その土地を訪れたらぜひ食べたいご当地グルメ。その土地でしか食べられないもの、その土地だからこそおいしい食べ物は、旅行や出張の楽しみのひとつではないでしょうか。日本全国津々浦々、誰もが知る名物もあれば、まだあまり知られていないグルメもあります。広島県福山市の「福つまみ」は、まだ地元広島でも"隠れた"グルメかもしれません。
福つまみは、2020年から福山市の観光コンテンツのひとつとしてブランディングがスタートした福山グルメです。福山特産の食材を使ったおつまみで、これまでにPR大使を起用したプロモーションや市内のイベントでのPRなどを行っていますが、認知度はまだまだ高くありません。福つまみの魅力や、観光コンテンツとしてブランド化するねらいなどについて、公益社団法人福山観光コンベンション協会の藤原和紀(ふじわら かずき)事務局担当主事に話を伺いました。
福山特産の5つの食材を使った7種類のおつまみ「福つまみ」
福つまみとは、福山の特産食材「ねぶと、ちいちいいか、くわい、ガス天、鯛ちくわ」の5つを使った7種類のおつまみの総称です。おつまみメニューは、「ちいちいいかの天ぷら」、「ちいちいいかの酢味噌」、「ねぶとの唐揚げ」、「ねぶとの南蛮漬け」、「くわいの素揚げ」、「鯛ちくわ」、「ガス天」。いずれも福山の家庭料理や居酒屋メニューとしてなじみのあるおつまみだといいます。
公益社団法人福山観光コンベンション協会 藤原和紀 事務局担当主事
広島県が生産量の日本一を誇るくわいや、鞆の浦の伝統漁法「鯛網(観光鯛網)」で知られる鯛料理などは福山名物として知名度がある食材ですが、ねぶと、ちいちいいか、ガス天はあまり知られていません。「これらは瀬戸内のいわゆる雑魚(ざこ)です。福山の食材といえば鯛がひとつの目玉になっていますが、地元の人たちはそれよりも安価で手が届きやすい海産物を日常的に食べてきました。そんな雑魚を活用したのが福つまみ」と藤原さん。
「ねぶと」は瀬戸内でよく食べられる小魚で、和名は「テンジクダイ」。オスが卵を孵化させるために卵を口にくわえて守る様子が念仏を唱えているようだということから「ネンブツダイ」とも呼ばれますが、地域によって呼び名は異なり、福山では「ねぶと」と呼ばれています。体長10cm程度の小さな魚で、甘くてねばりがあり、福山では唐揚げや南蛮漬け、団子などにして食べられています。
ねぶとの唐揚げは、外側はサクサクとした歯ごたえながら身はやわらかく、甘みがある
「ちいちいいか」は名前のとおり小ぶりのイカで、ねぶとと同じくらいのサイズ。正式名は「ベイカ」といって、年間を通じて獲れる食材です。もちもち食感が自慢で、天ぷらや酢味噌あえのほか、煮つけにしてもおいしいのだとか。
ちいちいいかの天ぷら。お店によっては「ちーいかの天ぷら」とも呼ばれる
「くわい」は珍しい野菜で、芽が伸びた見た目が「芽出たい(めでたい)」ことから、縁起物とされています。全国的にはお正月のおせち料理として見かける程度ですが、生産量の多い福山では収穫シーズンを迎えるとスーパーにもよく出回る食材です。素揚げにするとポテトフライのようにホクホクとして、くわい独特のほろ苦さがお酒にぴったり。
くわいの素揚げ。福山市は全国のくわい生産量の約6割を占める
「ガス天」は地元では親しまれている練り物のひとつ。雑魚(小魚)とごぼうの天ぷらで、ガスガスした食感からこう呼ばれます。小魚を骨ごとすり身にしていて、歯ごたえが楽しいおつまみです。もうひとつの練り物「鯛ちくわ」は福山で豊富に獲れる小鯛を使ったちくわで、居酒屋のおつまみとしてだけでなく福山土産としても人気だそう。
出張で福山を訪れるビジネスマンに、福山の飲食店で食べてもらう
新たな観光コンテンツとして打ち出したのがなぜおつまみだったのか。福山は観光目的というより、ビジネス目的で訪れる人が多いと藤原さんは言います。「駅前にはホテルがたくさんありますが、ほとんどがビジネス目的の利用者です。だから、ビジネス目的の出張で訪れた人たちに福つまみを食べてもらおうというのが福つまみブランディングの目的です」。「福つまみ」という名称は、「福山のおつまみである」こと、そして「福が来る、幸せな気持ちになれる」をかけて付けられました。
食の取り組みとしてもうひとつ意識したのは、何のために行うのかということ。「福つまみをブランディングする目的は食材を売ることではなく、福山の飲食店で食べてもらい、そこでお金を落としてもらうことにあります」と語る藤原さん。現在福山市内で福つまみを扱う飲食店は約50店。ゆくゆくは100店以上が福つまみをメニューとして出せるようにしたいといいます。
「福山グルメとして常に提供できる状態を維持するには、まずは地元で多く提供されることに注力する必要があります。食べに来てほしいとPRしても、ほとんど食べられるお店がなかったら本末転倒です。予算をかけて遠くにプロモーションするよりも、まずは地元での提供に注力して、ある程度地元で盛り上がったところで県外へのプロモーションに打って出たいと考えています」。
まずは地元の人々に「福つまみ」の魅力を知ってもらいたい
地元で盛り上げていくためには、福つまみを知ってもらい、定着させることが不可欠ですが、「それぞれのおつまみに親しんでいても、それを一括りにした福つまみというカテゴリーはまだあまり認知されていません」と、地元での認知度もまだ高くないようです。
地元での盛り上がりを高めるために、まずは「福山といったら福つまみ」と認識してもらえるようにしたいと語る藤原さん。これまで行ってきたプロモーションの中でも特に手ごたえを感じたのは、2021年に人気ライターで「酒場詩人」として知られる吉田類さんをPR大使に起用したことだといいます。BS-TBSの番組「吉田類の酒場放浪記」などで知られ、お酒好きの間でファンが多い著名人を活用したプロモーションが認知度向上に一役買い、SNSなどで積極的に「福つまみを食べた」と発信する人が増えたそう。
2022年秋に開催された「備後福山秋の陣・日本酒まつり」。今年10月7日(土)8日(日)、同じ場所で「福山城酒肴祭」が開かれた
現在も広島ホームテレビで福つまみプロモーションCMを放送するなど、メディアでの情報発信に力を入れる一方で、福山市内のイベント来場者へのPRにも取り組んでいます。「昨年2022年は福山城築城からちょうど400年を迎えるタイミングで、記念事業としてさまざまなイベントが開催されました。秋に開催された "備後福山秋の陣・日本酒まつり"は大勢の来場者でにぎわいました。それが多くの人に認知されたイベントとなったので、そのスキームを活用して、今年新たに"福山城酒肴祭"を開催し、福つまみの頂点を選ぶ"福つまみグランプリ"をメインイベントのひとつとして盛り込みました」。酒肴祭では備後安芸の蔵元の日本酒とともに、定番から新作の福つまみが提供されました。福つまみを実際に食べてもらうイベントは今回が初めて。福つまみの魅力は、福山、そして県内の周辺地域の地元民に着実に届き始めています。
「福山を訪れたら飲んで帰ろう」が当たり前になる街にしたい
藤原さんに、福つまみをブランド化した先にめざすものを伺いました。「福つまみをもっと広く知ってもらい、最終的には福山を出張で訪れるビジネスマンに、福山の出張は楽しいな、というイメージを持ってもらうことを目的としています。福山は都市としての認知度が低いこともあり、地域の"顔"がはっきりしていません。福山を訪れる時、福山って何があるの?というところから始まるのが今の姿。福つまみをもっと盛り上げ、福山に来たらこれを食べて帰らないともったいないと思ってもらえるようにしたいと考えています。"広島といえばお好み焼き"くらい、"福山といえば福つまみ"が定着したらうれしいです」。
「福つまみ」デジタルマップ。季節限定の食材もあるため、2023年10月取材当時は9月~12月に福つまみが提供されている飲食店が掲載
福つまみが食べられる飲食店はデジタルマップとして公開されています。お店によって味付けやこだわりはさまざま。お気に入りの福つまみとそれに合うお酒をみつけに、福山の居酒屋に足を運んでみてはいかがでしょうか。