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~コロナ禍 食文化を守る新たな挑戦~ 京都発16人の料理人が定めた飲食店の「厳しすぎる」安全基準とは

提供:安心の食プロジェクト認証制度準備委員会

最終更新:

炎天下の7月下旬、度重なる緊急事態宣言、まん延防止等重点措置に翻弄されてきた京都の名だたる料亭の若主人たちが、コロナ禍における新たな闘いに挑んでいた-。ニューノーマル(新生活様式)の時代においてどのように安心・安全な食を届けられるのか。1年以上にわたって専門家とともに議論し、独自に構築した京都発の新たな安全基準「Chef's Criteria of New Normal(飲食店の最高安全基準)」(以下CCNN)の発表。空間衛生やソーシャルディスタンスといった感染対策をはじめ、衛生管理体制や食品の取り扱いなどを含めた多岐にわたる安全基準の内容とともに16人の料理人たちの挑戦の軌跡と未来への思いを追った。

新たな飲食店の安全基準「Chef's Criteria of New Normal(飲食店の最高安全基準)」

「料理人が考えたニューノーマルの基準」。直訳はこうだ。新型コロナウイルスの影響から外食が敬遠されるようになって久しい現在、安心して食事を楽しんでもらうには何が必要か。考えに考え抜いた末の帰結は、科学的なエビデンス(証拠)に基づく現行で最も厳しい、徹底した感染対策の「見える化」だった。

「いくら徹底しても、飲食店での感染リスクは高いとされた。感染拡大の原因だとされるイメージを払拭するには、何がだめで何がいいのか、自らが安全対策の基準を新たに作ることで、はっきりさせるしかないと思った」。今回の新基準策定の声掛け人の一人、「京料理鳥米」主人の田中良典さんは言う。

委員会事務局を務める田中良典さん(京料理鳥米)

国や自治体が策定する基準を上回る「徹底的な」感染対策

新たに設けた基準の主な内容はこうだ。

まずは、「空気の循環」。室内の広さや利用人数に応じて「有効換気量」を算出する。厚生労働省の換気基準(1,000ppm)より厳格な800ppmを基準とし、室内に二酸化炭素(CO2)濃度センサーを置いた。窓を開けて空気の入れ替えを促すことが感染リスクを抑えることに効果的だという。

次に、「換気の風量・風速の基準化」。建築基準法に基づき、換気無窓居室に設ける機械換気設備の有効換気量を算出し、それに合致する換気システムを設置する。「一人当たり30立方メートル/時間」以上の換気を基本として、室内の利用人数上限を数値化した。

さらに取り組んだのが、「空間衛生基準と食品衛生基準」だ。ソーシャルディスタンスも距離と空間で数値化。2020年秋、厚生労働省が発表した食品の安全性の向上と品質管理の徹底に対する空間衛生基準である「HACCP(ハサップ)支援法」で示されたものより厳しい、一人当たり4平方メートルを算定基準とした。

室内に置かれるCO2センサー

今回のCCNNでは、これらの基準を含め、京都大や大阪大、建築業界などの専門家の指導を参考にした点検評価項目が、100にも上る(京都「食の安全 100か条」※)。その徹底した要件は、広報発表が行われた同月、京都府が新型コロナウイルス感染症対策に取り組む飲食店に「お墨付き」を与える認証制度で定めた基準項目(38項目)の3倍近い項目を定めたところに見て取れる。

京都府知事の西脇氏も同席し迎えた記者会見(7月27日、京都市上京区・京都府庁)の場で、新たな飲食店の安全基準について説明する安心の食プロジェクト認証制度準備委員会のメンバー

※衛生管理項目70、空間衛生・ソーシャルディスタンス項目18、コンプライアンス・危機管理項目12の計100項目。事業者は各項目について自主点検を行った上で、第三者認証機関に申請を行う。その後、認証機関は、現地での施設確認等により審査を行い、その可否を判断する。

「Chef'Criteria of New Normal」認証マーク。4畳半の茶の間を表現。白線は、空間衛生とソーシャルディスタンスを表している。新基準が日本全体に広がるようにという思いも込められている

認証の要件は、100項目全てが満たされていることだという。年内に100店舗以上の飲食店が認証を受けられるように、今後、日本全国の飲食店の意識改革につながるよう活動していくそうだ。客が徹底的な感染対策基準が満たされているかを各種の認証マークの有無によって一目で確認できるようになることで、今後の店選びの基準になる日も近いかもしれない。

厳しすぎる基準-危機がもたらしたゼロからの思考と決意

しかし、これだけ厳格な点検項目は新たな設備投資や検査人員の確保、客数制限などが必須となるため、ともすれば飲食店自らの首を絞めかねない。委員会代表の嵐山辯慶(あらしやまべんけい)の磯橋輝彦さんも、「正直言うと、厳しすぎるくらい厳しい基準です」と吐露するほど。それにも関わらず、なぜ料理人自らが率先して設けたのか。

感染対策の「見える化」に向け、根拠やデータ収集の必要性を語る委員会代表の磯橋輝彦さん

「そのくらいしないとこの危機は克服できない。お客さまももちろん、従業員の雇用・健康さえ守ることができない。コロナ禍によってお客さまがゼロになったことで、あらためてそのありがたみ、そして私たち料理屋が提供すべきサービス・おもてなしとは何なのかの本質を、根本的に一から考え直す機会だった」と語る。

100年を超える老舗店が続く理由

京都は世界有数の観光都市。年々増加する外国人観光客などを多く迎えてきたなかで、インバウンド需要を見据えて毎年数多の飲食店が新規参入、開業する。そんな競合ひしめく過当競争のなかでも、100年を超える老舗とされる料理店が京都にはいまなお数多く存在し続けるのはなぜか。その理由の端緒を、「長く続けているお店であればあるほど、続けていかなければいけないという責任感とともに、途絶えさせてしまう"恐怖"が当代を担う者にはついてまわります。コロナ禍という逆風のなかで、老舗ののれんに安住することなく、いかに次の時代の食文化を考えることができるか。それは、どの時代においても問われ、その挑戦と挫折の連続が歴史となるのかもしれません」と磯橋さんは続けた。

「いまではなく、未来に何を残すか」。「単に商いとして生き残りをかけているだけではない、大切なのは積み重ねてきた日本文化を後世に残す意識だ」

その言葉からは、飲食店・料理屋としての危機感はもちろんだが、古都京都が育んできた千年超の「伝統文化」を背負っている継承者だという自負とその消失に対しての強い危機感が確かに垣間見えた。

しかし、新型コロナウイルス感染拡大による緊急事態宣言の発令により、飲食店は時短営業や、酒類提供の自粛を強いられてからすでに1年以上、気概とは裏腹に現実は厳しい。国内外ともに観光客が消え、企業や団体の宴会なども消えた。創業100年を超える老舗店の廃業も続いている。

京都有数の観光地である花見小路通も人通りが消えた

「料亭の消失」=「日本の伝統文化衰退の危機」

そんな現状を踏まえ、委員会の顧問で長年の間、京料理・和食の普及に取り組んできた菊乃井の村田吉弘さんは「京都の料亭文化が崩壊していけば、伝統産業も消失していってしまう」と危惧する。

料亭文化の消失が伝統産業の衰退につながることを危惧する顧問の村田吉弘さん(菊乃井)

「伝統的な建築や畳や障子、掛け軸、床の間、食器や花器など調度品に至るまで、料亭は、伝統工芸や技芸とも密接に関わる存在。その空間は日本の工芸の集合体であり、文化を伝え、心を豊かにする役割が確かに存在する。今回の取り組みは、その危機感と使命感に駆られた次代を担う若い料理人たちが自ら考えたもの。ライバル店でありながらも互いに手を取り合って危機に率先して立ち向かうことができるのは京都の強みであり、責務でもあるのでしょう」と語る。

コロナを乗り越えて千年超の文化を明日へ

新しい生活様式における飲食店の安心・安全を確保し、健康を守りながらも経済活動を活性化させるために立ち上がった16人の料亭主人たちによる今回の挑戦-。それは、1200余年の京都が育んできた長い歴史の中で、天変地異や戦禍を乗り越え、受け継いできたのれんを守る奮闘でもある。今までになかった新しい空間衛生の分野を開拓し、「食」を安心して楽しめるようにするとともに、科学的エビデンスに基づく情報を発信していくことで、食文化のみならず日本が培ってきた世界に誇る伝統を未来に継承する-。

委員会メンバーの一人、「京料理木乃婦」の髙橋拓児さんは広報発表の最後に「この活動を支えるのは料理人一人一人の倫理観と使命感。京料理界の先人の方々の努力によって、これまで和食の魅力が世界に伝わり、ユネスコ無形文化遺産登録にもつながってきた。どの飲食店も本当に苦しいなか、私たち料理屋が世界に先駆けて、率先して模範を示し、立証していくことが大事。その流れが安心・安全の取り組みを遵守する大きなうねりになり、先人たちが脈々と続けてこられた文化を次の時代につないでいく端緒になるでしょう」と結んだ。

髙橋拓児さん(京料理木乃婦)

100年に一度といわれる新型ウイルスとの闘い-。それは、料理人たちの「食」のみならず、日本が培ってきた「文化」の系譜を未来へ継承していく活動として、後世に刻まれるのか。100年先、世界に誇る日本の先駆的な取り組みだったと料理人のみならず、あらゆる日本人が自負できる「未来を創った挑戦」だったと振り返る日が来るかもしれない。(京都新聞/佐藤寛之)

■安心の食プロジェクト認証制度準備委員会
代表:磯橋輝彦(嵐山温泉 嵐山辨慶)、顧問:村田吉弘(菊乃井)、委員:髙橋拓児(京料理木乃婦)、田村圭吾(京料理 萬重)、髙橋義弘(瓢亭)、下口英樹(平等院表参道竹林)、園部晋吾(山ばな平八茶屋)、安念尚志(下鴨福助)、古川拓也(京都 嵐山温泉 渡月亭)、田中信行(料理旅館 鶴清)、佐竹洋治(京料理 美濃吉)、左聡一郎(宇治 抹茶料理 辰巳屋)、磯辺元気(京料理いそべ)、村田知晴(菊乃井)、辻喜彦(二軒茶屋 中村楼)、小西雄大(有職料理 萬亀楼)、事務局:田中良典(松尾温泉 京料理鳥米)