川崎市麻生区(あさおく)、新百合ヶ丘駅前(小田急線)で開催されている「しんゆりフェスティバル・マルシェ」は、農・食・アートをテーマとした、まちづくりイベント。関東最大級と言われる都市型マルシェをベースに、人と人とのつながり(交流)で成長を続けるまちづくりのカタチを紹介する。
「地産地消モデル」実現の場
しんゆりフェスティバル・マルシェのスタートは2018年。新百合ヶ丘駅南口のペデストリアンデッキで年8回定期的に開催されている、地元では定番のイベントだ。毎回約60の店舗が軒を並べる会場はファミリー層が多く住む地域とあって、子供からお年寄りまで幅広い層の人たちで大いに賑わっている。
2018年から開催されるしんゆりフェスティバル・マルシェ
会場を散策していると、ひときわ目立つ人だかり。地元の野菜や果物を販売するファーマーズマーケット「セレサモス」だ。朝から行列ができる人気店で、ほとんどの商品がお昼前には売り切れてしまう。
川崎市は地産地消を目指した農業振興に力を入れており、市内では少量多品目でいろいろな種類の野菜が生産されている。特に麻生区は市内でも農地が多く、農家を営む人がたくさんいるエリア。「毎回、50~60種類くらいの野菜を持ってきます」と話すのは、セレサモスのスタッフ井上圭さん。
「農家さんたちは、地元の人たちをはじめ多くの方々に自分たちが作る野菜を食べてほしいと願っている方ばかりなので、このように直接届けられる場所や機会があることで、消費者の表情や反応もわかるため、生産者の方々の意識が高まっているように感じます。また、このマルシェはかなりの売り上げも見込めるので、その点にも期待する生産者さんは多いですね」とのこと。
このマルシェでは、セレサモスのほか、若手農家の直売所もあり、消費者は新鮮な"朝採り野菜"を、農家さんとの会話を楽しみながら購入することができる。まさに「地産地消モデル」の理想形、"顔の見える関係"が、この場で実現できているようだ。
大人気! かわさきそだちの野菜が揃う「セレサモス」
「セレサモス」スタッフの井上圭さん
市民と行政が支える「かわさきの食体験」
「農と食、アートのあるまちづくりイベント」を掲げるしんゆりフェスティバル・マルシェ。その土地ならではの「食」を見つけられるのも、楽しみの一つだ。なかでもよく見かけたのが、洋菓子やパンを扱うお店の数々。
キッチンカーが並ぶエリアで特に賑わうのが、麹の天然酵母を使用しためずらしいパンを提供する「Lemon」。地元神奈川の人気店で、食パンなどの定番商品はもちろん、注文を受けてからその場で揚げるカレーパンなどの揚げパンを求めて、多くの人が列を成す。
「たくさんのお客さまと、一度に直接触れ合えるのはマルシェならでは。最近は、当店の商品をこのマルシェで知って気に入ってくれて、わざわざ店舗のほうへいらしてくださる方も増えています」(Lemonスタッフ)。
新百合ヶ丘駅周辺は全国的にも有名な洋菓子店が多いエリアとして知られるが、それには理由がある。川崎市では、優れた技術・技能を発揮して産業の発展や市民の生活を支える人を認定する「かわさきマイスター制度」を設けていて、その認定を受けた洋菓子職人の店が、新百合ヶ丘エリアにあるのだ。
「レベルの高いお店の多いことが呼び水となって、さらに多くの職人がこのエリアに集まってくるのでしょう。そうして"美味しい洋菓子・職人が集うまち"が一つのカラーとなり、しんゆりフェスティバル・マルシェのような場で、そのカラーが一層、地域に浸透していくのだと思います」(コンソーシアム事務局/春日恭子さん)
マルシェで知ってもらい、店舗への来店客も増えたLemon
ちなみに2022年は麻生区区制40周年という節目の年。それを記念して作られたのが、麻生区で採れたホップを使用したオリジナルのクラフトビール「ペコラビール」だ。
アメリカの醸造所でビールに魅せられた福澤雄太さんが、地元企業、地元の農家さんたちと協力して完成させたビールは、「しんゆりフェスティバル・マルシェ」で初めて販売された。「評判も上々でホッとしていますが、もっともっといいものにしていきます。このような場で、地元の方々に特別なビールを届けられたのが嬉しいですね。何より良かったのが、この取り組みを通じてたくさんの方とつながれたこと。もっとこの活動を根付かせて、まちを盛り上げていくためにも、まずは麻生区内に、ホップ畑と醸造所を作ろうと計画しています」(福澤さん)
川崎市の麻生区区制40周年を記念して作ったクラフトビール
"アートのまち"という文化も継承
「しんゆりフェスティバル・マルシェ」のルーツは、1990年代初頭に、市が掲げた「芸術のまち構想」に遡る。
1995年には「しんゆり芸術フェスティバル」が開催され、映画祭やアート祭などのイベントが盛んに行われた。その取り組みの継承を目指して2014年に「しんゆりマルシェ」が始まり、2018年からは新百合ヶ丘エリアマネジメントコンソーシアムが主催するかたちで「しんゆりフェスティバル・マルシェ」へと生まれ変わった。
「川崎とアートは切り離せないんです」と話すのは、コンソーシアム事務局の岩倉宏司さん。実際、川崎市内の合唱団は100を超え、4つもの市民オーケストラが活動する。さらに全国と比べても、音楽や舞台芸術を職業にする人の多いことが特徴。なかでも麻生区は、昭和音楽大学や川崎市アートセンター(劇場などの総合施設)が立地しているほか、交響楽団の練習拠点があるなど、音楽のまちとしてのポテンシャルが非常に高いと言える。
「しんゆりフェスティバル・マルシェ」にも、そうしたアートの要素が欠かせない。販売店以外に、この日はステージでパフォーマンスが開催されていた。毎年秋に実施されるイベント「かわさきジャズ」だ。出演したバンド「Hybrid"V"」のリーダーの中里克己さんは、生まれも育ちも新百合ヶ丘。
「今の駅があるあたりは、40年くらい前までは山の中で、何もない場所でした。そこが切り拓かれて駅ができ、まちができて、人がこれだけ集まるというのはすごいことです。このマルシェでの演奏は、子供たちにも近くで聴いてもらえるのが嬉しいですね。『かわさきジャズ』が象徴的ですが、川崎は音楽シーンがまちの中に当たり前にあって、それがまちの雰囲気を作っているのが素敵だなあと思っています」(中里克己さん)
「かわジャズLIVE!Rainbow」での中里克己さん(左)
人やモノがつながるハブとして
「以前は年に一回のお祭りという位置付けで『しんゆりフェスティバル・マルシェ』を開催していました。ですが、『もっとこのまちをゆっくり楽しんでもらいたい』と思うようになり、ならばと、いろんな要素を加え、月に1回のお祭りにしたのが、今の姿なんです」(岩倉さん)
「農・食・アート」――3つの掛け合わせで、マルシェがただの"市場"ではなく、より魅力的な"場所"になっている。まさに"フェスティバル×マルシェ"による効果といえそうだ。
これまで通算36回開催してきたなかで、岩倉さんが感じているのは「この場所が一つのハブになってきている感覚」だ。
「ここに来ればいろんな人がいて、いろんな出会いがあります。わざわざ遠くまで足を運ばなくても地元のいろいろなことが知れて、新たな発見もたくさんあるでしょう。新百合ヶ丘という駅は、"作られたまち"であり、雑然とした部分が少ないため、意識しなければスーッと通り過ぎてしまうような場所だとも思っています。だからこそ、マルシェに足を運んでもらい、いろんなものを見ながらゆっくり散策してもらうだけでも、普段とは違う景色が見えてくるはず。いろんな人に声をかけていい雰囲気のなかで、みなさんそれぞれに新しいつながりを作ってもらえたらいいなあと思っています」(岩倉さん)
コンソーシアム事務局の岩倉宏司さん
まちづくりのベースは"市民力"
最近は県外からの出店者も増えている。山梨県からほぼ毎回出店している、ぶどうやジャムを販売する佐藤農園の代表・佐藤優一さんは「いいものを出せばちゃんと受け入れてくれる土壌があると感じます。毎回楽しみに買いに来て声をかけてくれるお客さまもいて、あたたかいマルシェですよね」と話す。
佐藤農園は山梨県からの参加。他県・市の出店者も多数
コンソーシアム事務局の春日恭子さんは、マルシェへの期待を次のように語ってくれた。「地元を応援したいという気持ちから、新百合ヶ丘エリアのお店を中心に出店いただきたいと考えていました。でも『こんな美味しいもの、楽しいものがあった』という発見を通じて、地元が盛り上がるイベントにできたらいいのかなと思っていますので、これからも地元に限らず他県も含めて、いろんな方々に出店してもらいたいですね。ありがたいことに、最近は手を挙げてくださる方やお店が増えています。ブランドというと大げさですが、『あのマルシェに出店できた』と喜んでもらえるような場所にしていきたいですし、このマルシェをきっかけに、まちの魅力に触れ、また来たい、住んでみたいと思ってもらえたら、それが一番嬉しいかもしれませんね」
春日さん
また、岩倉さんは「このマルシェを長く続けることが一番の目標」と話す。
「ここへの出店をきっかけに、新たなコラボレーションが生まれて、事業に自信を持てたという出店者もいます。みなさんに、上手にこのマルシェを活用してもらい、育てていってもらえるのが理想。そのためにもコンソーシアムとして、この場をずっと続けられるような仕組みを考えていきたいです」
福田紀彦川崎市長も、しんゆりフェスティバル・マルシェの魅力について「いまや関東最大級といわれるマルシェですが、私たち行政がほとんど関わらずに、地元のみなさんの"市民力"で作り上げ、盛り上げてきたフェスティバルだと思います。まさに団結の象徴であり、川崎の魅力がぎゅっと詰まっている場です」と語る。
福田紀彦川崎市長
新型コロナウイルス感染症拡大をはじめとする様々な社会環境の変化のなかで、改めて"つながること"の大切さに気付いた人も多いはず。人と人がリアルにつながるこのマルシェは、そこに暮らす人、働く人、集う人(訪れる人)、それぞれの新たな出会いを生み出し、出会いが深まる理想的なまちづくりの一手法として、今後も進化し続ける。