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田舎の暮らしを「おためし」 移住者増え続ける丹波篠山市の人気制度とは?

提供:兵庫県丹波篠山市

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豊かな自然と都市部へのアクセスの良さで、移住者が増え続けている兵庫県丹波篠山市の風景

大阪、神戸、京都などの都市圏から近く、「ちょうどいい田舎」と呼ばれる兵庫県丹波篠山市に移住する人が相次いでいる。リモートワークが広がったことで、仕事を変えずに移住できるようになったことなどを受け、移住者はコロナ禍前と比べて3倍近くに。人口減に悩む市もまちを上げて移住を歓迎しており、さまざまな優遇制度を設けている。中でも好評なのが、丹波篠山での暮らしを体験しながら移住を考えることができる「おためし暮らし」だ。

自宅そのままに「暮らし」体験

おためし暮らしは、月単位で滞在する人向けの「賃貸型」と、日単位で宿泊施設に滞在する「宿泊型」の2種類。いずれもかかる費用に補助があり、賃貸型は月額利用料の半分(上限3万円、最長3カ月)、宿泊型は宿泊費の半分(上限1泊3000円。同行者がある場合は5000円。年額3万円が上限)という制度だ。賃貸型はほとんどの家具が付いており、水道、電気にガスも開通済み。WiFiの貸し出しまである。

都市部などにある自宅はそのままに、丹波篠山での暮らしを「おためし」することで、地域を知り、自分の価値観やライフスタイルに合うかどうかをじっくり考えることができる制度として人気を呼んでいる。

あなたの暮らしが見つかるかも? 暮らし案内所「クラッソ」

おためし暮らしを経て、丹波篠山に移住したテイムさん一家。目の前には四季折々の表情を見せる山々が広がる

通勤できるか確かめ、子どもたちも「OK」

丹波篠山市南西部の今田町立杭地区は、800年の歴史を誇り、日本六古窯として日本遺産にも認定されている焼き物「丹波焼」の里。ここで2023年から暮らし始めたのが、イギリス出身のテイム・ギャレスさん(55)一家だ。同じ兵庫県の都市部、尼崎市からおためし暮らしを経て、妻の由香さん(40)、小中高校生の子ども3人と移住した。

テイムさんは友人の結婚式で来日し、日本、特に関西を気に入ったことから18年前に移住。その後、由香さんと結婚し、尼崎で暮らしながら、同県伊丹市の中学校で英語教師を務めている。イギリスの地方都市・ウスターで生まれ育ったため、「めっちゃ大きいまちは苦手。小さいまちが好き」。ロードバイクなどアウトドア全般が好きなこともあって、趣味の空間が持てる広い敷地があり、自然に囲まれた場所での暮らしを考えるようになった。

丹波篠山は由香さんの実家がある尼崎から近く、ロードバイクで訪れたこともあり、美しい景色に感動した土地。魅力は感じていたが、職場まで電車通勤できるか、子どもたちが同意してくれるかが不安材料だった。

そこで22年夏、賃貸型のおためし暮らし住宅で暮らしを体験。電車通勤もして通えることを確かめ、子どもたちからも「OK」が出たことから本格的に物件を探し、理想の家と出合った。

おためし暮らしを体験していたころのテイムさんら。趣味のロードバイクで丹波篠山のあちこちへ

おためし期間中、隣近所の人が野菜などをくれ、「ビレッジボス」(自治会長)は、祭りなどいろんな行事に誘ってくれた。「自転車がパンクしていると、"どうしたん?"と心配してくれる。コンビニで出会っただけで会話が生まれる。これはビッグサプライズ。都会ではありえない!」

由香さんも、「おためし暮らしで良さを実感できた。都会に遊びに行った子どもたちが、空気が悪いから早く帰りたいと言ったときは驚きましたよ」と笑う。

鳥のさえずりで起き、窓を開ければコンクリートではなく、毎日違った四季折々の景色が広がる。外国人観光客も増え始めた丹波焼の里では唯一の外国人。「テイムさーん、外国の人が来ているから、ちょっと教えて!」と頼られることもある。

「外国から来る人の中にはリアルな日本が見たい人もいる。丹波篠山に来た人のガイドもしてみたいね」。ゆっくり、じっくりと、地元民になりつつある。

理想の古民家を購入したモリルさん夫妻。改修中の家に足しげく通う

アメリカから「古民家で暮らしたい」

「もう絵本の世界。現実じゃないみたい」――。そう興奮気味に語るのは、アメリカ出身のモリル・ピーターさん(52)と妻のめぐみさん(51)。今まさに賃貸型おためし暮らし住宅で生活中だ。

日本の伝統的な建築が大好きなモリルさんは、丹波篠山で築80年以上になる古民家を購入し、改修中。「新居」で暮らせるようになるまでの間、おためし暮らし住宅を住まいにしており、めぐみさんは、「家具も付いていて、すぐに生活が始められた。船便で送っているものを置くスペースもあり、とっても助かっています」と喜ぶ。

ミネソタ州に生まれ、大学卒業後、東京の企業に就職したモリルさんは、教会で出会っためぐみさんと結婚。その後、満員電車に詰め込まれるサラリーマン生活に疲れたこともあってカナダの大学院に進学し、卒業後はシアトルに移住、経営コンサルタントになった。

モリルさんには温めていた夢があった。「いつか、日本の田舎で伝統的な建築の家に住みたい」。東京時代には宮大工に弟子入りの手紙を送ったこともあるほどで、「木の組み合わせなど、日本の大工の技術はすごい。古民家はもうアート」と目を輝かせる。

子育てがひと段落したことを機に、めぐみさんに「日本に帰ろう」と提案した。アメリカで見たニュースで、人口減が進む日本の現状を知ったことも大きかった。「え、日本がなくなっちゃうの?って。私たちが行けば人口が2人は増える」

古民家の改修が終わるまで、おためし暮らし住宅を住まいにする夫妻

ネットで田舎暮らしを検索し、来日して各地を巡ったがピンとこず。そんな時、知人を介して紹介されたのが丹波篠山だった。未知の土地だったが、旧知の人が暮らし、美しい田園風景と理想的な古民家が広がる景色に一目ぼれ。里山暮らし体験のツアーにも参加し、温かい人柄にも触れた。「最高だ」――。移住を決めた。

おためし住宅から、改修中のわが家に足しげく通う。「ここ見てよ」「すごい技術でしょ」。大工の業がたっぷり詰まった家のあちこちでテンションが上がる。

目標は、早く「住民」になって、地元の人とどんどん交流すること。「たくさんの人が気軽に集まれる場所にして、コミュニティーをつくっていきたい。このまちにはこれから外国人がたくさんやってくるよ。私たちのようにここで暮らしたい人が引っ越して来られるような環境もつくっていきたいね」

ゲストハウスの運営と農家を営む山田さん一家。ゲストハウスはおためし暮らしの施設にも登録されている

田園の中にポツンとたたずむ日本家屋。一歩足を踏み入れると、山田恵子さん(65)が「いらっしゃい」と満面の笑顔で迎えてくれる。広々とした和室がいくつもあり、親戚の家に来たかのよう。「みんなそう言いはりますね。ほんで私は親戚のおばちゃんみたいな」と笑う。新たに宿泊型のおためし暮らしの施設に登録された「ゲストハウス野土花(のどか)」には、観光客だけでなく、移住を希望する人たちも訪れている。

山田さん一家も4年前に大阪市から移り住んだ移住者。恵子さんがゲストハウスを運営しており、隣の家で暮らす息子の誠二さん(41)は、有機野菜を手がける農家だ。

もともと移住を考えたのは誠二さん。会社員として大阪で忙しい日々を送っていたが、以前から農業に興味があった。「種を植えて、育てて、販売して。一からすべて自分で決める。日の当たる所で汗をかく。そんな農業がしたかった」

農業ができる理想の地を探して丹波篠山へ。「柿にコスモス、栗、ヒガンバナと、秋が一つの景色の中にあって、"うわーっ"って。人も優しいし、移住するならここがいいなと」。2棟ある物件に決め、恵子さんが誠二さんに提案した。「1階をゲストハウスにしていい?」。一家はそれぞれに友だちがたくさんいる。大阪の家にも多くの人が集った。「"田舎に来たら泊まっていき~"と言えるような場所があればいいなって」

2019年にオープンしたゲストハウスにはさまざまな人がやってくる。友だちもいれば、旅行の親子、サッカークラブの監督と子どもたち。そして、移住を考えている人。そんな人たちに恵子さんはそれとなく声をかける。「移住ですか? 私たちも移住したんですよ」。滞在しながら物件を探し、実際に移住した人も出てきた。「みんな絶賛して帰りはりますよ。たまに"この家がいいです!"とおっしゃる方もおられますが」

親戚の家に来たかのような空間が広がるゲストハウス「野土花」の室内

一方、「やるなら付加価値のある有機野菜」と意気込み勇んで就農した誠二さん。近くの農家で修業させてもらい、「CamatoQuwa(カマトクワ)」の屋号で独立したものの、思うように野菜が売れなかったり、獣害で根こそぎやられたりしたこともあった。精魂込めた野菜を廃棄せざるを得ない時は、悔しくてたまらなかった。「農業を"なめて"いたのかもしれません」

試行錯誤の末、獣害に遭いにくい唐辛子を主要品目にし、有機栽培の「一味唐辛子」を開発。好評を得て看板商品となり、今では市内外の土産物店や大阪の百貨店でも販売できるようになった。

苦労したからこそ思う。「自分のように田舎で農業をしたいという人を受け入れられる農家になりたい」――。そんな息子を心配してきた恵子さんも、「息子と奥さん、孫たちがけらけらと笑っている姿を見ると、本当に良かったと思います」。

それぞれまだ道半ば。移住したというよりも長い旅行の途中のような気分でもあるとか。「でもね、以前、泊まりに来てくださった方が、"会いたかった"って、また来てくれたんですよ。うれしいですよね」(恵子さん)、「いやいや、社交辞令やって」(誠二さん)。移住者がおためし暮らしを送るゲストハウスには、家族の温かな空気が満ちている。

「地域コンシェルジュ」として、移住者のサポートを行っている仙林さん

恵子さんが、「これはどうしても聞いて」というエピソードがある。「引っ越す時、博子ちゃん(誠二さんの妻)は悩んでたんですよ。子どもたちも転校することになるし、不安やったと思う。そしたらね、仙林さんが言ってくれたんです。"大丈夫ですよ。丹波篠山は子どもたちを宝物のように接してくれますから"って。博子ちゃん泣いてました。本当にうれしかった」

その「仙林さん」が、移住相談などに応じている「丹波篠山暮らし案内所」の業務のうち、お試し住宅やホームページ「クラッソ」の運営、オンラインでの面談、広報などを担う一般社団法人「TSUMUGI」のスタッフ・仙林寛実さんだ。「移住アドバイザー、相談員、いろんな呼び方をしてもらっていますが、最近は地域コンシェルジュなんてのもあります」とにっこり。テイムさん、モリルさん、そして、山田さん一家、いずれの移住もサポートした生粋の丹波篠山人だ。

2020年からスタートしたおためし暮らし。賃貸型はほぼ空きがないほどの人気ぶりで、ユーザーからは、「土地勘が得られた」「地域の人柄が分かった」「物件の内覧に便利だった」などと喜びの声が上がる。

仙林さんは、「その人にとって何がプラスで、何がマイナスかは、1泊2日では分からない。例えば、夜は暗いし、冬は寒い。車がないと生活は不便。当たり前だけれど、虫やヘビもいる。良いことだけ見るのではなく、マイナス面も知った上で移住を考えてほしいな、と。希望者が描いている理想像と実像を擦り合わせることができるのがおためし暮らし。移住は人生の一大事ですからね」と話す。

もちろん、暮らしてみないと分からない良さもある。「やっぱり、地域の人の温かさや朝晩の景色。興味深かったのが、お子さんが"目がチカチカしなくなった"と言われたこと。夜でも明るい都会から来られたのですが、星が見える生活をすることが目に良かったそう。これも住んでみないと分からないですよね」

「人によって価値観が違う」ことを大切にしており、「絶対、丹波篠山に来て、というよりは、その人が移住して良かったと思えることが大切。なので、おためし暮らしをしてみて、"ここじゃない"もOK。相談で話を聞くうちに他のまちを薦めることもあります」と苦笑する。

2012年度、丹波篠山に移住した人は8世帯20人だったが、コロナ禍が始まった20年度には50世帯124人に急増し、21年度には過去最多となる77世帯206人が移住。その後もほぼ同じ水準となっている。豊かな自然や美しい景観は日本の地方に数多くある。都市部へのアクセスが良いという点で、丹波篠山は頭一つ抜けているが、移住者のほとんどが口をそろえる言葉がある。「最後の決め手は人」――。おためし暮らしの中で、地元の人の温かさを知り、自分もその一員になれるという確信を持てたことが、多くの人の背中を押している。

仙林さんも、やはり「人」を口にする。「丹波篠山で最初に出会う人が私かもしれない。だから、面白い人だな、と感じてもらえるようにしています。そして、私たちは人と人をつなぐことが仕事。これからもいろんな人と知り合って、地元の人も、移住を希望する人も喜べるつながりをつくり続けていきたい。誰もが"ここに住んで良かったな"と感じてもらえるように」

おためし暮らしには、住環境だけでなく、「そのまちの人になってみる」という意味も込められている。