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生産者の営みを「料理」で表現  "まちの食堂"を受け継いだシェフの転機と、ひと皿に込めた思い

提供:新潟県

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地域の風土や歴史、文化的背景を「料理」に表現する「ローカル・ガストロノミー」。新潟県の弥彦・三条エリアでも今、食材の生産者と料理人が生み出す新たなコラボレーションに注目が集まっています。地元食材を活用した新しい食のかたちを追って、新潟県出身の料理家・坂田阿希子さんが、三条市内のイタリアンレストラン〈イルリポーゾ(IL RIPOSO)〉に向かいました。

Profile 坂田阿希子 新潟県生まれ。料理家。料理教室〈studio SPOON〉を主宰。フランス菓子店や、フランス料理店での経験を重ね、独立。本格的な洋風料理から、手軽にできる家庭料理まで幅広いレパートリーをもつ。雑誌や書籍、テレビなどで活躍中。

店名はイタリア語で「憩いの場」を意味。

素材の味を最大限に引き出す料理

閑静な住宅街に佇む〈イルリポーゾ〉。三条市出身のシェフ・原田誠さんが、先々代の祖父母が築いた〈憩食堂〉をリニューアルして、2010年にオープンしました。

店内は最大3組の客がゆったりと食事を楽しめる、白を基調にした落ち着いた空間。

提供するのは、地元食材を使ったコース料理。地元の生産者から取り寄せた旬の素材の、そのときどきの味を最大限生かすべく、メニューは常に変化しているといいます。

この日いただいたのは、糸魚川市〈ハライソ農園〉の〈越の丸なす〉を使ったひと皿。ソテーしたナスの上に玉ねぎのピクルスが添えられ、三条市の〈飯塚農園〉が育てる枝豆の濃厚なソースがたっぷりとかかっています。さらに長岡市の在来種野菜〈かぐら南蛮〉のオイルが加わることで、さわやかな辛味が口に広がっていくのです。まさに地産地消をかたちにした一品に、「すべての食材の組み合わせが絶妙!」と坂田さんがため息を漏らします。

やわらかな枝豆のグリーンが目にも美しい。濃厚な枝豆のソースにピクルスの酸味と甘みが重なることで、味も食感もさわやかに。食べ終わったあとも、そっと添えられたセロリやすだちの香りが口に残る。

「ソテーをしてもナスのやわらかな食感が楽しめるのは、肉厚な地元食材ならではですね」(坂田さん)

続いて、同じく飯塚農園のアスパラを使ったひと皿。十日町で育てられた豚肉を使ったラヴィオリを、アスパラのソースと合わせていただきます。「存在感のある豚肉に、アスパラガスの甘みとクリームソースのやわらかさが合う!」と坂田さん。アスパラガスに添えられたマヨネーズソースには、レモンやすだち、シトロンキャビアが入り「ぷちぷちとした食感と酸っぱさがいいアクセントになっている」と笑顔を見せます。

さっぱりとしたアスパラを味わったあとは、地元野菜、鶏、豚肉の旨みが凝縮されたコンソメスープです。力強く濃厚な味わいに舌鼓を打つ坂田さん。「料理に混ぜて使ってしまってはコンソメの味わいが薄れてしまう。スープのみで味わうスタイルなのが、納得です」と絶賛します。

メインでいただいたのは、チルド室で50日間熟成させたという、にいがた和牛のシャトーブリアン。ヒレ肉の中でもさらに中央部だけを選んだ希少部位です。玉ねぎの甘みを引き出したペースト状ソースと根セロリとジャガイモのソースを合わせて食べることで、牛の旨み、味の輪郭がより引き立ちます。

ひと口食べて、そのやわらかな食感に驚く坂田さん。「赤ワインソースをあえて使わないところもいいですね。ソースの酸味がお肉の甘みを広げてくれます」と感激の表情を浮かべます。

「ローカル・ガストロノミー」を体現する

地元食材をいかにおいしく提供するか――。日々、地元の生産者さんとコミュニケーションを重ね、素材の良さを引き出している原田さん。ただ、9年前の開店当初は、今とまったく異なる考え方を持っていたといいます。

「開店時は、南イタリアの家庭料理をイメージした賑やかなお店でした。メニューにはピザとパスタとサラダが並び、席数は22席と狭くてわいわいとした雰囲気。食材も、イタリアから取り寄せたり、地元の農家さんにイタリア野菜をつくってもらったりしていて、もともとある新潟食材を活用しようという意識はありませんでした」

大きく変わったのは3年前ほど前。雑誌〈自遊人〉の編集長・岩佐十良さんに出会い、「ローカル・ガストロノミー」という地産地消の考え方に触れて衝撃を受けたのです。

「その出会いを機に、せっかく三条でやっているのだから、ここでしか食べられないものを出すべきだ、と考えるように。食材にこだわりお客様単価が上がったとしても、自分が本当につくりたいものをつくろうと、席数を減らし、一皿一皿、食材によって料理を変えていく今のスタイルを確立してきました」

そもそも、〈イルリポーゾ〉の前身は、原田さんの祖父が開業した食事処〈憩食堂〉でした。工場の職人さん向けにラーメンや定食を出すような、いわゆる"まちの食堂"。父親がお店を継いで働いている姿を見て育ち、そのあとを継ぐのは自然な流れだったとか。

本気で料理に向き合おうと思ったきっかけは、19歳での父の急逝と、20歳での結婚、娘の誕生という大きなライフイベント。「やんちゃなガキ大将だった」という10代から一変、20代は厳しい修業の日々に明け暮れました。三条市内のホテルで約6年間、和食を学んだあとに上京し、巨匠・片岡護シェフがオーナーを務めるイタリア料理店〈アルポルト〉で3年間経験を積みました。

「イルリポーゾができる前は、三条市内に洋食屋さんがほとんどなく、スパゲッティを出せたら他店との差別化になるんじゃないかと考えたんです。イタリア料理をやるなら中途半端なことはしたくなかった。家族には『3年だけ東京に行かせてほしい』と頭を下げ、アルポルトの門をたたきました」

イタリア料理未経験者ながら受け入れてもらえたのは本当に幸運だったと話す原田さん。「既製品を一切使わないアルポルトの現場には、"食材と食材の組み合わせが料理を生み出す"というおもしろさが詰まっていた。この仕事を一生やりたい、と思いましたね」

「食」で新潟をもっと楽しく

県内のシェフ同士のつながりをつくろうと、料理研究会〈ラボクチ(イル ラボラトーリオ ディ クチーナ ニイガタの略)〉発起人としても活動している原田さん。「食を通じて新潟をもっと楽しくしよう」と2014年に結成し、フレンチや和、鮨職人など分野の違う料理人同士でアイデアを交換しています。年に1回、コラボレーションイベント「1日だけの架空レストラン」を開催し、「ひと皿から夢を届ける」という志を体現しているのです。

「最初は、いい野菜をつくりたい、いい料理を出したい、というパッションがある職人同士、飲みながら語っているだけの場でした。だんだんと賛同者が集まってきたので、その時期のテーマ食材を用いて料理を披露し合い、お互いに刺激を受けています。和の出汁のつくり方、フレンチの温度のとらえ方など旨みを引き出すポイントに触れるたびに、そうきたか!と驚かされますね」

原田さんの背中を追って、現在、20代の息子さんが東京で修業中だそう。「いつか一緒に働けたらいいな」と話す。

原田さんは3年前から、2月に約1か月間イタリアを回り、飲食店や生産地を巡る旅にも出かけています。地元野菜へのこだわりは、地元を離れて外を見ることで、強まっていくと話します。

「新潟にずっといれば、ここには何もないと思っていたでしょう。でも、山に入れば山菜があり、お米以外にもいろんな野菜に挑戦している専業農家さんが増えている。自分の手で、あるいは目に見える範囲で食材が採れるのはすごく豊かなことだとあらためて感じています」

料理の話題に加えて、同郷ということでも話がはずむ。

3代目だからと始めた飲食業。でも気づけば、同じように「家業だから」と継いだ同世代の料理人や生産者が周りにたくさんいました。お客さんもほとんどが地元の方。それぞれが支え合ってここまでのかたちをつくってきました。

「野菜をつくって生きていく!という覚悟のある生産者さんを応援したいですし、イルリポーゾを訪れるお客様には、この土地を丸ごと味わっていただきたいんです」(原田さん)

「料理を通してその土地を表現するって、その土地にいるからこそできること。原田さんの料理であれば、地元の方もその土地の食材の魅力にあらためて魅せられているのではないでしょうか」(坂田さん)

地域の風土や文化、生産者さんたちの営みを「料理」で表現していく「ローカル・ガストロノミー」。ひと皿に思いを込める原田さんの姿に、新潟の「食」のこれからが、ますます楽しみになりました。