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調理道具のプロ集団が、食文化を未来につなぐ――大阪・千日前道具屋筋で、統一ブランド「絆具(つなぐ)」が始動

提供:千日前道具屋筋商店街

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千日前道具屋筋商店街

「天下の台所」「くいだおれの街」として名高い大阪。全国からうまい食材が集まり、たこ焼きなど独自の食文化を全国にも広げてきた。その大阪に、130年以上の歴史をもつ道具の専門店商店街がある。「千日前道具屋筋(せんにちまえどうぐやすじ)商店街」だ。厨房道具の専門店が軒を連ねる商店街は、プロの料理人の目利きにかなった道具をそろえることで、「東のかっぱ橋道具街」「西の千日前道具屋筋」と並び称されてきた。その千日前道具屋筋が、このほど統一ブランド「絆具(つなぐ)」を立ち上げた。日本の食文化を支えてきたプロ集団が始めた新たなる挑戦――そこにはどんな想いが込められているのだろうか。

千日前道具屋筋には歴史あるプロ向け専門店が並ぶ

大阪市中央区難波にあり、「ミナミ」の中心部に位置する千日前道具屋筋。「道」の看板が入り口のアーケード街には、飲食店に必要な道具の専門店が並び、その全長は約150mに及ぶ。

道具の専門店が並ぶ千日前道具屋筋商店街

千日前道具屋筋は、1882年に法善寺の千日前から四天王寺の「お大師さん」や今宮戎神社への参道として、古道具屋や雑貨商が軒を連ねたのが始まりとも言われ、大正時代に問屋・製造業の専門店として発展。1970年に、アーケードが設置された。

料理道具や厨房用品、看板、陶器、ガラス製品、のれんや座布団など、飲食店や家庭の台所に必要なあらゆる品物を取り扱い、料理人が店頭でアドバイスを受ける姿も珍しくない。

千日前道具屋筋が抱える課題

道具屋筋に並ぶ専門店は、職人と料理人と共に試行錯誤を重ね、こだわりの料理人にふさわしい道具を送り出してきた。「うまい!」と言わせるためだけに、料理人と道具屋、職人が一丸となって取り組んできたモノづくりで、日本の食文化を支えてきた。

昨今は千日前道具屋筋にも外国人観光客が押し寄せ、日本の職人が作った包丁や食品サンプル、箸などが良く売れているという。観光客や一般客の需要をつかみ、一見順調に見える道具屋筋だが、実は、店主たちは数十年後の未来に向けて危機感を募らせている。

最近では、ネットや量販店で道具を購入する料理人も増え、料理人との接点が減っているのだ。先代からの伝統と専門性、探究心を未来につなぎ、日本の食文化を継承していくため、千日前道具屋筋が立ち上がった。

商店街統一ブランド「絆具(つなぐ)」の立ち上げ

千日前道具屋筋は、商店街の統一ブランド「絆具(つなぐ)」を立ち上げた。各専門店で長年培われたプロデュース力を生かした商品にこのブランドを冠し、今後は各商店がブランドに相応しい商品を開発・選定し販売していくという。道具のプロ集団が認めた商品をブランド化し、世に出し続けることによって、継続的な商店街のPRが可能となり、料理道具の価値と魅力を正しく伝えていく狙いだ。

千日前道具屋筋 新ブランド「絆具(つなぐ)」

商店街における振興策としては、セールや福引、祭りなどの開催が一般的だ。今回のように、独立した商店同士がブランドで繋がり、商店街を中長期的に盛り上げていこうとする施策は、全国的にも初めての画期的な取り組みと言えよう。

「絆具」ブランド商品の第一号は一文字厨器(株)で販売する天然砥石。京都亀岡の砥取家(ととりや)が採掘するもので、最高級の砥石で研いだ包丁の切れ味は異次元のものと称される。希少な天然砥石と「研ぐ文化」を未来につなぐ。

天然砥石で「研ぐ文化」を未来に継承する 一文字厨器

包丁専門店の一文字厨器(株)は、千日前道具屋筋で包丁を通して堺の職人とプロの料理人を約70年間、つないできた歴史を持つ。

一文字厨器の田中睦之代表取締役

良い料理人ほど姿かたちが美しい包丁にこだわり、切れ味にもこだわる。包丁は料理人のもので、他人の包丁を使うことも、他人に使わせることもない。長さや重さ、バランスにこだわり、季節や食材によっても包丁を変える。

そんなこだわりの料理人の要望に応え、一文字厨器は職人と一緒に包丁を作り上げてきた。また、多様化する日本の食文化に合わせ、包丁の種類も増やしてきたという。
切れ味が良く、料理に合った包丁を求め妥協しないモノ作りを続けてきた一文字厨器は、一流料理人からの信頼が厚い。

包丁に合う砥石もアドバイス 一文字厨器

一文字厨器は包丁には欠かせない砥石も扱う。包丁と砥石の相性をはじめ、研ぎ方も料理人に指南する。砥石の中でも天然モノは貴重で、最盛期には国内に100カ所以上もあった採掘場が1965年頃を境に減少。現在では数カ所を数えるのみとなっている。一文字厨器が販売する砥取家の天然砥石は、小さなものでも数十万円を超える。最高級の天然砥石で研いだ包丁は、切れ味も持続力も人工砥石で研いだものとは比較にならないという。

至高の天然砥石

そんな貴重な天然砥石を、一文字厨器は次世代につなぎたいと考え、「絆具(つなぐ)」ブランドの第1弾商品として販売する。天然砥石が消えて、人工砥石に置き換わってしまうことに危機感を感じたため、ブランド化により認知度を上げ「研ぐ文化」を継承していこうという考えだ。

一文字厨器の田中睦之代表取締役は「道具のプロとして専門的な知識を持ち、お客様に対応できないと生き残っていけない。伝統と未来、職人と料理人をつないできた道具屋筋が日本の食文化を守る一翼を担いたい」「道具屋筋には発信力がある。絆具ブランドを広めていきたい」と抱負を語る。

料亭「うの和」のご主人 布谷浩二さんは天然砥石を使う

料亭「うの和」(大阪市北区堂島1-2-21 三協ビル1F)の布谷浩二さんは砥取家の天然砥石を長年使う。40本近い包丁を季節や食材に応じて使う布谷さんは、包丁は毎日研いで20~30年使うという。「砥石は10種類以上試して、この砥石に決めた。包丁の切れ味が良く、人工砥石に比べ何倍も切れ味が持続する」「料理人は道具を自分の目で選び、大事にして欲しい。大阪の料理人は道具屋筋にお世話になっている。対応が早く、アドバイスももらえる」と語り、道具の大切さを次世代の料理人につないでいく。

粋な道具「燗銅壺(かんどうこ)」を残したい 和田厨房道具

1947年から現在の場所で店を構える(株)和田厨房道具。現在はたこ焼きやお好み焼きなど"粉モノ"の調理器具販売に力を入れている。

和田厨房道具の和田佳之専務取締役

和田厨房道具の和田佳之専務取締役は、ハンディタイプの熱燗器「燗銅壺(かんどうこ)」の復元に奔走している。

江戸時代から作られている燗銅壺は、炭で酒を燗(かん)しながら肴(さかな)を炙ることができ、花見などに持参して、外で酒を楽しめる粋な道具だ。本来、燗銅壺は全て銅で作られる。銅は強度を出すために叩く工程が必要で、職人も高齢化し数少ないため、年に3個程度しか市場に出ないという。また価格も高く、庶民が気軽に買えるものではない。

和田さんが復元を目指す、燗銅壺(かんどうこ)の試作器

和田さんは、燗銅壺を作る文化と楽しむ文化を継承したいと考え、試作品の製作に挑戦する。和田さんが考える燗銅壺はステンレスと銅を組み合わせたもの。燗銅壺の部品を作ってくれる職人を探し、職人と職人をつなぎ、理想の製品に近づけていく。銅とステンレスの溶接など課題も残るが、「絆具(つなぐ)」ブランドを付けた燗銅壺の商品化を目指す。

和田さんは「道具屋筋は、料理人の意見を取り入れ、職人と一緒に作る文化を継承してきた。たこ焼き器は道具屋筋に全国から要望が集まり現在の形にした。近い未来に守らなければならないものが失われていく時代がやってくる。いかに後世に伝えられるかが重要で、今後も道具屋筋ならではの独自性のあるものを出していきたい」と未来を見据える。

道具屋筋の青年部がつなぐ未来の商店街

絆具(つなぐ)ブランド立ち上げの中心となったのが、道具屋筋の青年部のメンバーだ。青年部では3年前から、専門店街として生き残るための施策を議論し続けてきた。商店街は独立した店の集合体。なかにはライバル同士の店もある。道具屋筋の伝統を守りながら、利害関係が複雑に絡む商店街が一丸となって取り組む活動には限界があった。

そこで商店街統一ブランド「絆具」の立ち上げにより、道具屋筋ならではの商品に付与することで、商店の探究心を高め、専門性をアピールすることで新規顧客との接点を増やす施策を考案。道具文化を継承し、道具屋筋の未来を築いていく。

青年部のメンバーは「先代が作り上げた道具の中には、コスト・生産性(という理由)だけでなくなっていくものもある。僕らがつないでいかなければならない。道具をつないでいく。世代をつなぎ、道具の文化を継承していくことで、日本の食文化を守っていきたい」と熱く語ってくれた。

道具屋筋 青年部(株)ドーモラボ、岡野氏と千田硝子食器(株)千田氏

本活動は、大阪府の『平成30年度 商店街サポーター創出・活動支援事業 課題解決プランコンテスト』において優秀プランに選ばれ、実行されている。同コンテストには、(株)ウィルコミュニケーションデザイン研究所がブランドコンセプトの立案とデザインを手がけ、青年部と議論を重ねた上で応募。大阪府からも助成金を受け、道具屋筋オリジナルブランド商品の開発と商店街の認知度の向上を図る。

探究心を忘れない道具のプロ集団が始めた新たなる挑戦は、食文化・道具文化を継承するための未来を見据えた挑戦でもあった。絆具ブランドが付いた「道具」と道具屋筋の"つなぐ"活動からは今後も目が離せそうにない。