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アニメブームの影で、深刻な「人材不足」 業界改善のための文化庁事業「あにめのたね」とは?

提供:一般社団法人日本動画協会

最終更新:

日本のアニメ産業は好調で、もはやサブカルチャーではなく日本文化の中心となっています。
2021年のアニメ産業市場は、過去最高の2兆7422億円を記録(※1)。2022年は「劇場版 呪術廻戦 0」(前年公開)や「ONE PIECE FILM RED」など、興行収入100億円を超える映画作品が複数あり、興行ランキング上位をアニメ作品が席巻したことも記憶に新しいです。
海外の興行収入ランクの上位にもアニメ映画が入ることは珍しくなく、動画配信でも日本アニメは多くの人に視聴されるようになっていることから、今や日本アニメは世界的なコンテンツとして認識されているといえるでしょう。

一方で、アニメ作品の需要の高まりによって、国内アニメ業界では、企画の数が制作会社のキャパシティを上回る状況が続いており、どこのスタジオも優秀なスタッフの取り合いで、人材確保が困難となっている......という声もあがっています。
こうした現状に対し、多くのアニメ制作会社が人材育成に力を入れるなかで、文化庁は2010年からアニメ業界における人材育成プログラムを実施し続けてきました。

文化庁庁舎(マグミクス編集部撮影)

今回、アニメ産業・文化のさらなる改善と発展のために必要なことは何なのかを探るため、アニメ人材育成事業を主催する文化庁と、クリエイターの立場から本事業に関わり、所属するアニメスタジオ・プロダクションI.Gでも育成に注力する後藤隆幸さんに話を聞きました。
[取材・文=杉本穂高/編集=佐藤勝、沖本茂義/撮影=小原聡太、編集部]

文化庁のアニメ人材育成事業「あにめのたね」とは

お話を伺った文化庁の方々。左より椎名ゆかりさん、吉井淳さん、奥山寛之さん、牛嶋興平さん、岩瀬優さん(マグミクス編集部撮影)

現在、文化庁がアニメ人材育成のために行っているのが「アニメーション人材育成調査研究事業」、通称「あにめのたね」です。
そもそも、なぜ文化庁は、アニメ人材育成事業を始めたのでしょうか。
「アニメは日本の誇るべき文化で、その存在感はコンテンツ産業のなかでも無視できない大きなものになっています。しかし、現場ではデジタル化への対応や、海外に制作工程を頼らざるを得ないといった環境変化のなかで、これまでのように現場で教えながら育成することが難しくなっている......という声が出てきました。国として、そうした状況を改善するために本事業はスタートしました」(文化庁)
国全体としても、人びとのアニメに対する印象が好意的なものへと変化してきたことがその背景にある、といいます。

本事業は、アニメーション文化の将来を担う優れた人材の育成方法について実践的な調査研究を行い、その成果を普及・推進することで、国内アニメーション文化の向上に貢献することを目的として行われています。
具体的に始動したのは2010年度からで、「若手アニメーター育成事業」としてスタートし、「アニメミライ」「あにめたまご」といった通称とともに少しずつ形態を変えてきました。2021年度からは「あにめのたね」として、若手アニメーターの育成のみならず、他の職種の育成にも裾野を広げ今日に至っています。
本事業は具体的に、3つの柱から成っています。
1:作品の制作を通じた技術継承プログラム
2:業界就業者を対象にした技術向上教育プログラム
3:業界志願者を対象とした基礎教育プログラム
このなかで中心となっているのは、「作品の制作を通じた技術継承プログラム」です。これは、毎年4つのアニメスタジオがそれぞれの育成プランにのっとり、OJT形式でベテラン・中堅スタッフが若手を指導する形で、1本のアニメ作品を完成させる実践形式の内容です。

「あにめのたね2023」技術継承プログラムに参加の4団体が制作する、作品のビジュアル

応募のなかから選ばれた4つのスタジオには、文化庁から制作予算が提供されます。日本の省庁のなかで、アニメスタジオでOJT形式の育成事業を行うのは珍しいことだそうです。

「あにめのたね2021」受託制作4団体合同オリエンテーションの様子

アニメ人材育成と技術継承に必要なこと

本事業がスタートした初期から参加してきたのが、Production I.Gに所属し「攻殻機動隊 S.A.C.」シリーズ(2002年)やTVアニメ 「黒子のバスケ」(2012) 、「銀河英雄伝説 Die Neue These」(2018年)など多数の作品におけるキャラクターデザインや作画監督で知られる、トップクリエイターの後藤隆幸さんです。

Production I.Gの後藤隆幸さん

あにめのたねの前身、アニメミライの時に、Production I.Gは制作事業に参加経験がある後藤さんはその時の体験についてこう語ります。
「その時に実践したのは、以前から弊社で育成としてやってきたことをアニメミライの予算でやったということです。それまで会社のお金でやっていたものを国の予算でできたので、育成対象者も指導者もこの育成プログラムに集中できました。動画担当からステップアップして原画担当になりたい人を育成することについては役に立ったと思います」(後藤さん)

「アニメミライ2012」でプロダクションI.Gが制作した「わすれなぐも」 (C)海谷敏久/(C)Production I.G/文化庁 H23アニメミライ

アニメーション制作の現場は慢性的に人材不足であり、「育成にまでなかなか手が回らない」といった声も聞かれます。しかし後藤さんは、アニメの技術継承はそうした状況でもずっと行われてきたと語ります。
「各制作スタジオは技術を継承するためにずっと頑張ってきました。実際に、今のアニメは昔と比べてはるかに作画クオリティは高くなっています。それは実際に技術が継承されてきたということの証明です」(後藤さん)

育成や技術の継承は、利益を今すぐ出せる事業とは異なり、早々に目に見える結果が出るものではありません。育成プログラムの終了後も、事業に参加したスタッフを各企業が継続して育ててきたと後藤さんは話します。
例えば、後藤さんが所属するProduction I.Gでは、若手時代の数年間、金銭的にバックアップする取り組みを行っているそうです。
「弊社では出来高のほか、契約金として一定の金額を支払うようにしています。2年目以降は技術に応じて出来高も上がっていくようになっています。基本的に働く時間は自由なのですが、指導する人が勤務している同じ時間にスタジオに入ってもらうために、この時間に就業した場合は時間協力金として上乗せするという工夫をし、金額を底上げするよう努力しています」(後藤さん)

本事業の成果は? 参加アニメーターを追跡調査

13年間、アニメーション人材育成事業を継続してきた文化庁ですが、これまでの成果はどのようなものなのでしょうか。
「参加した育成対象者たちがその後、業界に定着しているか、追跡調査を行っています。「定着率が低い」と言われることも多い新人アニメーターですが、この事業の育成対象者はその後の定着率が高いという数字も出ています」(文化庁)
「あにめのたね 2022 実施報告書」によると、2010年から2020年のあいだに育成対象者として参加したアニメーターは305名。そのうち、現在でも業界に在職しているのは296名。およそ97%が業界に定着しているという調査結果になっています。

後藤さんも講師として参加した、「あにめのたね2023」基礎教育プログラム「アニメーションブートキャンプ新潟」(2022年11月26日・27日開催)の様子。講師のうち、漁野朱香さんは学生時代に本プログラムを受講しており、かつての受講生が講師となる好循環が生まれている

また、これまで参加してきたスタジオからも事業後のアンケートでは参加に効果があったとの感想が寄せられており、「昔と違って、今は社内にスタッフが常駐している環境が減って、新人が質問できることが少なかったが、この事業では相談できる機会を多く設けられ、ワークフローを見直す契機になった」「この事業で若手がスキルアップする場を作ることができた」などの声が届いているそうです。

アニメーターの育成は「基本」が重要

制作進行をはじめとしてさまざまな職種が育成対象となる本事業ですが、アニメーションの中核を担うのがアニメーターです。
後藤さんは、アニメーターの育成は「基本」を教えることだといいます。というよりも、それしか教えられないのだ、とも。
「最近のアニメのすごいアクションの描き方を教えてほしいと言われても僕には教えられません。でも、何を描くにしても基本を知らなければいけない。派手なアクションに憧れる人が多いですが、実際の仕事では歩いたり、走ったり、物を持ったりなどの生活芝居を描く方がずっと多いはずです」(後藤さん)

作画の基本とはどういうことかを実演してくれた後藤さん。「"物を持ち上げる"原画で、しゃがんでいる絵と立った状態の絵の2枚だけで上がってきたとします。これを見て、どう思いますか?」(後藤さん)

「先のものはキーの動きが少ない原画で、良くない例です。重たい物を持つ時は、まず腰から上がり、腕が伸びて重さを感じて立ち上がる」(後藤さん)

「こういう軌道が変わる部分や、いろんな膨らむ部分は絶対に入れないといけないんです」(後藤さん)

基本を習得した上で、それぞれのクリエイターが努力して技術や個性を磨いてきた結果、今のアニメのクオリティがあると語ります。

「作画クオリティの基準が上がる」ことの功罪

現場アニメーターにとって辛いのが、年々求められる作画クオリティが高くなっていることだと、後藤さんはいいます。とくに近年のTVシリーズでは、劇場版クオリティかと思われるほど、美麗な映像も見受けられます。
視聴者や発注者にとっては、作画のクオリティは高いに越したことはありません。しかし、そのぶん手間がかかるため、「時間」というコストがかかります。

アニメーターの作画机のイメージ(画像:写真AC)

さらに求められる作画クオリティが高いと、経験の浅いアニメーターの場合、基準に達しないこともあります。その際、作画の品質を維持するために、アニメーターから提出された原画の修正を行うのが「作画監督」と呼ばれるスタッフです。
従来はTVアニメ1話あたり、ひとりの作画監督で担当することが多かったところ、最近では作業量の膨大さとスケジュールのひっ迫で、1話で複数人が作画監督を担当することも珍しくないといいます。こうした環境では中堅・ベテランアニメーターに仕事が過度に集中してしまう傾向があるそうです。
納品が遅れると放送が「落ち」てしまい、違約金も発生してしまうという制約を抱えた制作スケジュールのなかでは、実業務と並行しながら若手の人材育成を行うのはなかなか簡単なことではないといえるでしょう。

「スタッフ」にも関心をもってほしい

アニメスタッフにおける人材育成の問題は、何かひとつの明確な原因があるというよりは、さまざまな要因が重なりあった結果でしょう。後藤さんは業界全体で向き合わなければならない問題と語ります。
その上で、私たちアニメファンに対しては「作品だけでなく、アニメーターなどスタッフにも注目して欲しい」と呼びかけます。
かつてのアニメ雑誌では、アニメーターなどの特集もよく組まれていました。そういう雑誌を読んで「アニメーターになりたい!」「この人たちと一緒にアニメの仕事をしたい!」と憧れを持ち、業界に入ってきた人も多くいます。
「作品だけではなく、スタッフにも関心を持ってもらうことで、新しい人がアニメーション業界に入ってくる、業界がより良くなっていくきっかけにつながるのでは」と、後藤さんは話します。

文化庁は、「弊庁はアニメ産業の人材を重視しています。我々としても、我が国のアニメーション文化の質の向上と発展に役立てるよう、今後も現場の声には耳を傾け、より良い事業を進めていきたいと考えています」と言います。

文化庁で「あにめのたね」事業を統括する吉井淳さん

アニメ文化・産業の発展は、それを支える人材があってこそ。国と業界が協力して輩出する努力は欠かせませんが、私たちアニメファンもクリエイターたちに目を向けることが業界改善の一歩となりそうです。
参照・出典
※1:アニメ産業レポート2021サマリー|日本動画協会