神奈川県のほぼ中央、秀峰大山の麓に広がる伊勢原市。1971年に県内15番目の市として生まれてから、3月1日で市制施行50周年を迎えた。豊かな自然を守り続けながら、この半世紀で人口は倍以上に増えた。「こんなに住みやすいまち、ほかにない」―。市民が誇る、知られざるまちの魅力を探った。
景色も環境も、交通も医療も
「ロサンゼルス、サンフランシスコに並んで、伊勢原は3本の指に入る住みやすさだよ」。そんな大げさな、と思われるかもしれないが、市内在住の清水道也さん(67)は大まじめだ。国際物流の仕事に携わり、国内外17カ所に住んだ経験を持つ。だからこそ5年前に戻ってきた生まれ故郷の魅力は格別だ。
晴れた日は、市西方に控える丹沢大山を望む。市街地から大山に近づくにつれて標高が上がり、南方は相模湾に江ノ島、房総半島まで見渡せる。市内には室町時代の武将、太田道灌にまつわる史跡などが数多く残る。江戸時代には庶民の間で流行した大山詣(まい)りの門前町として栄え、豊かな文化が育つ土壌が形作られてきた。大山詣りのストーリーは2016年に日本遺産にも認定されている。
そうした自然に恵まれ、歴史的な人々の交流拠点であった地に昨年3月、新たな「玄関口」も誕生した。新東名高速道路の「伊勢原大山インターチェンジ」が開通。東京インターチェンジから車で約35分と、さらにアクセスが向上し、産業集積や観光振興に向けた期待が高まっている。もとより、東海大学医学部付属病院や伊勢原協同病院をはじめとして救急医療体制が充実しており、人口10万人当たりの医師や病床数は県内トップクラスを誇る。
「景色も環境も、交通も医療も整っている。こんな良い場所ほかにないよ」。国内外を巡ってきた清水さんは胸を張る。
大山を望み、笑顔を見せる清水さん
清水さんは高校卒業後、仕事などで国内外のさまざまなまちを見てきた。定年退職して戻ってくるとき、近隣市も含めて物件を探した。しかし、ふるさと以上に恵まれた場所は見つからなかった。「育ててもらった伊勢原に恩返しがしたい」と、地元の活動にも積極的に関わる。中学時代から続けるアルトサックス、40歳から始めたキーボードの腕前を生かし、高齢者施設を回ってボランティアでバンド演奏をしている。
4年ほど前、有志が手作りの甲冑(かっちゅう)を着てまちおこしに携わる「伊勢原手作り甲冑隊」に誘われた。よろいの作り方を調べるうち、文武両道に優れ、部下を大切にした太田道灌に惚れ込んだ。隊のメンバーともバンドを組み、道灌や甲冑隊をテーマにした歌を作詞作曲。気づけば、自然と歴史、人々との交流という地元の魅力にどっぷりはまっていた。
伊勢原観光道灌まつりで練り歩く伊勢原手作り甲冑隊
大山を見ると「帰ってきたな」
今まさに世界を舞台に活躍するアスリートも、伊勢原市の魅力を実感している。湘南工大附属高(藤沢市)卒業まで市内で暮らした競泳男子自由形の塩浦慎理選手(28)=イトマン東進=は、「市内どこからでも大山が見える。その景色が好き。大山を見ると「帰ってきたな」と感じる」と語る。
2歳から地元で水泳を始めた。進んだ市立山王中には水泳部がなかったが、試合のたびに顧問ではない先生が引率してくれた。2~3年生のときリレーで全国大会に出場。「3年のときは高知まで引率してくれた。なぜか僕たちより緊張していましたね」と笑う。当時は思い至らなかったが、先生は休日を割いてくれていたはず。水泳に打ち込めたのは、そんな周囲のサポートがあったからだ。メールやSNSで今でも先生とつながっていて、地元からの応援を肌身に感じている。
2019年の日本選手権50メートル自由形準決勝で日本新記録を樹立した時の塩浦選手
昨年、タレントのおのののかさんと結婚。家庭を持ち、ふるさとの魅力を再認識している。「僕が生まれ育ったところを見たいと言うので、一緒にイチゴ狩りに行きました。「のどかでいいところだね」と言っていました」。山も海も近く、新鮮なフルーツや野菜もある。一方で東京にも近い。試合で国内外さまざまなまちを訪れたからこそ、伊勢原市の良さがよく分かる。もし将来、家族が増えたら「こんな環境で子育てができたらいいですね」。
市外にもアピールを
市民はわがまちの良さをどんなところに感じているのだろうか。市が2019年度に行ったウェブアンケートで、「伊勢原に住んで良かったと思うところ」(複数回答)を尋ねたところ、698件の回答のうち、「救急・医療体制が充実している」が391件でトップ、次いで「温暖で暮らしやすい気候」が377件だった。また「災害が少ない」(325件)、「新鮮な果物や農畜産物がある」(301件)なども上位に入った。そして注目点は、これらの魅力を「多くの人に知ってほしい」と考えている人が7割にも上っていることだ。
救急・医療体制の充実に加え、丹沢大山のおかげで風水害から守られ、真冬は積雪も少ない。市民はこうした恵まれた土地柄を実感しているだけでなく、市外の人にもアピールしたいと望んでいることが分かる。
歴史と文化を守り、さらに発展
伊勢原大山インターチェンジ開通をアピールする髙山松太郎市長
市の誕生から50年の時を刻んできた伊勢原市。髙山松太郎市長は「歴史と文化を守り、発展させようという機運が引き継がれてきた。先人たちのおかげ」と感謝を口にする。これまで、あまり大規模な住宅地が開発されてこなかったために豊かな自然が残り、元々の住民と新しく入ってきた住民がうまく融合できているのが一つの特徴だという。だからこそ地域の深いつながりが生まれ、地元に愛着を持ってまちづくりに協力してくれる市民が多いと感じている。「大山を中心とした伝統は財産。ずっと守っていかなければいけない」。
今後、市はさらに子育てしやすい環境づくりや、恵まれた医療体制を生かした安全安心なまちづくり、就労の場の確保に重点を置く。「大きく変化していく伊勢原市にぜひ期待してほしい」。新たに住みたい、これからも住み続けたいまちに向けて歩を進めていく。