理でいちごを栽培する。生徒それぞれが興味のある分野と農業をつなげられれば、より深い学びができると提案した。
池嵜 亮太朗さん(愛知県立安城農林高等学校1年)
「ミニトマト生産、販売における食品ロス低減への取り組み」
ミニトマトの生産に取り組んだ池嵜(いけざき)さんは、生産量の約3割が廃棄されることを憂慮。販売量3割増、廃棄量5割減という目標を設定し改善に取り組んだ。廃棄の理由は1.裂果、2.規格外(傷・未熟・小さい)。1.の原因は早朝の急激な気温上昇による結露・吸水であることを突き止め、換気や空気の循環を行うことで、裂果を対前年比9割減に成功。2.規格外トマトは、飲食店向けに販売して有効活用。1食でミニトマト約30個を摂取できるハヤシライス「トマシライス」も地域のレストランと共同開発した。これらの取り組みで生産性向上、フードロス削減、地域の方のSDGsへの理解と協力といった成果が得られた。
岩村 みのりさん(熊本県立熊本農業高等学校2年)
「食品廃棄物を利用した持続可能な畜産経営の実践」
日本の家畜用飼料の自給率は低く、大半を輸入に頼り、価格も高騰。その一方で食品廃棄量は2800万トンにおよぶ。これらの問題を解決すべく熊本農業高校では食品廃棄物を有効活用したエコフィードに取り組んだ。近隣の食品企業から17種の食品廃棄物を集め豚の発育段階に合わせ工夫して与えた結果、市販飼料と同等に発育。1頭あたり22,692円の費用削減に成功した。また、肉質も向上し栄養豊富な豚肉になった。同校が企業・畜産農家・行政機関を仲介することで、16社の企業経費を1200万円以上削減し、食品廃棄物を250トン以上家畜用飼料にし、畜産農家14軒の所得が向上。地域に貢献できたエコフィード普及で日本の畜産を持続可能にしていきたい。
プレゼンでは測定データや科学的根拠もきちんと明示(写真は杉山大樹さん )。
持ち時間は5分と短かったが、それぞれに熱のこもったプレゼンが終了。企業や大学の協力を得た科学的な裏付けや測定データなども駆使した、ハイレベルな発表となり、聴衆をうならせた。
「発表した一人一人と話してみたい」
審査結果を待つ間、東京農大で学んだ俳優の工藤阿須加さんと、コンテストの審査委員長も務めた上岡美保 副学長が登壇し楽しいトークセッションが行われた。
久しぶりに母校を訪れたという工藤さんは、「めちゃくちゃきれいになってますよね。これから東京農大に入学する皆さんがすごくうらやましい」と第一声。上岡副学長が「東京農大は、ますます変わっていきますよ。世田谷キャンパスでは国際センターがもうすぐ完成し、その周りには農ある風景を作っていこうと、田んぼを作ったり、果樹を植えたりを計画中です」と応じた。
俳優の工藤阿須加さんがゲストとして登場し、上岡副学長と対談。
「工藤阿須加が行く 農業始めちゃいました」(BS朝日)という番組も持つ工藤さんは、本人いわく「半農半芸」。山梨県で農業にも本気で取り組んでいる。有機JAS認証を持つ農家と共に農薬を使わない栽培方法に挑戦し、ビーツ、にんにく、白菜、大根、さつまいもなど、年間に17~18種類の野菜を作るという。
農業をやっていると地域との関りや自然を守る責任を痛感するという工藤さんは、日本人は昔から自然とSDGsをしていたように感じると話す。高校生たちの発表については、「レベルが高すぎてびっくりしました。自分が日ごろ感じていること、今後やりたいこととも近い。一人一人と話してみたいと思いました」と絶賛。高校生たちに、「試練の時もあると思うが、失敗を恐れないで。落ち込まずにチャレンジし続ければ失敗は失敗でなくなる」とエールを送った。
学生にエールを送る工藤阿須加さん。
東京農大の魅力が分かる「学びのキーワード」
いよいよ結果発表と表彰式の時間となり、会場内には緊張が走る。
まず、特別賞(副賞2万円)が杉山大樹さんと池嵜亮太朗さんに、次に優秀賞(同3万円)が阿部悠さんと岩村みのりさんに贈られた。そして、最優秀賞(同5万円)に輝いたのは、ザンビアの子どもたちへの食料支援に取り組んだ仲村拓真さんだった。
最優秀賞を受賞した仲村拓真さん。
審査員を務めた天野正治 農林水産省畜産局総務課長は講評で、「仲村さんは自分たちに何ができるのかという視点、他国の人々への思いを深めてマニュアルを作ったことが素晴らしい。全体を通じて素晴らしい取り組みで、高校でSDGsに取り組む先生や関係者、発表の機会を作った東京農大に感謝したい」と締めくくった。
最後に出場者と審査員、江口学長、工藤阿須加さんが記念写真を撮影。
今回のコンテストで東京農大の個性を際立たせていたのは、募集要項に「東京農業大学が掲げる60の学びのキーワードから1つ以上選択」という一文があったことだ。ホームページで見ることができる60のキーワードは、「植物」「発酵」「スマート農業」といった農大らしいものから、「ペット」「食育」「ストレス」「コスメ」「起業」まで、実にバラエティーに富んでいる。これを見れば、いかに東京農大が幅広い分野の、学際的な学びにまで対応しているかがよくわかる。農学はもはや「農業を学ぶ」だけではなく、生活全般に関連する総合科学なのだ。
東京農大のホームページに掲載されている60の「学びのキーワード」の一部。
例えば「ストレス」というキーワードをクリックすると対応する学科の説明画面へ移行。
表彰式後、審査委員長の上岡副学長からの高校生へのメッセージがあった。
「北海道オホーツクから沖縄県宮古島まで全国に研究施設やフィールドがあって、机上の勉強だけでなく実践も重視する実学主義が東京農大の強みです。教室の外で活動に取り組む学生はキラキラ輝いていますよ。それプラス学びの分野の幅広さで、東京農大なら、100%ではないですが、皆さんの身近な生活や地域社会、地球規模の課題解決に向けて、大抵のことはチャレンジできると思います。自分はこういうことがやりたいと思っている高校生や進路に迷っている方は、ホームページのキーワードを見て、「これ面白そう」と思ったらオープンキャンパスや収穫祭にぜひ1度遊びに来て下さい。北海道・世田谷・厚木と3キャンパスありますので、まずは遊びに来ていただきたいなと思います」
この日は大学見学会も行われ、参加者は「SDGsコンテスト」を観覧したあと、少人数のグループに分かれ、学生ガイドの案内でキャンパスを見て回った。
第1回「東京農大SDGsコンテスト」審査委員
上岡美保・東農大副学長、国際食料情報学部国際食農科学科教授=審査委員長▼天野正治・農水省畜産局総務課長=審査講評▼川瀬良子・ラジオ番組「あぐりずむ」パーソナリティー=プレゼンター▼上原万里子・東農大副学長、応用生物科学部食品安全健康学科教授▼桑山岳人・東農大副学長、農学部動物科学科教授▼矢嶋俊介・東農大副学長、生命科学部バイオサイエンス学科教授▼千葉晋・東農大副学長、生物産業学部海洋水産学科教授