Yahoo!ニュース

川崎市のチョークメーカーがSDGs時代に輝く理由 多様性も、生産性も――「日本でいちばん大切にしたい会社」の半世紀の歩み

提供:川崎市

最終更新:

日本理化学工業の「キットパス」。窓ガラスなどつるつるしたところに描けて、簡単に消すことができる

社員の7割以上が知的障害者――。そんな驚くべき数字を達成する企業が川崎市にある。チョークメーカー、日本理化学工業だ。半世紀以上前から、多様性を大事にしてきた経営スタイルは、同社を紹介した書籍のタイトルから「日本でいちばん大切にしたい会社」とも言われる。一方、同社のロングセラー「キットパス」は川崎市のふるさと納税返礼品に選ばれ、窓ガラスやお風呂で楽しめるアイテムとしてコロナ禍の人気アイテムに。「障害者の働く幸せ」も「企業としての成長」も両立する秘訣(ひけつ)とは?

シェアトップを支える知的障害者たち

東京都との境を流れる多摩川沿い。ここに日本理化学工業の本社工場はある。学校や塾で使われるチョークの製造ラインでは、十数人の社員が黙々と作業していた。知的障害のある社員たちだ。原料となる材料を大きなミキサー機で混ぜたり、練り上がったばかりのチョークをきっちりの長さに切断したり。皆、てきぱきと働く姿が印象的だ。

製造ラインで作業する知的障害者の社員たち

「僕が、彼ら彼女ら以上の仕事ができるかというと、できっこないですよ。生産性が低いなんてことは絶対にないです」。社長の大山隆久さん(53)はきっぱりと言う。

同社は、川崎市高津区の本社と北海道美唄市の2カ所に工場がある。そこから国内シェア4分の3のチョークを作っている。製造ラインの大部分を担っているのが、障害のある社員たちだ。

社長の葛藤「障害者雇用で未来を作れるか」

1937年創業の同社が、障害者雇用を始めたのは61年前の1960年。大山さんの父で、先代の故・泰弘会長が、地元の特別支援学校から「卒業生に働く経験をさせたい」と頼み込まれたのがきっかけだという。就業体験として受け入れたところ、頑張って働く姿に心打たれ、採用を広げていった。自宅から電車やバスで通える人を中心に、いまでは社員88人のうち63人。2008年には経営学者、坂本光司さんの著書、『日本でいちばん大切にしたい会社』(あさ出版)で紹介され、一躍注目された。

ただ、大山さんに迷いがなかったかといえば、あったという。1993年に入社したころ、日本はすでに少子化の時代に入っていた。児童や生徒数が少なくなれば、学校で必要となるチョークは減る。黒板に代わってホワイトボードやプロジェクターの導入も始まっていた。チョークの先行きが見えない中、「障害者雇用で会社の未来が作れるのか」との考えが頭をよぎった。

社長の大山隆久さん

勤続40年、梱包作業のエース

しかし、現場に立つと、できないのは自分の方だった。梱包(こんぽう)作業一つとっても、ベルトコンベヤーからどんどん流れてくるチョークの束を、不良品がないか瞬時にチェックし、数を間違えずに箱詰めしないといけない。休憩を挟んで1日8時間近く、集中し続けるのは想像以上に大変だった。

「それで気づかされたんです。この人たちが現場を支えてきたから、会社は成長してきたんだって。これこそが日本理化学工業なんだって」

梱包作業のエースは、勤続40年のベテラン、原直美さん(60)だ。彼女は障害の特性上、人とコミュニケーションを取るのが得意ではない。しかし、黙々と取り組む集中力の高さはピカイチだ。

梱包作業をする原直美さん。マスク越しに笑みがこぼれた

同社では障害の特性や長所をよく見て、健常者の社員がサポートしながら仕事を覚えていく。さらに、一人一人の「できる」を助ける工夫もあちこちに。時計が読めない人が時間を計れるよう砂時計を置いたり、赤いチョークを作る材料の箱には赤の目印を張って漢字が読めない人に一目で分かるようにしたり。「多様性」と「生産性」というと、相反することのようにも見えるが、決してそうではないことを同社は教えてくれる。

逆転の発想「粉が出ないチョーク」

日本理化学工業が大事にする「ひとに優しく」との理念は、商品作りにもよく表れている。2005年に粉が全く出ないチョークとして発売した「キットパス」はその代表格だ。

同社は、歯磨き粉の原料である炭酸カルシウムを使ったチョークをいち早く開発し、「安心して使えるチョーク」として、高い市場シェアを誇ってきた。それでも、「削りかすなどの粉は体に悪そう」とのイメージは根強かった。そこで、「いっそ、粉が出ない商品を作ろう」と、逆転の発想で取り組んだのがキットパスだった。

「キットパスミディアム」(12色入り)

研究を続ける中、たどり着いたのが口紅にも使われるパラフィンと呼ばれる原料。子どもが安心安全に使用でき、粉も出ない。柔らかな書き味で筆圧が弱い人にも使いやすい。なにより、窓ガラスやホワイトボードなどつるつるした面に描いて、ぬれた布ですぐに消すことができる。汚れても掃除が楽な優れものだ。

「外の景色を見ながら家の窓ガラスにのびのびとお絵かきをして!」。外遊びできる場所が少なくなる今の時代にキットパスはうまくマッチした。一番人気の「キットパスミディアム」(6色、12色、16色の3種類)は年間5万5000箱を生産。国内だけでなく欧米やアジアの計30カ国で販売されている。現在は、自然由来の原料でも開発中で、環境にも配慮した商品として改良を重ねている。

川崎市が目指す「多様性」ともマッチ

そんなキットパスが、川崎市のふるさと納税返礼品に登録されたのは2019年。16色入りキットパスや専用クロス、ボード、遊び方の本などが詰め合わせになった「キットパスお絵かきセット」や、お風呂で楽しめる「おふろでお絵かき キットパスセット」など、4種類が選ばれた。

市制100周年を2024年に控えた川崎市。次の100年に向けて策定したのがブランドメッセージ「Colors,Future! いろいろって、未来。」だ。人口150万都市に成長し、外国籍の住民が4万5000人を超えるなど、さまざまな言葉や性別、年代の人が増える中で、川崎の魅力は"多彩であること"であり、「多様性は可能性」ととらえている。

キットパスお絵かきセットのアイテム

川崎市財政局資金課長の土浜義貴さん(49)は「日本理化学工業は、『多様性は可能性』を体現している企業のひとつ。市としてはいわゆる返礼品競争とは距離を置き、ふるさと納税を通して、こうした地元企業の取り組みや、魅力ある返礼品を市内外に発信することで、『川崎にはこんなにいい企業、いいものがあるんだ』『応援したい』と思っていただける方を増やしていきたいと考えている」と話す。

ステイホームの世界をつないだ「虹」

新型コロナウイルスの感染が拡大した昨年春、日本理化学工業は「キットパスde虹を描こう!」と名付けたキャンペーンを展開した。世界中が「ステイホーム」を余儀なくされる中、自宅の窓ガラスにキットパスで虹を描こう、との呼びかけだった。

コロナ禍は同社にも暗い影を落とした。昨年3月からの全国一斉休校の影響で、チョークの受注は一時、ストップ。4月から1カ月半に及んだ1回目の緊急事態宣言の期間中、感染対策のため障害のある社員は全員、自宅待機となった。それでも「やまない雨はない」とのメッセージを込めた「虹」に、国内はもとより、ロックダウンにより外出が禁止された海外にも反響は広まった。

SNSでは「#kitpas」と付けて、窓ガラスに描かれた虹の絵が次々と投稿され、売り上げは前年の約2倍に。11月11日は日本記念日協会によって「キットパスの日」に認定され、キットパスで描いた絵を「#kitpasmoment」と付けてSNSでシェアするイベントも人気だ。

「キットパスde虹を描こう!」で投稿された虹の絵

取材に訪れた今年11月、ちょうど昼休み時だった社内では障害者と健常者の社員が一緒になってサッカーを楽しむ姿があった。一人一人分け隔てなく活躍できる同社の歩みは、SDGs(持続可能な開発目標)の掲げる「誰一人取り残さない」を先取りしているようにも見える。

昼休みにサッカーを楽しむ日本理化学工業の社員たち

社長の大山さんにそう尋ねると、「まだまだです」と、笑いながらこう続けた。

「障害のある人が仕事をしやすいように僕らは工夫をしてきましたが、それってみんなにとっても分かりやすいことなんです。彼ら彼女らのことを考えたり、一緒に行動したりすることが、最終的にすべての人に返ってくる。それこそがユニバーサルデザインだと思います」