9月1日は防災の日。相次ぐ災害で日頃の備えの重要性が再認識された一方、コロナ禍で大勢が避難所で生活をする従来のやり方には懸念の声も出ている。そんな今、新しい備え方が注目されている。例えばキャンプ用品を災害時にも使えるようにするなど、「いつも」と「もしも」の区分けをなくし、生活の延長線で備える。「フェーズフリー」というこの考え方は、「備えない防災」とも呼ばれている。私たちの生活にどのように取り入れられるのだろうか。(監修・情報提供:山梨大学地域防災・マネジメント研究センター・秦康範、取材・文:Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
「いつも」の暮らしを「もしも」の備えにする考え方
防災用品や備蓄品をそろえたものの、「懐中電灯の電池が切れていた」「非常食の賞味期限が大幅に過ぎていた」など、いざというときにうまく活用できなかった経験はないだろうか。山梨大学地域防災・マネジメント研究センターの秦康範氏は「人間は経験していないことをイメージできず、イメージできないことに備えるのは難しい。これを"想像の壁"と呼んでいます」と説明する。
非常時のための備えではなく、「いつも」と「もしも」を隔てる壁をなくして災害に備える。このような考えのもと生まれたのが「フェーズフリー」だ。大学で防災工学を学び、現在フェーズフリー協会の代表理事を務める佐藤唯行氏が2014年に発案した。
数十年前に提唱され、今では当たり前になっているのが、健常者と障がい者や高齢者の間にあるバリアー(障壁)をなくす「バリアフリー」だ。段差をなくしたりエレベーターを設置したりすることは、障がいのある人だけでなく、多くの人の使いやすさにつながる。フェーズフリーも同じような考え方だという。
「何かあったときに備える、という従来の防災は日常時と非常時を区別し、"壁"を作ります。この区別をやめ、災害が起きたときだけでなく、普段の暮らしにもメリットがある備え方をするのです。例えばキャンプで使い慣れたアウトドア用品を災害時に活用する、という方法もそのひとつでしょう」(秦氏)
どうやって生活に取り入れればいい?
私たちの生活に、フェーズフリーの考え方はどのように取り入れることができるのだろうか。秦氏は、非常時だけでなく日常でもメリットがある商品や方法を選ぶことが重要だという。
例えば、お気に入りのレトルトカレーを普段から多めに買っておき、食べた分を買い足していくローリングストックの方法だ。普段は食事を手軽にでき、災害時は食べ慣れた味を非常食にできる。また、普段から土鍋でご飯を炊くことに慣れておけば、停電時もガスコンロさえあればスムーズに調理できる。
電気自動車(EV)・プラグインハイブリッド自動車(PHV)も非常時に役立つアイテムだ。普段は低燃費な乗用車として使い、非常時は発電機として生活に必要な電力をまかなえる。また、光熱費の削減になる家庭用ヒートポンプ給湯器は、タンク内の水を非常用水として利用できる。すぐに実践・導入できるものばかりではないが、長期的にライフスタイルを見直す際の参考になるだろう。
今までの防災との考え方の違いは?
フェーズフリーは、従来の防災とどこが違うのだろうか。防災の重要性は多くの人が認識している。しかし、全員が十分に対策できているわけではない。内閣府による「日常生活における防災に関する意識や活動についての調査結果」(2016年)では、災害への備えが重要と考える人は88.7%にのぼる一方で、災害への備えに「取り組んでいる」と答えた人は37.8%にとどまった。防災意識のある人のうち、半数以上が重要性を認識しながら、行動に移せていない実情がある。
「災害は日本各地で起こりますが、個々人にとってはめったに起こらない出来事です。リフォーム市場規模は数兆円にのぼるのに、住宅の耐震化は進んでいません。つまり、めったに起こらない非常時への対策を、多くの人は"コスト"と認識しているのです」(秦氏)
災害への備えをコストではなく、日常生活にもバリュー(価値)が生まれるようにすることで、これまでになかった「前向きな防災」が可能になるという。
こうしたフェーズフリーの考えは、コロナ禍の防災にも適しているという。不特定多数の人が生活をともにする避難所は感染リスクが高く、安全が確保できる場合は自宅や親戚・知人の家での在宅避難・分散避難が推奨されている。このような局面では、普段から住居やライフスタイルを工夫することが重要になってくるだろう。
教育、ビジネス、公共...広がる活用方法
「いつも」と「もしも」を隔てる壁をなくす「フェーズフリー」の考え方は、家庭だけでなく幅広い分野に応用できるという。学校教育や企業のビジネス、公共サービスでの活用方法には、どんなものがあるのだろうか。
徳島県鳴門市では、フェーズフリーを学校の防災教育に導入する取り組みが行われている。例えば小学5年生の算数の授業では、速さ・時間・距離の関係を教えるために、津波の速度と50m走を問題にして児童に考えさせる。
「小学5年生は、体育で自分の50m走のタイムを知っています。また、南海トラフ地震に備える鳴門市の児童にとって、津波は"自分ごと"です。身近な話題を例にすることで、津波が見えてからでは走っても逃げられないことを体感で理解できます」(秦氏)
さらに、教師にとっては新たに防災学習のための時間を確保する必要がなく、自分が担当する教科の授業で教えられるメリットがあるという。
企業がフェーズフリーの考え方を商品開発に生かす動きも出てきている。日常と非常時、両方のシーンでの機能性をうたう商品は他社との差別化につながり、より消費者に訴求しやすくなるという。「政府や自治体が上から啓発するだけでは、防災意識は広がらず長続きしません。ビジネスに活用することで身の回りに防災に使える商品が増えていき、自然と人々の日常生活に"備えない防災"が浸透していくことを期待しています」(秦氏)
自治体の公共施設での取り組みも進みつつある。東京都豊島区の小型電気バス「IKEBUS(イケバス)」がそのひとつだ。普段は路線バスとして利用され、災害時にはバッテリーに蓄電した電気を利用できる。また、2020年にオープンした「IKE・SUNPARK(イケ・サンパーク)」は、レジャーを楽しむ公園としてだけでなく、防災公園としての役割も担う。非常時はヘリポートや災害用物資の集積所として活用され、園内のカフェは温かい食事を提供する炊き出しの拠点となる。
災害と共存し「持続可能な防災」を実現するには
「"ウィズ(with)コロナ"という言葉があります。ワクチンを打ったりマスクをしたりしながら、コロナと共存して暮らす考えです。自然災害も同様です。災害と共存するには、非常時を想定して普段の暮らしをデザインすることが重要なのです」(秦氏)
地震や台風など自然災害が頻発する日本。そこに住む私たちの暮らしは、常に起こり得る危機と隣り合わせだ。従来の方法だけではなく、持続可能な防災に取り組んでいく必要がある。そのためには、日々のライフスタイルを「もしも」の観点で見直すことから始めてみてはどうだろうか。
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